第3話 ノノノ宮廷聖術士
突然変異体と思われるバトルホースのキングとその馬車を手に入れた勇者パーティーは、キングの引く馬車に乗って旅をしていた。
「うおおお早い早い!」
「いえーい!」
「これは……並の馬車よりも早いわね……!」
「これなら魔王討伐の旅も意外と早く終わるかもしれないね」
「ヒヒーン!!」
旅をする、というよりもそれはまるで急行軍だ。
確かに早く着いて魔王を討伐できれば、その分だけ早く世界を救えるのだからこれはこれでアリなのかもしれない。しかしノエルはそれでノルド達と一緒にいられる時間が減るという事で複雑な思いを抱いた。
「おっ……あれは、森かな?」
「あそこの森を抜ければラックマーク王国の領土から抜けるわ」
「つまりあそこから、正真正銘他国に行くという訳だね」
「他国かぁ……俺達結局他の街に行かなかったな〜」
本来なら次の食糧を補充するために他領主の街に行く予定だったが、キングを仲間に入れてからは食料の消費も少なくなり、寄り道する頻度が下がったのだ。
「急ぐべき旅でもあるし、ゆっくりする理由もないからね……当然と言えば当然かな」
しかしそれで内心モヤモヤするノエル。
密かにノルド達に勧める街の特産物などを思い出して、街に着いたらノルド達を案内しようと思っていた事は内緒だ。
「森に入ったぞ!」
「随分道が開いてるね!」
ノルドとサラの思う森とは村の周辺にあった道の整理もしていない森だ。だが今走っている道は明らかに人の手が入った馬車でも通れる広い道だった。
「他国へと続く大事な道だからね。ちゃんと整理されてるよ」
「……ん? なぁあれって……」
するとふと、ノルドが前方で何かを見つける。
その声に従って一同も目を細めて見ると、そこには巨人ともいうべき存在に追いかけられている二人組の存在がいた。
「あれは巨人族の騎士……?」
ヴィエラの言う通り全長三メートルから四メートルの巨人数人が騎士の鎧を着ていた。ノエルはそんな巨人族が着ている騎士鎧の表面に描かれている紋章を見て、目を見開く。
「あの騎士鎧の紋章……あれはゴード帝国の?」
「確かにゴード帝国に似ているわね……でもあの追いかけられている二人組の衣装を見て」
「あの衣装は……ゴード帝国で採用されている宮廷聖術士の衣装だよね?」
どちらもゴード帝国に所属している人物だという事が遠目で分かった。
しかし、だとするとどちらかが悪いのかは現時点で判断が付かず、どっちに助太刀すればいいのか判断に迷う。
そんな中、サラだけが確固とした声音でこう言った。
「……あの二人を助けよう」
「……それは、どうしてなの?」
「何となくだけど……あの大きい人達から何か嫌な感じが……」
根拠のない理由だ。
しかしそんな理由でも動く男がいた。
「よっしゃあ!! それじゃあキング、あの大きい奴らを倒すぞ!!」
「ヒヒン!!」
「ノ、ノルド!?」
ノルドの声にキングが更に速度を上げる。
下手すれば国際問題になる行為。だがそれでもノルドの目に迷いはなかった。
「だ、大丈夫なの!? もし間違ってたら――」
「もし間違ってたら一緒に謝ってやる! でもなぁ……外見や偏見だけでそんな判断を下すサラじゃねぇんだよ!!」
「……ありがとう、ノルド!」
この二人には確かな信頼関係があった。だからこそ、ノエルとヴィエラはこれから何が起きようとも二人に着いていこうと思えるのだ。
「ノエル! もうすぐ接敵するわよ!」
「……分かった! それじゃあ二人を助ける方針で……あれ? 減速してない、よね……?」
もうすぐ戦いに参加するというのに、馬車の速度は一向に下がらない。
これでは馬車から降りて戦う事も出来ない事実に、ヴィエラは急いでノルドに質問をした。
「ちょ、ノルド!? なんで減速しないの!?」
「別に減速なんて必要ないぜ姐御!」
『ええええええ!?』
しかし返ってきたのは予想だにしない返答だった。
「みんな!! 馬車の中でしっかり掴まれぇ!!」
ノルドの声にサラが一足先に馬車に固定されている取っ手を掴んだ。それはデスキャリッジレースで使用する、体が振り落とされないように相当な力で固定されているアシストグリップだ。
ノエルとヴィエラは一瞬ノルドの言葉に困惑するものの、サラに遅れる形でアシストグリップを掴んだ。
「キング今だ!!」
「ヒヒィン!!」
ノルドがそう叫んだその瞬間、かなりの速度で走っていたキングが急停止をする。
そして、まるでハンマー投げの要領でノルド達のいる馬車を、繋がれている自分ごと巨人に向かって投げたのだ。
『きゃああああああ!!!?』
ヴィエラとノエルの悲鳴が馬車の中で聞こえる。
そしてそのまま、放り投げられた馬車は途中にいる二人組の頭上を飛び越え、複数の巨人族へと激突した。
『ぐあああああ!!?』
巨人族の騎士達から悲鳴が響き渡る。
流石はデスキャリッジレース用の馬車だろうか。
放り投げられて、巨人族と激突しても馬車に目立ったダメージはなく、それどころかあまりにも頑丈過ぎる装甲のせいで巨人族を吹き飛ばしたのだ。
「ヒヒン!」
更にはキングの繊細な車体制御によって激突した馬車は無事に地面へと着地する。そして暫くすると、ノエルとヴィエラが青ざめた表情を浮かべながら、よろよろと馬車から出てきて近くにある木へと向かった。
