第8話 夜会話 その2

「ノエル!! 貴様、我がアークラヴィンス公爵の跡取りだと自覚しているのか!?」


 ノエルの父であるジークゼッタ・アークラヴィンスが凄い剣幕で幼い頃のノエルを叱りつける。そんな父に、ノエルは体を強張らせて俯いていた。


「貴様を誑かした彼奴はこの家から追放した! もう二度とこのような真似をするな!」

「……!? お、お父様……まさか姉様を……!?」

「あれはもう貴様の姉ではない!!」


 ノエルには姉がいた。

 姉の名は、ヨルア・アークラヴィンス。アークラヴィンス公爵家の長女にして、ノエルの理解者。幼い頃から悩んでいたノエルを支えてくれた人。

 しかし、ノエルとヨルアの行った行為によってジークゼッタが怒り、後戻り出来ない事態にまで発展してしまった。


「くっ……何故マリアから貴様のような子供が……!」

「……っ」


 耳を疑う発言が父から発せられた事で、ノエルの息が止まる。

 敬愛や家族愛などの情は抱いていなかったが、実の親からそこまで言われた事にショックを受ける。そんなノエルの事を露知らず、険しい表情を浮かべているジークゼッタが念押しするように言葉を放つ。


「貴様はアークラヴィンス公爵の次期当主だ……!! いいか、次期当主なのだぞ!! 今後一切このような真似をするな! そして私の言う事を聞くのだ!!」


 確かに、元からジークゼッタの言う事を聞けば姉は追放されずに済んだのだろう。考えても考えても後悔ばかりが幼いノエルの脳内に繰り返していく。


「返事はどうした!?」

「っ! ……はい、分かりました……」

「ふん!」


 そう言って、ジークゼッタはノエルのいる部屋から出て行った。

 そんな父の後ろ姿を見ながら、ノエルは追放された姉の事を思う。


 ただ、我慢すれば良かったと。

 小さな違和感も、苦しみも、ただ胸に閉じ込めれば良かったと。

 父の理想の子供をただ演じればいいだけだと。

 何もかも遅いが、もし時間が巻き戻るなら姉に相談する前に――。



 ◇



 ノエルの第一印象は、非の打ちどころのない、まさに騎士のような存在だとノルドは思った。しかし違うのだ。確かに騎士団長としての実力や責任感、他人に対する対応は完璧だ。だがノエル個人と付き合って見て、それが違うと分かった。


「……」


 膝を抱え、部屋の隅に座るノエルは、ただ理想を完璧に演じていた。

 本当は一歩線を引いて、他人に対して壁を作っていた。壁を作っていたから理想の姿になれていたし、誰にでも慕われる存在になっていた。


 ――本当のノエルは、ノルド達と友人になるまで一人ぼっちだったのだ。


「僕は、勇者なんだ……なのに魔人すら倒せず、君にまで怪我を負わせてしまった……」

「怪我ぐらいどうって事ねぇよ! 生きてればそれでいいじゃねえか」

「でもキングが来なかったら、死んでたんだよ……? 僕は、自分の無力さが憎いよ……」


 勇者だから、人を守る義務がある。

 しかしそれと同時に、友達であるノルド達を危険に晒してしまった事に悔いていた。理想を演じようとする性格と、友人を守りたいという本心が綯い交ぜになり感情が暗くなる。


『貴様は勇者だ。世界を救う存在は貴様しかいないのだ』


 父の言葉が脳内でリフレインする。

 だからそのように実力を積んだし、実力を身につけた。だからこそ、勇者である自分が弱ければ全てが終わりだという強迫観念がノエルの中にあった。


「魔人からも未熟と言われた僕は、実際勇者として弱いんだ……!」


 理想を演じれない自分。友を守れない自分。

 そんな自分に心が折れそうになる。

 

