第18話 それがサラの夢

「一度、ノルドからお主の夢を聞いた」


 それは勇者と旅立ち、結婚し、幸せに暮らす。

 それがサラの夢であり、ノルドの告白を断ってきた理由。


「しかし勇者であるノエルと共に旅を続けても、ノエルに対する態度はいつも通りのように見えた。確かにサラ嬢とは長年の付き合いではないが、それでもお主に違和感を抱く事が出来る」


 普通ならば、憧れの勇者となれば舞い上がって喜ぶのではないだろうか。そうじゃ無ければそれなりの態度や仕草をする筈だ。

 それなのにこれまでのサラのノエルに対する態度は憧れの勇者としてではなく、単なる友人のように接していた。

 ならば、一体どうしてサラはノルドの告白を断り続けているのだろうか。


「ワシがお主に聞きたいのはその理由じゃ……お主は、本当は勇者の事など何とも思っておらんのではないか?」


 その言葉に、サラは目を丸くした。


「いや、違うけど?」

「……あ、あれ?」

「何とも思ってない事はないよ〜」


 サラの言葉に今度はノンナが目を丸くした。

 思っていた反応とは違う反応に肩透かしを食らうも、ノンナはサラ質問を続けた。


「ゆ、勇者の事など何とも思っておらんのではないのか?」

「勇者と結婚して、幸せになるのが私の見た夢だよ?」


 何かが、何かがおかしい。

 漠然とした不安を抱いたノンナは、確信に迫る質問をサラにした。


「のう……お主が勇者に憧れを抱くきっかけを話してもらえんか?」

「うん……別に隠す事じゃないから。そうだね……あの時は確か――」


 そうして、サラは自分の部分を話した。



 ◇



 物心ついた時、気が付けば自分の後ろを一人の男の子がついている事に気付いた。

 何とか自分に追い付こうと懸命に、そして楽しげについてくるその男の子を彼女はゆっくりと待っていた。

 その男の子の体は弱く、ただ歩くだけで息を荒くさせ、女の子である自分よりも体力が無かったと記憶している。


「はぁ……はぁ……ま、待って……!」

「だ、大丈夫? 辛いなら帰ろ?」

「う、ううん! サラの行きたい所なら俺も行きたい!」

「ど、どうして?」

「サラの事が好きだから!」


 最初はその言葉の意味が分からなかった。

 ただ自分の事を慕ってくれていると子供ながらに思っていただけだ。


 困惑しながらも、それでも毎日、毎日その男の子と遊ぶサラ。

 いつしか、男の子の体力はサラに追いつき、それどころかサラの体力や身体能力を超えている事に気付いたものの、それでもその男の子は決してサラから離れなかった。


「ねぇどうして私と一緒に遊んでくれるの? ノルドならもっと色んな事出来ると思うけど」

「俺はサラの隣がいいんだ! サラの隣にいる方が楽しい!」

「……そう、かな?」


 いつしかノルドの言葉に嬉しいと思うような感情が生まれ、サラの方もノルドと一緒にいたいという気持ちが芽生えていた。


 そんなある日の事である。


「ゆうしゃ、物語?」

「なんか村の広場で旅芸人がお芝居やるらしいって」


 村に旅芸人の一座がやってきた。

 カラク村は辺境の辺境だ。

 だからこの村に来る商人は僅かだし、旅人も少ない。当然この村にある娯楽も僅かしかなく、たまに来る旅人や商人からの話を聞くのが子供達にとっての娯楽だった。

 まぁ最大の理由は、親代わりである村長が過保護で村から出してくれなかったというのもあるが。


『それではこれから始まるのはとある厄災を倒した勇者とその仲間達の話です!』


 大人達をも巻き込んで、村中の人々がその劇に釘付けになる。

 劇に詳しい人じゃなくても、ある程度娯楽に精通している人が見れば、彼らは棒読みが酷く、演技も若干硬い事から彼らは素人集団か売れない旅芸人と分かるだろう。

 辺境で娯楽の少ない村であればどんな下手くそでも喝采を得られると考え、自尊心を満たすためにこの村で劇をしていると言われても反論の出来ない出来栄えだった。


『うわぁ〜!』


 だがそれでも、娯楽の少ないカラク村にとって彼らの演技はまるで一流役者の演技のようだと感じたのだ。


(勇者、聖女、魔王! すっごーい……!)


