第4話 ゴード帝国の異変

 魔王復活の報を受け、その事実確認として遣わされた筆頭宮廷聖術士であるノンナともう一人の宮廷聖術士であるカマラ。

 彼女達は他国へと赴き、東から逃げてきた避難民から事情聴取をしていた頃、ゴード帝国に関する情報がやって来た。


 ――皇太子アレクサンドル・ゴードの暴政。


 ある日、父である現皇帝サンダルシア・エゼビメウス・ゴードが病に罹り、皇太子であるアレクサンドルが代わりにゴード帝国の皇帝代理となった。

 それだけなら別に問題はない。

 アレクサンドルは臣下や民にも慕われ、常日頃から発揮して来たその政治力は現皇帝からも信頼されている程。だからこそ皇帝の代わりに彼が執政を担っても誰も文句は言わない。


 しかし、ある日を境に彼は変わった。


 税率を上げる他、無茶な仕事も命令して来たのだ。

 納期も僅かで重労働。長期的に見れば確かに帝国のためになる物ばかりではあるが、あまりにも性急、しかも今の世論とは噛み合わなすぎて誰も着いていけない。

 更には出鱈目な計画書で工事もままならず、寧ろ事態は悪化している。


『のうアレク! なんじゃこの劇場というのは!?』

『民のために必要だ! 民には娯楽が必要なのだ!!』

『いや魔王復活の報が来てる今、そんなもん嗜む余裕なぞないじゃろ!? 寧ろ重要施設である図書館をぶっ壊して作るほどかこれ!? 帝国には劇場が何箇所もあるじゃろぉ!!』


 急いで帰って来たノンナ達が彼に直談判した時の会話がこれである。

 これがあの聡明な皇太子だったのかと、本当にノンナ達の知っている皇太子なのかと勘ぐるぐらい、彼の話す内容は支離滅裂だった。


『ええい! この私に意見するとは無礼者め!! 兵よ、この女どもを捕らえよ!!』

『ア、アレク様……?』

『なっ、ワシだけじゃなくカマラもか!? お主気は確かか!?』


 アレクサンドル、カマラ、そしてノンナの三人は幼い頃から知っている幼馴染の間柄だった。

 そしてアレクサンドルとカマラは、お互いに好き合う婚約者同士。その事実があるからこそ、アレクの下した命令は彼女達にとってあり得ない物だった。


『くっ、お主ら! アレクは乱心しておるぞ! 此奴の命に従うでない!!』

『皇帝の命令は絶対です!』

『いや、皇帝代理じゃからな!? そんな暴政を続けると剥奪されるぞ!?』

『ここは私の国だぁ!!』


 どいつもこいつも話が通じない。

 いい加減に堪忍袋の緒が切れたノンナはその場で聖術を使い、その場から脱出した。そして追っ手に巨人族の騎士を差し向けられた結果、今に至る。


『……』


 彼女達の話を聞いた勇者パーティーはあまりの話に言葉を失う。

 そんな中、早くも復帰したヴィエラが顔を引き攣りながら言葉を発した。


「いや、突っ込みどころありすぎるわよ」

「じゃろ?」


 深く頷くノンナにヴィエラは頭痛のあまりに頭を抱える。


「それ本当に皇太子なの? どこぞのボンクラが入れ替わったのではなく?」

「うむ……ワシらが見てもあれは本物のアレクじゃった……中身の豹変はともかく」

「はい……私もあの人はアレク本人だと思います……」


 幼馴染にして婚約者同士であるカマラもそう断言する。

 だからこそ、余計にその豹変が分からなくなる。


「本人だけど中身が別人になった……そんな聖術があるとか?」


 ノルドが頭を悩ませながらそう言葉を発する。

 しかしそんなノルドの意見にノンナが否定した。


「聖術にそのような力はない。聖術は本来、魔王に対抗するため女神ラルクエルドが人類に齎した力じゃ。精神に作用する力は魔王には通じないため、聖術自体に精神を操る術はないのじゃ」


