第7話 「お前ら、よろしくな!」

「カラク村のノルド……確か貴女様の同郷でしたな」

「……はい」


 ラルクエルド教会の教皇室。

 そこにはラックマーク王国にあるラルクエルド教の教皇と聖女に選ばれたサラの二人が一つのテーブルを挟んでソファーに座っていた。


「まさか場外とはいえあの王国の盾、ヴィエラ・パッツェを負かすとは……」


 現在、ラルクエルド教会含め、ラックマーク王城でも今回の戦士選定トーナメントの話題で紛糾している事だろう。

 ラルクエルド教会も、ラックマーク王国の上層部も、魔王討伐に赴く勇者パーティーの戦士枠に相応しいのはヴィエラと思っており、事実として彼女の実力は戦士としても申し分なかった。

 しかし決まりによって戦士枠は戦士選定トーナメントで決めなければならず、実質内定を受けていたヴィエラでもその大会に参加せざるを得なかった。


 参加する戦士にも調査が及んでおり、あの大会で彼女以上の実力を持つ戦士はいないと分かっていた。誰もがヴィエラの優勝を疑っていなかったのだが……。


「いやはや……まさに奇跡ですな」

「……」


 勝ったのはヴィエラではなく無名のノルド。

 有識者の間でもノルドの実力はヴィエラより大きく劣り、実際あの試合内容でもノルドは一方的に攻撃を受けていた。

 対するヴィエラは一つもノルドから有効打を受けておらず、あらゆる観点から見てもノルドの敗北は確定的だった。


 それがまさかの敗北。


 有識者はヴィエラがノルドの気迫によって聖術を解除したのではないかと疑うものもいるが、いくら調べてもヴィエラが聖術の解除をした痕跡は見つからなかった。


「……結局、我らは彼を規定通りに勇者パーティーに同行させるしかありません。まぁ、ラルクエルド教会の経典からも彼の起こした奇跡劇は喜ばしいものですがね」

「経典……」

「そう……即ち『愛こそが汝らの未来を切り開く力である』」


 遥か昔、魔王は一時、女神ラルクエルドより強大な力を持った歴史があった。

 当時は未だに勇者パーティーなどもなく、魔王に対する脅威は女神ラルクエルドが対処していた時代だ。

 魔王の力によって劣勢に追いやられる女神ラルクエルド。

 そんな彼女を救い出したのは女神に対する人々の信仰心だった。


「その力で女神様は勇者という存在を作り、自分に向けられる信仰を勇者に共有させた。つまり我らが女神様に祈りを捧げれば捧げる程、祈りは勇者の力になり、勇者は強くなるのです」


 そしてそれは聖女という存在も同様だ。

 勇者と聖女は女神の加護があるからこそ魔王を倒せる存在になっている。それに対し、同行する仲間に加護はなく、旅の道中で亡くなる事もあるのだ。

 だからこそ、この勇者パーティーには実力のあるヴィエラに行って貰いたかったのだ。


「……確かノルド様は、サラ様に懸想しておられるようですね」

「……」


 ノルドの試合中に告白した言葉はあの会場にいる全ての人間に伝わっている。

 聖女サラに想いを寄せ、彼女と一緒にいるために大会を優勝して想いを貫いた男。それが国民がノルドに抱く印象である。


「彼の想いの強さにびっくりしたものです。それでボロボロになりながらもヴィエラ嬢を打ち負かした事実に驚きを禁じ得ません」


 ですが、と教皇は目を鋭くさせる。


「サラ様のお相手は、勇者であるノエル様です」

「……っ」

「これだけは忘れないでください。貴女様と勇者様は……結ばれる運命にあると」



 ◇



 教皇と話が終わったその翌日、ラックマーク王国による出発式が始まった。そこには世界各国の重鎮や大使がおり、国民全員が国王の言葉を賜る勇者と聖女の二人を見ていた。


 その出発式に、ノルドの姿はない。


 どうやら想定外の優勝によってノルドの装備は整っておらず、彼だけ出発式になっても別のところで準備をしているらしい。

 サラは少なくともノルドだけ正装で参加すればいいと考え、王国上層部の対応に内心憤慨していたのだが、彼らの言い分ではこの出発式が終わり次第直ぐに旅に出るとの事で、正装から旅用の装備に着替える時間がないとの事だった。


