第6話 皇太子アレクサンドル・ゴード

「……書状をお出しください」

「はい」


 ゴード帝国城の門を守る兵士にノエルが勇者としての証を示す書状を渡す。

 そして暫く時間が経つと、確認を終わらせた兵士が書状を返し、勇者パーティーを通した。


「馬車とバトルホースはこちらの小屋に」

「分かったわ」

「またねキング」

「ヒヒン」


 馬車とキングを馬車小屋に待機させた勇者一行は、勇者一行を案内するために遣わされたメイドの後を着いて行く。


「どうじゃ?」

「うん……やっぱりあの人からも嫌な気配を感じる」


 道中、声を潜めながら確認するノンナにサラが頷く。

 サラは、先程の兵士と同じようにノンナ達を追って来た巨人族の騎士からも嫌な気配を感じた事がある。ノンナはそれを聖女としての力が働き、彼らを操る魔術の気配を探知しているのではないかと推測した。


「それじゃあ彼奴からは?」

「うん……あの人からも感じるね」

「彼奴は?」

「あの人は……特に感じないよ」

「ふむ……確かにワシの目から見ても彼奴に不自然な動きが見当たらなかったしのう……」


 彼女らはその推測が正しいかどうかの実験として、帝国城の人と知り合いであるノンナが様子のおかしいと思う人を示してサラがその嫌な予感を感じたか確認をする。

 そしてその結果、おかしいと思った人全員に嫌な気配を感じたという。


「……なんという事じゃ……帝国城の八割が魔術に侵されているだと……?」


 特に最悪なのは兵士や騎士などの戦力となる者全員が魔術に掛かっているという。


「……お主ら、決して帝国城で戦いを始めてはならんぞ」

『……』


 ノンナの言葉にノルド達は唾を飲み込んだ。

 そしてメイドの案内によって勇者一行が辿り着いたのは謁見の間だった。


「それでは粗相のないよう、お願いします……」


 それ以降メイドは立ったまま何も言わず、瞬きもせずにそのままの体勢で停止した。

 そのあまりにも不気味な光景に一同は凍りつくも、兵士達が謁見の間に続く扉を開けた事で何とか我に返る。

 そしてノエルを先頭にして、一行は恐る恐る中へと入って行った。


(あれが……)


 するとノルドは謁見の間の奥の玉座に座っている皇太子らしい一人の男が目に入った。その隣には側付きと思われる男が控えており、二人は謁見の間に入ってくるノルド達を感情の読めない表情で見ていた。


「あの玉座に座っているのが皇太子であるアレクで、その隣にいるのが宰相のバールカルロ・ダインじゃ」


 姿を隠しているノンナが声を潜めながらノルド達にそう教える。

 ノルド達は謁見の間の中央に着くとその場に膝をついた。


「……諸君らが、勇者パーティーか」

「はっ! この度魔王復活の報を受け、勇者として魔王討伐を任じられたノエル・アークラヴィンスと申します。この度は私達を、次期皇帝となられる殿下の前に御通し頂き誠にありがとうございます」

