第19話 迫り来る暴食

 ノルドの話を聞いたガイアは、愛について考えていた。

 ガイアとて子供も持った一人の親だ。当然妻に対する愛や子供に対する愛について知っていた。だがそれらの愛と武器作りがどう結びつくのか分からなかった。


『そんなもん簡単だ、愛だよ愛!』


 幼き頃に父親から聞いた武器作りの秘術コツ

 その言葉の意味は今になっても分からない。


 ――カン、カン。


 マナを込め終えた鉄を武器へと形作る。

 マナは自分で、実際に金槌を打っているのはノルドだ。

 お陰で余計な体力の消耗を気にせず、マナ込めに集中出来ている状態だ。


「次はここを打ってくれ……力は先程より強くだ」

「よし分かった!」


 これらの変則的な作業はノルドじゃなきゃ出来ない作業だった。

 ノルドの話を聞いた後も、ガイアはノルドの体に通る自身のマナを使ってノルドの体を調べていた。それでも相変わらず、生きるのに支障が出る程の微弱なマナだ。


(……これが、たった数年でか)


 話を聞いていた限りでは、幼少の頃はその微弱なマナ相応の体になっている事だけは確かだ。それが何故たった数年で大人さえも超える体に成長出来たのか。

 いくら質問してもノルドは特殊な特訓をしたわけでもなく、ただ一人の少女を追うために頑張ってきたとだけ。


(体内マナが微弱だからこそ、こうしてノルド殿の体を通してマナを込める事が出来るのは不幸中の幸いだろうか……)


 もう少しノルドの体内マナが多ければ、もしかしたら武器を作れなかったかもしれない。それどころか志半ばで死んで終わりになっていたのかもしれない。

 これも全て女神の齎す奇跡なのだろうか。


 いや――。


「――愛だからこそか」

「……ん? なんか言ったか?」

「いいや……ようやく気付いただけだ」

「……んー?」


 そう、気付いた。

 一途に愛を貫き、そしてその愛故に機会を掴んだノルドという力の源に気付いたのだ。

 不思議そうに首を傾げるノルドを他所に、ガイアはようやく気付いた武器作りの秘術に口角を上げた。


「ノルド殿……俺はもう大丈夫だ」

「え!? え、えーと……本当に大丈夫なのか?」

「あぁ……もう大丈夫だ」


 ノルドから金槌を取り、ガイアは淀みなく鉄を叩き付ける。

 その姿は先程の老齢で衰えたドワーフの姿ではなく、まるで全盛期のように鉄を叩く熟練の鍛治師のようだ。


「う、動きが早ぇ!?」

「ノルド殿……感謝する」

「え? あーいやどうだって事ねぇよ!」


 ノルドはガイアの礼が先程の手伝いだと勘違いした。

 しかし違う。この礼はガイアに大切な物を気付かせてくれた事に対する感謝なのだ。

 ノルドはガイアが大丈夫そうだと判断して、何かあったら呼んでくれとガイアの元を去った。そんな後ろ姿をガイアは振り向きもせずに見送った。


「……本当に、感謝する」


 確かに、自分に足りなかったのは愛だ。

 ドワーフ武器は普通の武器ではない。

 その身に宿るマナの力によって使用者に様々な力を齎す『想いの武器』だ。


 聖剣ラヴディアならば使用者の想いマナを吸い取り、使用者に莫大な力を与える。

 聖杖ラヴリドならば使用者の想いマナを汲み取り、使用者の奇跡を増幅させる。


 そのような力があるからこそ、ドワーフ武器は特別だと謳われる。

 だが近年、ドワーフ武器を手に入れればそれが一種の格になる風潮もあった。だからこそドワーフ武器を作れるドワーフは、各国にとって喉から手が出そうな程得難い人材なのだ。


 しかしそれらのドワーフが作るドワーフ武器は、ガイアの目から見てもあまり特別だと思えない出来栄えばかりだ。

 生まれてくるドワーフの持つ技術力が年々未熟になって来ているのか、それとも自分の目が衰えたのか分からないが、近年のドワーフ武器は古のドワーフ武器より大した事がないと思うようになった。


(だが……その印象は正しかった)


 彼らに愛はなかった。

 ただ富になるからと適当にドワーフ武器を作っていた。

 だからそこから生まれるドワーフ武器は大した性能を持っていなかったのだ。


(考えろ……当時の同胞は何を思ってこれらの武器を作り上げた?)