 その瞬間。


「大馬鹿だなノエル」

「……え?」

「俺も俺達も、そしてまだ本気出してねぇし、魔人とたった一回戦っただけで自分を弱いと判断するなよ」


 ノルドの言葉にポカンと口を開けるノエル。

 そんなノエルを笑って、ノルドは言葉を続けた。


「勇者パーティーは一人で戦ってんじゃねぇんだ。勇者パーティー全員で戦ってんだよ。姐御はヤベェし、ノエルは強い。サラは可愛いし最高だし、俺は不可能を可能にする男だ」


 全員力を合わせればたかが魔人一人どうって事はない。

 だから魔人の言葉を真に受ける必要はないし、絶望する必要もない。


「俺達はお前の仲間で、お前は俺達の仲間なんだぜ?」


 だから、ノエルは無力じゃないとノルドは言った。


「……あ」

「あっ……すまんつい頭を撫でちゃったが……気持ち悪かったよな?」


 何せノエルの落ち込んでる様子が村の中にいた子供に似ていたから、つい慰め方がそれと同じような物になってしまった。


「う、ううん……」

「そうか! まぁ俺から言いたい事はそれだけだ。これから忙しくなるぞ? サラ達も諦めてねぇし、俺達はノエルが必要だ! その事を忘れるなよ?」

「……うん」

「よし! それじゃあ暑苦しい奴はさっさと退散するとしようか!」

「あっ……」


 そう言って、ノルドはノエルのいる部屋から出て行った。

 ノエルはこの胸の高鳴りを手で抑えながら、ノルドから言われた事を思い返す。そして、ノエルは遠くにいる姉に向けて、言葉を放つ。


「……ふふ、姉様……僕はいい友達を持ったよ……」


 そう言って、この日ノエルはやっと笑顔を浮かべたのであった。



 ◇



 翌日の朝。

 魔人事件を解決するために、教会の広間に集まった勇者一行。

 その中には昨日から落ち込んでいたノエルの姿もおり、その顔はまるで吹っ切れたかのような表情を浮かべていた。


「全員集まったようね」


 ヴィエラが進行役を務め、各自昨日考えた作戦を互いに共有する。


「――って感じで」

「いや、前代未聞過ぎない?」

「じゃがその前に妨害が――」

「それだったら俺が――」

「じゃあ僕と他の人が――」


 と、各々考えた作戦を組み合わせ、練っていく。

 やがて――。


『よし、これで行こう!』


 作戦が決まったのであった。

 そして一行は各自装備を整え、結界の外へと通じる教会の門へと集まる。


「皆様……どうか御武運を」

「私達を匿ってくれてありがとうございますカール司祭様」

「あなた達に女神ラルクエルド様の御加護を……」


 司祭のお祈りを聞きながら、一行は教会の門へと向き合った。

 この門から先が、戦いの始まりである。

 魔人との戦い。魔人からの帝国解放。

 そして、大事な者を救う戦い。


 来る戦いをそれぞれ想像する中、ノンナがふと呟いた。


「もしこの戦いが終わったら……ワシを勇者パーティーに入れてくれんかのう」

『え!?』


 まさかの発言に一同驚きの声を上げる。

 ノンナと幼馴染であるカマラでさえも驚いているのを見るとどうやらノンナの独断のようだ。


「ノ、ノンちゃん……帝国から離れるの……!?」

「ワシの第二の故郷はここと断言するほど愛着があるがのう……しかしワシの故郷を混乱に陥れた魔王を許せんのじゃ」


 だから魔王をぶっ倒すまで勇者パーティーにいるとノンナは言う。


「まぁ聖術士が勇者パーティーにいるというのは心強いわね」

「学者気質な聖術士は気紛れだから、歴代勇者パーティーを見ても参加してない聖術士もいるけど……」

「ふん! 確かにこの件が無ければ勇者パーティーに入るつもりは無かったが、ワシは聖術士の中でも最も責任感のある聖術士じゃぞ!」

「ノンちゃん一緒に旅をするの!? やったー!」

「おいこら、抱きつくのをやめい!?」


 これから決死の戦いだというのに、この空気である。

 しかしこれがこのパーティーなのだ。


「はは! よっしそれじゃあその門出として魔人をぶっ倒して帝国を救うぞ!」


 ノルドの言葉に一同は拳を付き上げ、声を大きく上げた。

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