「ご苦労……しかし訂正して頂こう。余こそがこの帝国の皇帝であるアレクサンドル・ゴードである!」


 そう言ってまるで己を誇示するかのように立ち上がるアレク。

 そんな姿を見たカマラは顔を引き攣り、ノンナは呆れたような目を向けた。


「え、えぇ……」

「何が皇帝じゃ……しかも余とか気取っておるのか?」


 やはり、あまりにもな変わりように昔から知っている二人は受け入れられないようだ。ノエルはそんな二人を無視して、アレクと会話を続ける。


「はっ……大変失礼致しました。アレクサンドル皇帝陛下」

「うむ、良かろう……して、何用で我が国に来た?」

「はっ……実は過酷な魔王討伐の旅に備えるため、貴国に魔王討伐の支援を――」

「断る」

「……は?」


 ノエルの話を途中で遮るアレクにノエルは唖然とした。


「我が国には、貴様らに支援を施す余裕なぞない」

「……」


 あまりの言い分にノエル達は目を細めた。

 ラックマーク王国がショーブ大陸における伝統の国ならば、ゴード帝国はショーブ大陸における最先端の国だ。

 食料品や生活用品、娯楽品などは帝国内にある工場で大量生産されており、輸出された品々は非常に安価で入手しやすい特徴がある。


 なのに少数人数である勇者パーティーに対し支援する余裕がないと、アレクは言った。

 ゴード帝国を知る者は、その発言が嘘であると誰もが思うだろう。

 やはりおかしい。そう思ったノエルは突っ込んだ話題を切り出した。


「支援に関しては……了解しました。しかしもう一つ、貴国に聞きたい事があります」

「何だ? 申してみよ」

「貴国で魔人が暗躍しているという情報を得ました」

「……ほう? さては貴様、強国である我がゴード帝国が、無様にも魔人の暗躍を許していると言いたいのか?」


 何故そこまで出鱈目な解釈が出来るのか、ノエル達は内心呆れ返った。


「いいえ、そう申してはおりません……しかし魔人の気配となれば私達勇者パーティーが調査する必要が――」

「必要はない」

「……ですが」

「くどい! 例え勇者パーティーであろうがこの余に意見するとは万死に値するぞ!!」


 ここまでか、と思ったノエルは諍いを回避するよう話を切り上げた。


「差し出がましい意見をしてしまい申し訳ありません……では私達はこれで」

「ふん! 二度と余の前に顔を見せるでない!」


 そしてノエル達は立ち、この謁見の間から退室しようとする。

 ノルドは声を潜めて姿の見えないノンナに今後の行動を尋ねた。


「……ど、どうすんだこれから?」

「……仕方がない。城の連中が寝静まった夜に潜入し、魔人を探すしかないじゃろうな」


 そう今後の方針を交わす勇者一行だが、ふとサラが妙な気配を感じてその足を止める。


「……ん? どうしたサラ」

「……あ、あの人……」


 不自然に思ったノルドがサラの様子を訝しむ。

 見ればサラは顔中に冷や汗をかいており、彼女の視線は貴族の一人に向けられていたのだ。


「あの人の体……まるで嫌な気配だけで体が出来ているみたい……!!」

「!? まさか彼奴が――」

「クックック……やはり聖女は厄介だ」


 突然その貴族からそう言葉を発され、気が付けば勇者パーティー全員がその貴族の姿を見失う。そして突如として勇者パーティーの背後から強烈な気配を感じた。


『!?』


 一体いつの間に移動したのか。

 勇者パーティーとアレクのいる玉座の間に立つ存在に勇者パーティーが驚愕のあまりに声を失う。そんな勇者パーティーの驚愕を他所に、貴族であった・・・・存在がパチパチと勇者パーティーに拍手を送った。


「まさか逃げた奴らが勇者パーティーを連れてくるとは驚いたものだよ……なぁ宮廷聖術士」

「……気付いておったか、バルトロ男爵……!!」

「クックック……バルトロという存在はもうこの世にはいない……!! 今の私は魔王様から賜った至高の名がある! よく聞け我の名を! 我はモンド!! 偉大なる魔王様の眷属にして魔人!! 魔人モンドである!!」


 その瞬間、名乗りを上げたモンドの貴族衣装がまるで禍々しい衣装へと変わっていく。

 これが魔人。これが人類の敵。

 初めての邂逅にノルドとサラの体が竦む。


「――!!」


 そんな中、ノエルはノルド達を守るように聖剣ラヴディアを抜剣し、先手必勝と言わんばかりに魔人モンドへと切り掛かった。


「クク……思い切りがいいのは高得点だ……しかし」


 聖剣が魔人の体を切り裂く。

 そう思った瞬間、聖剣は魔人の手前で止まったのだ。


「……え?」


 見ればノエルの操る聖剣は魔人の二本の指によって止められていた。


「まだまだ……まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだ!! 勇者として未熟だなぁ!!」

「嘘……!?」


 その攻撃は誰にも見切る事が出来なかった。

 突如としてノエルの腹に強烈な痛みが走り、ノエルの体は衝撃によって後方へと吹き飛ぶ。


「ノエル!!」

「うっ……ぐ……」

「今回復するよ! 『あなたに愛の癒しを』……!」


 サラが聖女としての奇跡を発動し、ノエルの体を癒す。

 それによってノエルは徐々に血色の良い顔に戻っていく。


「ノルド、貴方の動きに合わせるわ!」

「分かったぜ姐御!!」


 ノルドが右、ヴィエラは左と魔人に迫る。

 そして二人は魔人に対して己の武器を叩き込んだ……のだが。


『……!?』


 ヴィエラの剣は魔人の肌を切り裂く事もできず、ノルドに至ってはメイスが直撃しても魔人にダメージを与えていない始末。


(姐御みたいに衝撃を分散してるってわけじゃねぇ……直撃を受けても効いていないだけだ!)