「……」

「……」


 出発式を終わらせた勇者ノエルと聖女サラは今、ラックマーク王国の外壁にいた。二人の間に会話もなく、無言で同行する仲間を待っている最中だった。

 そんな空気に耐えられなかったのか、サラはノエルに向かって口を開いた。


「ノルド……戦士になったね」

「……っ」


 サラの言葉にノエルは苦渋を噛み潰したかのような顔をした。


「ねぇノエル……前にみたいに話してよ……どうして黙ったままなの?」


 サラは未だに黙しているノエルに悲しみを抱いた。

 この王都に初めてやってきた時は普通に交流し、楽しんだ。

 それなのにサラが聖女と判明し、ノエルが勇者であると明かされてからずっと、ノエルはこのような調子だ。


「……僕は」


 ずっと悩んでいた様子のノエルは、サラの追求に耐えられなかったのか、咄嗟に言葉を紡ごうとする。しかし、そんな時に一人の男がやってきた。


「おーい! みんな〜!!」

「……ノルド!!」


 ノルドの登場にサラの顔を輝かせながら、ノルドの方へと駆け寄っていく。


「……あぁ、やっと隣に立てたぜサラ……」

「ノルド……大丈夫だった? 怪我は? 右手は?」

「あぁ! もう大丈夫だぜ! 俺ってば昔から回復力いいからな!」

「それで毎回怪我してサラから手当てして貰うのはどうにかならないものかのう」

「お爺ちゃん!」


 ノルドの後から入ってきたカラクにサラは目を見開く。

 カラクの後ろには今回ノルドの装備などの準備を担ったガランドと、何故かドリルダンバーズリーダーであるバッタの姿もあった。


「もしやお主、サラから手当てして貰うためにわざと怪我をしたんじゃあるまいな?」

「そ、そんなわけねぇよ!?」

「吃ってる時点で怪しいなお前」


 目を泳がせて吃りながら否定するノルドにバッタがツッコミを入れる。

 そんな彼らの様子にガランドは大声を上げて笑った。


「カッカッカ! これから魔王討伐が始まるのに緊張感がない奴らだのう!」

「――えぇ、全くその通りよ」

『!?』


 彼らの後ろから掛けられた声に、ノルド達は驚愕する。

 その声の方向に目を向けると、そこには決勝戦で敗退した筈のヴィエラが旅衣装を着込んでやって来たのだ。


「なっアンタは!?」

「久しぶりねノルド」

「ヴィ、ヴィエラさん!? どうしてここに……」


 それもその筈、ヴィエラは戦士選定トーナメントでノルドに敗北しており、勇者パーティーに同行しない事になっているのだ。

 だがそんなサラの言葉にヴィエラは気まずそうに顔を背けながら、答える。


「国王様の意向よ……私に勝ったとはいえ、試合内容はほぼノルドの劣勢だった……だから戦士選定トーナメントで決まる戦士枠はノルドで埋めて、追加で私も同行する事になったのよ」

「え、えぇ……それがアリなら俺の頑張りは一体……」

「戦士枠の追加は余程の実力がなければ承認されないの。だから結果的に貴方が私に勝って戦士枠を勝ち取れなければ戦士になれず、サラ様と同行する事も出来なかったわね」


 そう言って、ヴィエラはノルドに向けて微笑む。

 確かにノルドの実力はサラを例外として勇者パーティーのメンバーの中では弱い。しかし才能だけでトーナメントを勝ち上がり、気合と根性でヴィエラを打ち負かしたポテンシャルを認める他なく、今後は旅の間ノルドを鍛える方針になるという。


