第7話 夜会話 その1
魔人に占領されてしまったゴード帝国城から逃げてきたノルド達。
実質ゴード帝国がノルド達の敵となった今、帝国内に彼らの居場所はない。しかしそんな彼らを匿ってくれたのは聖女サラが所属しているラルクエルド教会だった。
「ありがとうございます……カール司祭様」
「いえ、聖女様ひいては勇者様方の支援をするのが私達ラルクエルド教会でございます。それに相手があの魔王の眷属……魔人となれば尚更の事です」
「でも大丈夫か? あの魔人がここにやって来たらどうするよ?」
「大丈夫でございます。教会は女神ラルクエルド様の加護があります故に、魔人がこの教会に入る事は出来ません」
だが逆に言えば、魔人達は勇者一行がこの教会に潜んでいる事は掴んでいる事だろう。一度教会の敷地から離れれば、恐らく魔人達がやってくるかも知れない。
「ですので、暫くは安全ですよ」
そう言ってノルド達に茶を振る舞うカール司祭。
あの半ば絶望的だった戦いにようやく一息つけた勇者一行は、今得ている情報を整理する。
「まさかあのバルトロ男爵が魔人とはのう……」
「なぁそのバルトロ男爵? ってのは誰なんだ?」
「この国の貴族じゃよ。五つある爵位の中で一番下の男爵の爵位を持つ貴族じゃが、彼奴は若い頃からとにかく野心に燃えていた男じゃった」
「だけど彼がどうして魔人なんかに?」
魔人は人間の死体でしか生まれない。
それどころか瘴気という空間の中にいなくては、魔王による魔人転生も発揮されないのだ。
それが何故帝国貴族である彼がそのような魔人転生の条件を満たすような状況にいたのか、それが分からないヴィエラ。
そんなヴィエラにノンナはうんざりしたような表情で自身の考えを話した。
「大方、名誉欲しさに一人ケーン大陸に行って魔王を討伐しようと考えたのじゃろう……彼奴は聖術の才能はそれなりにあったからのう」
「それでケーン大陸に行って、見事に瘴気にやられたと……」
「更にはその死体を魔人に転生させられ、ゴード帝国を脅かす存在になったという訳か……」
ヴィエラ、ノルドがそのように情報を整理し、一同はため息を吐いた。
魔人という存在がいるのなら、それを倒せば事態は解決するだろう。しかし魔人の実力は彼らの予想を超えて、遥かに強かった。
勇者としての実力を持つノエル、卓越な技術を持つヴィエラ、そして規格外な一撃を繰り出せるノルドの攻撃を持ってしてもあの魔人には敵わなかったのだ。
「……あいつは、僕の事を勇者として未熟だと言った」
「ノエル……」
「魔王を倒せるのは聖剣を持った勇者だけ……それなのに僕は魔王じゃない魔人に手も足も出なかった……っ!」
聖剣を抱きしめ、悲痛そうな表情を浮かべるノエルに誰もが言葉を発する事は出来なかった。
更にはノエルと同様アレクについてショックを受けているカマラもいるという事で、この場の空気は重くなっていく。
そんな一行に、カール司祭が口を開いた。
「ふむ……それでは皆さん、今宵は暫く休んでは如何でしょう」
司祭の言葉に、暫く考えたサラが答える。
「カール司祭様、それではお言葉に甘えます」
「いいえ聖女様、これも教会の務めです」
そして、一行はその場で解散した。
◇
時刻は深夜。
一緒の部屋となったノンナとカマラが今後の話していた。
「ノンちゃん……私達は一体どうすれば……」
「うむ……」
二人の共通の幼馴染みで、この国の皇太子であるアレクサンドル・ゴードは魔人の魔術によって操られていた。それも魔人の言葉によれば彼の人格や精神までもが瘴気に侵され、こちらの声は届かないというのだ。
「瘴気とは人を死に至らしめる魔王の呪い……アレクはそれに人格や精神を侵されているという事は、あの魔人を倒しても元に戻るかどうか……」
「……そんな」
言うなれば瘴気とは硫酸のような物である。
一度溶かされた物は元に戻らない。