 幼いサラもこの演技によって勇者物語にのめり込んだ。

 最後に魔王を倒す白熱な戦闘(サラ目線)や、勇者と王女の恋物語(サラ目線)に、連日連夜ノルドや村の子供達と共に勇者ごっこをしていた。

 だけど、時々妙な違和感を覚えるようになった。確かに勇者物語は好きだが、時々物語の中の勇者と王女の関係に違和感を抱くようになったのだ。


「……どうしてだろう」


 考えて、考えて、寝落ちした。

 そして、サラは夢を見たのだ。





『起きなさい……私の愛しい子よ……』

「え、と……貴女は誰……?」

『私の名はラルクエルド……愛しい貴女に祝福を願っている者です……』


 子供であるサラを抜きにしても大人よりも遥かに大きい姿だ。まるでその大きな姿こそが、彼女の偉大さを表しているようだ。

 それでもサラに向けて優しい声音で話し、まるで自分の子供のように慈しむような眼差しでサラを見る大きい女性にサラは不思議と警戒を抱かなかった。それどころかその女性に対し、何か懐かしいというような気持ちすら抱くほどだ。


『貴女は過酷な旅を歩む事でしょう……しかし貴女は生涯の伴侶である勇者と出会い、恋に落ち、勇者と共に乗り越えるでしょう』


 サラの目の前に、大人になった自分と勇者みたいな人が仲睦まじげに旅をして、人々を救う光景が映し出される。


『貴女の人生は……幸せに満ち溢れているのです』


 魔王を倒し、結婚し、子供も生まれ、最後までずっと大人の自分は笑顔を浮かべていた。そしてその笑顔を浮かべている自分の隣には愛する勇者がいて、その光景を見るだけでも幸せな気持ちになれた。