「それに、私自身貴方の頑張りは認めたいからね」

「あ、姐御……!」

「誰が姐御よ」


 ノルドの発言にヴィエラは顔を引き攣らせながらツッコミを入れる。

 そんなヴィエラに、現在進行形でアニキ呼ばわりされているバッタは共感を得られたのかヴィエラに対し深く頷いた。


「さて……そこで顔を俯いている勇者様。いつまでそこにいるのよ?」


 ヴィエラが遠くから見ているノエルに向けてそう言葉を放つ。

 ここまでノルド達が和気藹々と話している中、ノエルだけノルド達を遠巻きで見ており、一言も言葉を発さずにいたのだ。


「……よぉノエル」

「……っ」


 ノルドの言葉に、ノエルはビクッと肩を揺らす。

 どこか怖がらせてしまったのではないかとノルドは不安になり、おろおろとどうノエルに言葉を掛けていいか分からなくなる。


「何やってるのよ貴方達……」


 二人の様子にヴィエラは呆れたような表情を見せる。


「ったくこのままじゃあ旅の空気が悪く――」

「あいや待たれい!!」


 と、そこに見知らぬ男の声がその場に響き渡った。


「だ、誰だ!?」

「某は王国で開催された武闘大会の優勝者にして、勇者の称号を承ったゴエモソ! そこなノエル殿!! 真の勇者とは誰か某と決闘をするのでござる!!」


 その男の言葉にノルドとサラは思い出した。

 この王都に来る前に行商人から聞いた話に、武闘大会で優勝した者に勇者の称号が送られるという話があったのだ。


「え、と……それじゃああの人も勇者としての資格があるの?」

「いいえ……勇者とは勇者の血を引くこの国の王族か貴族から選ばれ、尚且つ勇者でしか引けない聖剣ラヴディアに認められた者の事を指すの。だからあの人はただ勇者という称号を得たただの一般人よ」


 これで戦士枠であるノルドに勝負を仕掛けたのなら、まだ戦士として参加出来るチャンスはあるが、よりにもよって唯一無二である勇者ノエルに勝負を仕掛けた時点で結果は決まった。


「あっ、そうだ。今後戦士枠を求めて勝負を挑まれるかもしれないから、その時は必ず受ける決まりがあるの。その勝負で負けたら入れ替えられるから気を付けてね」

「え!?」


 当然といえば当然だ。

 戦士枠を決めるトーナメントではあるが、そのトーナメントに参加しないもしくは出来ない達人もいるため、こうした戦士枠に関する決まり事があるのだという。

 そんな話をしていると、どうやらその男の提案を受け入れたノエルが武器を抜剣する所まで来ていた。


「ふっ……今こそ某の実力を見せるとk――」


 ズン……ッ!! と、ゴエモソが前に踏み出そうとしたその瞬間、轟音と共にゴエモソとノエルの間に巨大な裂け目が現れた。


「……はえ?」

「……君と僕の間に絶対的な差がある。君にはこれまで鍛錬して来た技はあるけど、僕には勇者として女神の加護があり、聖剣がある……それが無くても、騎士団長としての実力もあるから君には負けないよ」