つまり瘴気に侵された人間は、通常の方法では元に戻らないのだ。
「頼みの綱は聖女の奇跡じゃろう……」
だが唯一の例外として、聖女の持つ奇跡がある。聖術とは根本的に違う女神の奇跡を扱える聖女ならば人に掛かっている魔術を払う事が出来る筈だ。
「でもサラ嬢が言うには、まだその奇跡を習得しておらんという」
そう、勇者であるノエルと同じく、サラの聖女としての実力もまだ未熟。
聖女として選ばれてから日は浅く、たった数日の訓練で全ての聖女の奇跡を習得している訳ではなかった。寧ろあの数日の訓練で対象の傷を癒す奇跡を習得していた事こそが奇跡だろう。
「完全に後手じゃな……魔王の手が予想以上に広がるのが早い」
「アレク様……」
落ち込むカマラの頭を撫でるノンナ。
ノンナとカマラ、そしてアレクは幼馴染み同士だ。
ゴード帝国に拾われたノンナが出会ったのは生まれたばかりのカマラとアレク。その三人は共に成長し、共に帝国のために切磋琢磨をした。
そしてある日、カマラとアレクは互いを好きになっていた。そんな二人にノンナは姉風を吹かし、相思相愛であるカマラとアレクをくっ付けさせ、二人を揶揄うのが楽しみになった。
いつかは成長した二人の子供を育てる。
そう夢を見る程、ノンナの中で帝国は第二の故郷となっていたのだ。
「……カマラ、ちと散歩に出かけようかの」
「……うん」
こういう時こそ、何か気分転換をして気持ちを切り替えなければならないと、宮廷聖術士としての経験が彼女達にそう判断を下す。
共に部屋から出た二人は、風に当たるために教会の庭に向かった。
すると二人が目にしたのは聖杖ラヴリドを構えたサラが何かの特訓をしている光景だった。
「サラ嬢?」
「……あれ? ノンナちゃんとカマラさん! どうしたのこんな夜中に」
「それはこちらの言葉じゃわい」
サラの前にはノルドのメイスが武器立てに立て掛けてあり、どうやら彼女はそのメイスに何かをしようとしているらしい。
「ワシらは気分転換がてらに散歩じゃな。サラ嬢は?」
「私は聖女の奇跡の練習」
『聖女の奇跡?』
サラの言葉に二人は異口同音と言葉を発する。
「魔人と戦うために、武器に奇跡を込めようとしているの」
「ふむ……聖術にも武器に現象を付与する事が出来るが、聖女の奇跡も同じような技があるのじゃな。それに奇跡なら聖術よりも魔の者に効きやすく、勇者以外の者も魔王勢と渡り合えるようになるか」
聖術もまた魔王勢に対抗するために齎された力だが、聖女の奇跡の方が聖術よりも強い。まさに魔王に対する天敵のような力だ。
「……あの、サラさん」
「ん? どうしたのカマラさん」
「その、奇跡付与よりも魔術浄化の方を先に習得した方がいいんじゃないかと思いますが……」
「カマラ……」
アレクの事が心配なカマラがそう言ってしまう。
確かに前者よりも後者の方が人を救えるだろう。
しかしそんなカマラにサラが首を振った。
「……ごめんね。人に掛ける奇跡はどうしても難しいの」
魔術浄化などの人の精神を癒す物よりも、奇跡付与などの物体に掛ける奇跡の方が習得しやすいとサラは言う。そのような習得難易度があるからこそ、ラックマーク王国で肉体治療を重点的に訓練してきたというのだ。
「それにどっち道、私達に必要なのは魔人を倒すための手段だよ」
「……」
「でもね、私はまだ諦めた訳じゃないよ」
「え?」
「魔人を倒すのも、アレクさん達を癒すのも……絶対に諦めない」
その言葉に軽さはなく、サラの目には確固たる決意が宿っていた。
もしそこにヴィエラがいれば、ノルドそっくりと言うだろう。
「ふむ……サラ嬢には何か秘策があるという訳か?」
「秘策という訳でもないよ。それに聖女としての力だけじゃ無理」
そしてサラは真っ直ぐとカマラの目を見つめた。
「アレクさん達を救えるのは……カマラさんしかいない」
「あの、それって一体……」