 これらの強力な武器は何のために作られた?

 簡単だ。当時の厄災を打倒する為だ。

 彼らは必死に自らの想いを込めて、この武器を使ってくれる使用者に想いを託したのがドワーフ武器なのだ。


「ならば……俺も託すのだ」


 同胞を守るために。

 託された孫娘を救うために。

 それらの愛を込めて、武器を打つ。


 不思議と体に活力が漲る。

 全盛期のように体が軽くなる。

 これも全て、大切な者に対する愛を思えばこそ。


「俺の愛を、貴殿に託す……!!」


 徐々に、徐々に……手元の鉄が一つの武器へと変わって行った。



 ◇



 数日が経った頃、里の入り口を警備していたドワーフが遠目でとある巨体を見かけた。


 ――穿壊魔竜ドラゴンズワームが、やって来たのだ。


「皆は里の中に避難して!!」

「ゆ、勇者様方はどうするので!?」

「僕達は外でアイツを倒す!」


 里の入り口でノエル、サラ、ヴィエラ、ノンナ、キング……そして急拵えで用意されたメイスと大小様々な武器を持ったノルドの五人と一匹が迫り来る魔竜ドラゴンを待ち構える。


「もう来たか……」


 結局、ガイアは間に合わなった。

 寝ずに通しで作業し続けていたがそれでもノルドの武器は間に合わなかった。だからか、ノエル達はノルドの武器を頼りせずにあの穿壊魔竜を倒す手立てを考えて来た。


 しかし。


「……なんかでかいのう」

「でかいね……」


 ノンナとサラが遠目で見える穿壊魔竜の大きさに驚いていた。しかしそれは二人の目の錯覚ではなく、事実その穿壊魔竜はこの前見た時よりも大きかったのだ。


「一体何を食べたらでかくなるのよ……」

「……ちょっと、想像以上にキツイ戦いになるかも」


 ヴィエラとノエルが顔を引き攣らせた。


「……それでも、戦うしかねぇよな」

「ヒン!」


 そう、それでも戦うしかない。

 誰もがその巨体さに驚くも、誰もこの戦いから逃げようとはしなかった。

 逃げればドワーフ達が死ぬ。

 逃げれば勇者パーティーとして託された想いを裏切る事になる。


「――行くよ、皆」

『おう!!』


 ノエルの号令に、彼らは覚悟を持って応えた。


『――!!!!!』


 地を揺らし、空気を震わせる穿壊魔竜の雄叫び。

 その魔力の込められた雄叫びによって勇者パーティーは一瞬怯むものの、彼らにはサラの施した奇跡の力が宿っているため体は動けた。


「斬魔激玲!!」


 戦場に鈴の音のような優しい音が響き渡った瞬間、穿壊魔竜の体に一筋の斬撃が刻まれる。

 例え体を大きくしたとしても、例えその土塊の鱗を厚くしたとしてもノエルの放つ絶対切断の斬撃が対象を切り裂く。

 だが穿壊魔竜の脅威はその厚い鱗ではない。

 切り裂いた瞬間と同時に穿壊魔竜の傷口が瞬時に回復する。これが穿壊魔竜の持つ厄介な回復力と回復速度。


「でもその事は既に知っている!」

汝の土よ動けイラ・グラエ・ムーバ!」


 狙うは穿壊魔竜の傷口付近の土塊。

 ノンナの唱えた聖術はその傷口付近にある土塊をまるで人の手のように変化させ、回復途中の傷口を強引に開け広げたのだ。


『――!!!?』


 声にならない悲鳴が大気を揺らす。

 そしてそんな魔竜の強引に開け離れた傷口に向かって、ノルドは巨槍を構える。


「食らえ!!」


 ノルドの怪力から放たれる巨槍の投擲とうてき

 まるで攻城兵器のような威力と勢いで放たれるその巨大な槍は真っ直ぐとノンナが広げている穿壊魔竜の傷へと突き刺さった。


「狙い通りだ!!」


 この時のために練習していたノルドの投擲技術だ。

 しかしその巨槍はノルドの怪力で持ってしても、穿壊魔竜に食い込んだのは全体の三分の一程度で、徐々に回復する肉の壁によって押し出されそうになる。


 しかし。


「今度は私よ!!」


 穿壊魔竜に向かってヴィエラが跳躍。

 そしてその盾を使って、突き出た巨槍の柄の先端を叩き込んだのだ。