「ひ、ひぇえええ!!!」


 ゴエモソがあまりの実力差に逃げ去り、ノエルは後ろで呆けているノルド達を見ながら、口を開いた。


「――それでも、魔王との戦いで生き残れる確率は低いんだ」


 ノエルの目は真っ直ぐとノルドに対して向けられていた。


「どうして……どうして参加したの……?」

「……ノエル」

「僕は、勇者に選ばれてからずっと鍛錬をして来た……僕の友人となってくれたノルドとサラを守るために、僕は覚悟を決めた……」


 なのにサラは聖女に選ばれ、ノルドは戦士の枠を勝ち取ってしまった。


「僕は、生まれて初めての友人である君達を失いたくない……!! 聖女になったサラは僕が命に代えても守り通すけど、ノルド……君にまでは守り切れない……!!」

「ノエル……」

「ノエルお前……」

「今からでも遅くはない! ノルド、君の方は僕から国王様に――」

「――断る」

「……え?」


 ノエルの嘆願にノルドは即答する。

 そんなノルドの言葉に、ノエルは口を開けて目を見開いた。


「ノエル……だからそれでずっと仏頂面だったんだな」

「……っ、ノルド! 僕は真面目に言っているんだよ!?」

「あぁ知ってる……でもさ、それってお前も同じじゃないか」

「それでも、君より生き残れる可能性が高いよ!」

「バーカ……大切な友人が危険に晒されて、動かない馬鹿がいるかよ」


 その言葉に、いつの間にか流れていた涙が止まる。


「その点で言えば、俺もノエルと同じだ……確かに俺はサラ至上主義だが、友人の危機を何とも思わない薄情な野郎でもねぇ」

「……! で、でも……君の力は……!!」

「あぁ確かに俺はこの中で誰よりも弱えよ……でもな? 俺は不可能を可能にする男だぜ? サラへの想いがあれば俺は無限の力を引き出せる……そして大切なダチのためならどこまでも駆けつける男だ!!」


 ヴィエラは、ノルドのその言葉に静かに微笑む。

 確かにサラへの想いだけで勝ち上がり、どんな力でも絶対に崩れないヴィエラの聖術を力だけで突破し、有言実行を果たしたノルド。

 そんな彼ならば、どこまでも駆け付けるという言葉に不思議と説得力があるのだ。


「だから俺を信じろノエル……お前が大切にしてる友人を、信じろ!」

「……うっ、うぅ……!」


 ノルドの言葉にノエルは止まっていた涙を流す。

 一緒にいて楽しいと思える友人に、初めて嬉しいという感情を貰った。

 その事実にノエルは涙を流しながら笑みを浮かべた。


「君は……大馬鹿だよ……!」

「あぁ、知ってるよ」


 そう言って、ノルドは勇者パーティーの面々を見渡す。


「行くぞ魔王討伐! お前ら、よろしくな!」


 ノルドの言葉におー! と応える勇者パーティー。


「爺ちゃん、今まで育ててくれてありがとう!」

「ここまで……大きくなるとはのう……!」

「ガランドさん、武器を用意してくれてありがとう!」

「カッカッカ! 何かあれば、ワシの弟子達に頼るといいぞ!」

「アニキィ! 俺、アニキから教わったコツで魔王を倒します!!」

「いつから俺の舎弟になった? ……だがまぁ、お前の恋愛馬鹿なら魔王を倒せるかもな!」


 一通りこれまで世話になった人達に別れの言葉を交わし合い、ノルド達は今度こそ旅に出る。

 その旅は魔王を倒すために? 人々を助けるために?


 ――いいや。


「恋を貫くために! だからサラ!! 俺と付き合ってください!!」


 その言葉にサラは。


「――ごめんね!」


 眩しいぐらいの笑顔を浮かべて、断ったのであった。














「……なぁカラクや」

「何じゃ?」

「あの時ノルドの装備を準備していた時に、神官共の話を聞いたんじゃが……サラという少女、先代聖女の生まれ変わりらしいぞ」

「っ!? ……そ、そうか……あの子が」


 ガランドの言葉を聞いたカラクは目を見開いて、遠くへと旅立った勇者パーティーを見つめる。だが暫く遠い目をして考えていたカラクは笑みを浮かべる。


「まぁ大丈夫じゃろ……あの子には今、ノルドがいるのだから」


 そう言って彼らの旅を女神に……いや、他ならぬ彼ら自身に祈りを捧げた。





第一章、完。

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