 あまりにも出鱈目な耐久にノルドが顔を引き攣った。


「無駄だ……勇者より弱い木っ端戦士がこの私に傷を与える事など出来ん!!」

「マズい……! 汝らに守りをイラ・エスト・カルナ!」


 攻撃の気配を感じたノンナはノルドとヴィエラに守りの聖術を施す。だが魔人の攻撃に対してはただの気休めにしかならず、二人は魔人によって吹き飛ばされた。


「ぐぅっ!!」

「がは……!?」


 ヴィエラは咄嗟に盾を構えたものの、盾越しであるにも関わらず魔人の攻撃はあまりにも強烈過ぎて、腕が上がらなくなった。

 ノルドは守りの聖術を施されたものの、ほぼ直撃したせいで口から血が飛び散った。


「ヴィエラさん!! ノルド!!」

「まだ、まだぁ!!」


 サラの声にノルドは気力を振り絞り、立ち上がる。

 そして口についている血を拭いたノルドはメイスを構えた。


「ほう……私の攻撃を受けて立ち上がるとは……」

「好きな女の前なら幾らだって耐えてやるよ……!!」

「ダメだノルド!」

「っ……ノエル!?」


 回復したノエルがノルドの前に立つ。

 そしてゆっくりと聖剣を魔人に向け、重心を低くした。


「魔人は……僕が相手をする!」

「ばっ……ノエル一人は無茶だ!」

「魔人の相手が出来るのは勇者である僕しかいないんだ!」


 そう言って、ノエルはノルドの声を無視して、魔人へと跳躍する。


「ふっ……多少は早くなったか?」

「はああああああ!!」


 聖剣に対して素手で対応する魔人。

 両者の動きは最早人間を超えており、ノルド達が戦闘に参加する余地がない。そんな中、カマラは我に返って黙したまま戦闘を見ているアレクに声を掛けた。


「……! アレク様! アレク様も見ているでしょう!? 今この帝国は魔王の手の者によって危機に晒されています!! だからどうか、昔のアレク様に戻って!!」

「……」

「アレク様!!」

「クックック!! 無駄だそこの宮廷聖術士!! 彼奴は私の魔術で操っている!! 魔術による瘴気に侵された彼奴の人格や精神は最早、貴様の声など届かん!」

「そ、そんな……!?」


 魔人の言葉によってショックを受けるカマラ。

 そして魔人と戦っていたノエルは魔人の攻撃によって再度吹き飛ばされる。


「ぐっ……つ、強い……!?」

「例え勇者として選ばれても! 例え聖剣を抜いても! 未熟な貴様では、魔王様はおろかこの魔人である私を倒すには程遠いのだよぉ!!」


 仮にもラックマーク王国における騎士団長としての実力を兼ね備え、聖剣の力を手にしたノエルを未熟と言う魔人に、誰もが言葉を失う。

 まさに絶体絶命。

 だがそんな彼らに、とある存在が乱入してきた。


「――ヒヒィイィイン!!」


 なんと騒ぎを聞きつけたキングが、地上からかなりの高さを誇る帝国城の謁見の間の窓を突き破って乱入してきたのだ。


『キング!?』

「ヒヒィン!!」


 前足を上げ、勢いよく床に前足を叩き込むキング。

 その瞬間、キングの蹴りによって謁見の間の床にヒビが生まれ、崩落をしたのだ。


「な、なんという馬鹿力じゃ!?」


 通常のバトルホースとは考えられない蹴りの威力にノンナが驚愕の声を上げる。

 未だに事態の把握が出来ない魔人を他所に、キングは勇者パーティー全員をその背に乗せて城の中を駆けていく。


「六人全員乗せてもちゃんと走れるとかなんじゃこの馬ぁ!?」

「ヒヒン!」


 困惑するノンナにキングがドヤ顔を見せる。

 案の定キーッと癇癪を起こすノンナ。


「キ、キング!? 前、前!」


 ヴィエラがキングの走る先を見て、顔を引き攣る。

 何故ならその先は外へと続くバルコニーになっており、キングはまだ通路を曲がるための減速をしていないのだ。

 そんなヴィエラにノルドが声を張り上げる。


「いいや姐御ぉ! あの高さまで飛んできたキングだ! 多分行ける!!」

「行けるってなんじゃ!?」


 ノルドとサラ、そしてキング以外の全員が嫌な予感を感じる。

 そしてその瞬間、キングはその嫌な予感通りにバルコニーから飛び降りたのだ。


『きゃああああああ!!!?』


 かくして、勇者パーティーの魔人との初邂逅はこうして終わりを告げた。

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