『――!????』


 盾の衝撃によって強引に刺し貫く巨槍に流石の魔竜もただでは済まない。

 痛みによって捻って暴れるその魔竜だが、勇者パーティーの猛攻はまだ終わらない。

 隙を見てノエルが斬撃を入れ、ノンナが傷口を広げ、ノルドがサラの奇跡を付与した槍を投擲し、ヴィエラがトドメに槍を深く差し込む。


「よっしゃええぞ!! これならもしかするやも知れんぞ!!」


 順調に進む討伐作戦にノンナが思わず声を上げて調子に乗る。

 しかしそれだけで終わらないのが魔竜であり、何と魔竜は勢い良く調子に乗ったノンナへと襲い掛かって来たのだ。


「ちょ、おま!?」

「ヒィン!!」

「ぐへ!?」


 あわやノンナが穿壊魔竜に食べられそうになった瞬間、すんでのところでキングに助けられ、ノンナはキングの背中に乗ってその場から離脱する。

 そう、その素早い健脚によって危機に陥る仲間を瞬時に助けるのがキングの役目であり、その第一号としてノンナは助けられたという事である。


「す、すまぬ……!」

「ヘッヘッヘ!」

「くぅっ……!! だから慎重に動いていたのに……!!」


 その言葉が果たして本気なのかどうか分からないが、妙に仲の悪いキングに助けられるのが嫌なノンナであった。


「油断しないでって私言わなかった?」

「もうワシ反省しておるから、ワシにまで追撃するのやめてもらえんかのう!?」


 キングと同様ノンナを煽るヴィエラに、ノンナは涙目を浮かべて抗議する。

 だがそんなやり取りも、迫り来る穿壊魔竜の猛攻に中断される。


「やっぱり……! あの魔竜、音に反応して襲って来るんだ!」


 穿壊魔竜の動きを観察していたサラがそう言葉にする。

 確かにこの穿壊魔竜に目や鼻などといった口以外の器官が存在しない。しかしそれでどうやって周囲を察知出来ているのかといえば地面や音の振動で察知しているからだった。


「元は外敵から身を守るために振動感知で逃げていたミミズが、瘴気を受けて変化したのがこの穿壊魔竜……という訳か」


 サラの推測に、ノエルが目の前の穿壊魔竜の生態を考察する。

 そう、魔獣は元となる動物などが瘴気によって変化した姿だ。

 だからこそこういう変化前の習性が変化後でも現れる事があり、目の前の穿壊魔竜が元となったミミズの触角を受け継いでいる事は不思議な事じゃない。


「音や振動使って誘導すればもっと戦いやすくなるかも知れない……!」

「いや待て! ノエル!! 今すぐそこから逃げろ!!」


 ノエルがこの戦いに活路を見出したその瞬間、何かに気付いたノルドが大声を上げてノエルに注意する。そして、それと同時に体を限界まで捻った穿壊魔竜が一気に体を開放して、周囲に自身の土塊を発射させたのだ。


「しま――」

「聖術・不動王の構え!!」


 咄嗟にヴィエラがノエルの前にやって来て、迫り来る土塊を防御する。

 ガン、ガンと盾に無数の土塊が衝突し、その度に衝撃がヴィエラの足元へと分散される。だが迫り来るのは土塊だけではない。

 その瞬間、ヴィエラの盾を通じて強烈な衝撃が通り、足元にあるマナラインに分散される。


「これは……っ、ノルドの投げた槍!?」


 ヴィエラが自身の盾に衝突した物の正体を見て、目を見開く。

 そう、それはノルドが投擲し、彼女自身が盾を叩き込んで内部へと至らせた巨槍だったのだ。


「まさか体内にある物を射出したというのか!?」


 ノンナがヴィエラの状況を見て、そう考察する。

 だがしかし、もしそれが本当だったのなら今の穿壊魔竜にこれまで突き刺した槍がないという事になり、即ちあの回復力を妨げる物がないという事になる。


『――』


 どこか、ニヤリと嘲笑するような声。

 穿壊魔竜と勇者パーティーの戦いは、まだ始まったばかりである。

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