『うっ……』
滅多に味わえない遠心力による負荷に酔ってしまったノエル達がその後どうなったのかは、彼女達の名誉に関わるためここで省く。
「大丈夫!? 助けに来たよ!」
一方平気だったサラは、突然馬車が飛んできて巨人族の追手を吹き飛ばした出来事に困惑している二人組に声を掛ける。
一人は背丈の低い子供、そしてもう一人はヴィエラと同じぐらいの年齢の女性だ。そんな二人の内、子供の方は体をフラフラさせており、顔色が悪かった。
「……ぬ」
『ぬ?』
「……ぬ、抜かった……あまりの光景に……マナ切れで我慢してた気力が……」
そう一言を呟き、地面に倒れてしまった。
◇
「う、うーん……?」
鼻孔をくすぐる料理の匂いに目が覚める。
マナ切れによる圧倒的な倦怠感に苛まれながらも、あまりの空腹に起き上がるしかない。
「お腹……減ったのう……」
長旅から帰ってきてすぐの逃亡劇。
当然休む時間も飯を食べる時間も取っておらず、更にはマナ切れの反動も酷い。早く料理でも食べてマナの回復をしなければと考えた彼女は、取り敢えずフラフラと匂いの方向へと歩く。
「あれは……肉?」
視界もぼやけて判断が付かないが、目の前にあるのは明らかな肉だ。
金色の色をした不思議な肉だが、空腹に耐えられる筈もなく、彼女は大きく口を上げてその肉の塊にかぶり付いた。
――その瞬間。
「ヒヒィイィイィイィイン!!??」
馬の鳴き声が辺り一面に響き渡った。
◇
「いやぁ〜すまんすまん! まさかバトルホースの尻を齧るとは思わなんだ!」
「キングの悲鳴を聞いて何事かと思ったぜ……」
そう呟くノルドの前にいるのは、焚き火近くでノエルの作った料理を頬張っている少女だ。しかし少女の耳は長く尖っていて、明らかにノルド達のような普人族ではない。
「えぇと……その耳は?」
「うん? なんじゃお主、ワシらのようなエルフを見た事ないのか?」
『えるふ?』
ノルドとサラが首を傾げる。
まるで既視感のある光景だ。
「エルフ族とはその身に宿るマナの扱いとマナラインに対する親和性が高い種族よ。大体の国に所属している宮廷聖術士がエルフ族と言ったらその凄さが分かるわよね?」
「きゅうてい」
「せいじゅつし?」
「なんじゃそれも知らんのかお主ら……」
そもそもマナやマナライン自体もノルドとサラは分からないのだ。
ノルドは当然として、サラは聖女としての訓練でマナの扱い方が分かっているだけで、それらに関する知識もないに等しい。
「まぁ助けて貰ったお返しじゃ。説明してやろうかのう……先ずはマナの説明をする前に大前提としてマナラインを説明しようか」
マナラインとは大雑把に言えば世界の下に流れる『力の川』。異なる世界に渡って無数に流れる川で、全ての生命は川に流れる力の一部を取り込んで生きているのだ。
そしてマナとは体の中にあるマナラインから取り込んだ力の一部であり、人々はこの体内のマナによって無意識の内に体調を整えているという。
「更にマナには正しい手順によって超常的な現象を呼び起こす事が出来るのじゃ」
そう言って、彼女が手の平をノルド達に見せる。そして何かを呟いたと思ったその瞬間、手の平の前で光が生まれた。
『おおおおお〜』
「これが聖術じゃ。他にも炎や風、中には家をも吹き飛ばす強力な聖術もある。それらの聖術を使いこなす者を聖術士と言い、更に高度な聖術を習得し、王に雇われた聖術士の事を宮廷聖術士と呼ぶんじゃ」
「その衣装を見るに貴女達も宮廷聖術士なんだよね?」
ノエルの確認にエルフの少女が料理片手に立ち上がって胸を張った。
「そうこのワシこそがゴード帝国に雇われた筆頭宮廷聖術士、その名もノンナ・ノーン・ノイナじゃ!」
「そして私もゴード帝国に所属する宮廷聖術士の一人、カマラ・クレラルドです」
さっきから黙っていた普人族のもう一人の女性もそう自己紹介をした。
そんなノンナを見て、サラは目を輝きだす。
「すごーい! 子供なのにそんな凄い人なんだ!」
その言葉にノンナがずっこけた。
「いやいや……こう見えてワシ、五十歳じゃぞ! お主達より年上じゃぞ!?」
『五十!?』
予想だにしない年齢にノルドとサラが驚愕によって目を見開く。五十と言われてもノンナの外見は完全に子供である。その事実にノルドとサラは頭を悩ませた。
「まぁマナラインとの親和性が高いエルフは私達より長生きするけど……」
「エルフの年齢で言う五十歳は、普人族に換算すると十歳だよね……」
『やっぱり子供だ!』
「子供じゃないわい!!」
地団駄を踏む光景も子供である。
「それで……ノノノノちゃんはどうして追い掛けられてたの?」
「ノが一個多いのう……それには訳があってだな」
「ノノ、なんだその訳というのは?」
「今度はノが一つ足りないな……って!! 何でさっきからワシの名をそう略すんじゃ!? 普通にノンナでええじゃろ!!」
ファースト、ミドル、ラストにノの字が入っているためそう略したくなるとは二人の談である。当然それで略された本人はたまった物じゃないが。
「ははは……」
そんな彼らの光景を見たノエルは、そう苦笑いを浮かべた。
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