「司祭様から聞いたの。瘴気の正体は魔王の発する『負の力』だって」
対する聖術や奇跡に使われるマナは『生の力』。
瘴気とは真逆の力だ。
「ならアレクさん達の『生の力』に働き掛ける事で『負の力』を打ち払えるんじゃないかって」
「それってどうすれば……」
「『生の力』……つまり精一杯褒めるんだよ!」
『えぇ……?』
突如サラの口から突拍子もない方法を聞かされた二人は目を丸くさせる。
「で、でも私の声はアレク様に届きませんでした!」
「ただ声を掛けちゃダメだと思う。相手の事を想って褒める事が重要じゃないかなって」
「でもそんな……ノ、ノンちゃん!」
反応に困ったカマラが幼馴染に縋るような目で見るが、ノンナは真剣な目で考えていた。
「ふむ……確かに戦場で魔術に掛かった味方を褒める事で解除するなんてやり方誰もやらんからのう……意外と通じる可能性があるかもな」
「そんなノンちゃんまで……」
「ねぇカマラさん」
「は、はい……」
「相手に対する気持ちは、きちんと口に出さないと伝わらないよ」
「……!」
サラの言葉にカマラが目を見開く。
確かに魔人の言う通り、ただ声を掛けただけでは通じないだろう。しかしそこに気持ちを込め、相手を想った言葉こそが一番相手に伝わるのだという事をカマラは気付いた。
あの時、カマラに向かって放たれたアレクのプロポーズが、一番カマラの心に響いたのをカマラは思い出したのだ。
「私……頑張ります! アレク様を元に戻して見せます!」
「うん、その意気だよ! ……まぁ、私が言っても説得力ないけどね」
『……?』
サラの最後の呟きを聞いた二人が首を傾げた。
まぁ二人はノルドの告白に一回も遭遇していないため、そのような反応は致し方ないが。
「……だからアレクさん達はカマラさん達に任せるよ。そして私は魔人に対抗するための奇跡を習得しないとね!」
「はい! あ、それならノンちゃん!」
「うむ、役に立てるか分からないが聖術士としての目線で協力しようではないか」
「二人共ありがとう!」
そんな二人に感謝し、ふと視界の端に人影を見つけるサラ。
そんな人影にサラは微笑んで、奇跡習得の訓練を再開した。
◇
サラに微笑まれた人影……ノルドは、そんなサラ達の姿を見てその場から離れた。
「……さて、じゃあこっちも何とかしないとな」
そう言って、ノルドはとある人物と話し合うために歩き出す。
ヴィエラは教会内の警備を担っており、この場にはいない。
つまり必然とノルドが会うのは一人しかいない。
「……」
とある部屋の扉の前に着いたノルド。
そしてノルドはコンコンと扉をノックした。
しかしノックしても部屋の主からの反応はない。
「……ノエル? 俺だノルドだ」
『……』
「……すまんが開けるぞ」
「……あ」
ノルドが勝手に扉を開けたと同時に中から声が漏れた。
構わずに部屋の中に入ると、露出もなく、体型も判りづらいかなりブカブカな寝間着を着たノエルが、膝を抱えて部屋の隅で座っていた。
「……やぁ、ノエル」
「……」
「あーえーと……その、寝間着なんだが……かなりブカブカだな」
言ってからなんだこの話題提供はと内心頭を抱えるノルド。
そんなノルドを知ってか知らずか、ようやくノエルの口から言葉が発せられた。
「……この方が、落ち着くから」
「そ、そうか……ま、まぁ寝間着は人それぞれだよな! うん!」
「……」
「……」
会話が途切れる。
未だ落ち込んだままのノエルにノルドが何とか話題を提供しようとあれこれ考えるも、結局何も見つからなかったノルドは、頭を掻いて単刀直入に行こうと決めた。
「なぁノエル」
「……」
「話があるんだ……あの戦いの事で」
「……っ!」
その言葉に、ノエルはびくりと体を震えさせた。
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