 例外といえば魔王の放つ瘴気に対する精神汚染耐性の上昇する聖術や、汚染された精神を浄化する聖術のみ。


「後は……いや、まさか……」

「ノンナちゃん?」

「あ、いやすまんサラ嬢……ちと考え事をしていた」

「何か気になるなら僕達が聞くよ?」

「……うむ、ではそうじゃな。その杖や剣を見るに、お主らは魔王討伐のために結成された勇者パーティーで間違いないかのう?」


 急に話が変わった事に訝しむ勇者一行だが、取り敢えずノンナの言葉に肯定の意を示した。


「え、勇者パーティーだったんですか!?」

「……のう、カマラ。お主も宮廷聖術士ならもっと観察力をだな……」

「でもノンちゃんだって知識は凄くても実践経験に乏しいじゃない」

「年下のお主よりかはあるわい!!」


 そこは否定しないのかと勇者パーティーは内心そう突っ込んだ。


「コホン! まぁお主らが勇者パーティーである事は分かった……それで聴きたいのじゃが、どうしてワシらを助けた?」

「は? いや、助けたいから助けたわけだけど?」

「あの時ワシらの他に追っ手である巨人族の騎士達がいた。どちらもゴード帝国と示す紋章を持っているのに、どうして巨人族の騎士ではなくワシらを選んだのかと聞いておるのじゃ」


 ノルドの返答に、ノンナがそう言い返す。

 確かに結果的にノンナ達の方が善人であると分かったものの、当時はどちらかが悪人か分からなかった。しかしその理由を説明するにはサラの決断を話さなければならず、ある意味仲間を売る行為であるため、一行は口を閉ざす。


「……はぁ〜、いや別に責めておるのではなく――」

「――私です」

『!?』


 突如としてサラが手を上げた事でノルド達は驚愕する。

 そしてノンナはサラが手を上げた事でやっぱりという表情を浮かべた。


「なるほどの……やはり聖女であるお主が……」

「なぁノンナ、何か知っているのか?」

「怖い顔をするでないわ……こちとら子供じゃぞ?」

「ここぞという時に子供の特権を持ち出すとかずるいよね……」

「ごめんなさい……都合が悪い時はいつもこうやって誤魔化すんです……」

「おいそこ、うるさいわ!」


 幼馴染の発言にノンナが突っ込む。

 暫く深呼吸をして落ち着いたノンナはサラに理由を問うと、サラは遠慮がちに当時の状況を説明する。


「それは……あの大きい人達から嫌な予感をしたから……かな?」

「なるほどのう……実はの。あの騎士達とは面識があるのじゃよ」

「面識があったのに追いかけ回されてたのか?」

「うむ……それどころか帝国城にいる奴らは皆、ワシの知り合いよ」


 なのに、アレクサンドルと幼馴染であると分かっているのにアレクサンドルを優先し、ノンナ達の言い分に一切耳を貸さなかった。

 情に訴えても、過去の貸しについてに言及しても、脱出中にある事ない事、秘密の話や恥ずかしい話を言いふらしても顔色一つ変えなかったという。


「いや何をやってるのよ貴女……」

「追いかけ回した罰じゃ、ワシは悪くない! ……まぁとにかく、おかしかったのはアレクだけではなく城の中にいる連中もという話じゃな」

「それとサラの話と何か関係があるのか?」

「サラ嬢にはあのおかしくなった連中から嫌な気配を感じ取ったんじゃろ? 聖女が感じ取った気配……彼らがおかしくなった原因に心当たりがあるのじゃ」


 ノンナの言葉に勇者パーティー一同が唾を飲み込む。

 そして溜めに溜めて、更に溜めたノンナが発した一言とは――。


「いや溜め過ぎよ。キッパリと言いなさいよ」

「すまん……実はこれらの原因に『魔術』が関わっているのではないかと考えたのじゃ」

『まじゅつ……?』


 ノルドとサラが異口同音と言葉を発する。


「謂わば魔王版聖術って事じゃな。古い文献によると魔術とは人の精神を脅かす術らしく、体内にあるマナの代わりに瘴気を使って発動する術じゃ」

「……ちょっと待って? もしその魔術とやらが彼らに掛かっていた場合ゴード帝国は……!」


 何かに気付いたノエルが緊張した様子でノンナに確認する。

 そしてノンナはそんなノエルに首肯し、重たい空気の中、言葉を発した。


「我がゴード帝国は……魔王の手の者に落ちてるやもしれん……!」


 そう、勇者パーティーに告げたのだ。

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