『私の愛しい子よ……貴女は幸せになる未来を辿るのです……』


 笑みを浮かべ、そう断言するその女性にサラは確信した。

 あぁ彼女の言う事は本当の事なのだろうと。

 彼女が言うのだ、きっと間違いはないのだろうと。


 ――深く、深く……で、サラはそう思った。





「あ、れ……?」


 気が付けば、自分は眠りから覚めていた。

 何か夢を見ていたようだが、何の夢か思い出せなかった。

 ただ思い出せないにしても、寝る前に抱いた疑問の答えを見つけたような気がした。


「あっサラ! こんな所で寝て風邪引くぞ〜?」

「ねぇノルド……」

「うん? どうした?」


 自分を探しに来た彼に、サラは先程得た答えを話した。


「私、勇者の事が好きかも」

「……え?」


 一瞬、彼の表情が凍り付くも、何か熱に浮かされているような気持ちのサラはその事に気付かなかった。


「勇者と王女様が結ばれる所を見ると何か複雑な気持ちだったけど、私勇者の事が好きだからきっと王女様に嫉妬? してたと思うんだ」

「え、あぁ……うん」

「だから――」


 勇者と結ばれる事が、自分の夢だと……そう語ったのだ。



 ◇



「――確か村に旅芸人が勇者の芝居をやって、そこから勇者に憧れたんだと思う。だって勇者と結ばれる内容の夢が出る程だからね」


 具体的な夢の内容は覚えていない。

 でもどうしてか自分は勇者と結ばれると常に思っていた。

 だから、ノルドの気持ちに自分は応えられないと思っているのだ。


 ――そこに抱く違和感に、気付かずに。




















 物心ついた時、一人の少女の後ろを追っていた。

 その少女に追い付きたくて、歩くだけでしんどい体に喝を入れて頑張っていた。


「はぁ……はぁ……ま、待って……!」

「だ、大丈夫? 辛いなら帰ろ?」

「う、ううん! サラの行きたい所なら俺も行きたい!」

「ど、どうして?」


 どうしてと言われても、それに対する答えは自然と口から出ていた。


「サラの事が好きだから!」


 それ以外の理由など、あるのだろうか。

 子供だからかその好きの本当の意味に気付かなかったが、それでも一言で言うと好きだからしょうがないとこの時のノルドは思っていた。


「はぁ……はぁ……!」


 最初は、この不便な体で何回もサラの遊びを邪魔していた。

 それでもサラの事を思えば諦めようと言う気持ちは無かった。

 やがて自分のその思いに応えるかのようにノルドの体は徐々に体力を付け、サラよりも村の子供よりも大人よりも強くなって行った。


「ねぇどうして私と一緒に遊んでくれるの? ノルドならもっと色んな事出来ると思うけど」

「俺はサラの隣がいいんだ! サラの隣にいる方が楽しい!」


 嘘偽りない本心だ。そう言われて照れるような仕草をするサラに、ノルドは益々サラの事が好きになって行った。

 そしてようやく、ノルドは自分の気持ちに気付いた。

 いや、自分の気持ちに追い付いたのだ。


 ――サラが、自分の初恋である事に。


「ゆうしゃ、物語?」

「なんか村の広場で旅芸人がお芝居やるらしいって」


 そんなある日の事、村長であるカラクから旅芸人のお芝居について聞かされたノルドは、サラと一緒に楽しもうと彼女を劇に誘った。


『それではこれから始まるのはとある厄災を倒した勇者とその仲間達の話です!』


 勇者、聖女、魔王。

 確かにそれらの物語はノルドを楽しませた。

 だがそれ以上に、ノルドはサラの楽しむ顔を見る方がずっと楽しかった。


(そうだ……告白しよう!)


 もうずっと自分の気持ちを伝えているのだが、この時のノルドは本格的な告白をしようと考えていた。

 旅芸人達が村を去り、村中で勇者物語が流行って村の子供達が勇者ごっこをするようになった時でも告白の仕方を考えるノルド。

 そんなある日、サラの姿が見当たらない事に気付いたノルドは村中を探し回った。そして切り株の上で寝惚け眼をしているサラを見て、さっきまでサラは寝ていたのだと気付く。


「あっサラ! こんな所で寝て風邪引くぞ〜?」


 おちゃらけるように声を掛ける。

 それでノルドの存在に気付いたサラは、ゆっくりとノルドに向かって口を開いた。


「ねぇノルド……」

「うん? どうした?」


 サラの言葉なら何でも聞きたいと思っているノルド。

 だが、この時ばかりは聞きたくないと思ってしまった。


「私、勇者の事が好きかも」

「……え?」


 上手く理解出来なかった。

 ただ、自分は振られたのかという考えが過ぎった。


「勇者と王女様が結ばれる所を見ると何か複雑な気持ちだったけど、私勇者の事が好きだからきっと王女様に嫉妬? してたと思うんだ」


 聞きたくない。

 知りたくない。

 初めてサラの言葉を遮って逃げたいという気持ちになる。


「え、あぁ……うん」


 それでも、呆然と頭が働かないのかノルドはついサラに話を促してしまう。

 そして決定的な言葉が、サラの口から放たれてしまった。


「だから、勇者と結ばれる事が私の……夢なの」


 心臓の鼓動がうるさく、サラの言葉を聞き取れなかった所もあった。

 ただ分かっているのは自分の初恋は終わったのだと思った。


 それでも。


(どうして……泣いているんだ?)


 自分の夢を語るサラの表情は、引き攣った表情で泣き笑いを浮かべていた。

 自分の状態に気付かずに、ただただ勇者について語るサラに、ノルドは一つの決意をした。


(放っておけない……こんな顔をするサラを放っておけるわけがない)


 勇者の事が好きだとしても、それでもノルドはサラの事が好きだ。

 この恋を貫きたいし、サラを悲しませたくない。


(俺は……サラの笑顔が見たいんだ)


 だから。


「サラ、お前の事が好きだ」

「……え?」

「一番愛している」


 自分が諦めれば、きっと何もかもが終わるという予感を抱きながら口にする。

 これが、ノルドの初めての告白だった。

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