第5話 近衛騎士団長のヴィエラ

 バッタから思いを託され、ついに決勝までやって来たノルド。

 サラと共に魔王討伐に赴く最初の一歩が、今ノルド前にやって来たのだ。


「い、つつ……」


 控え室で先の戦いで怪我をした右手を抑えながら手当てをするノルドだが、使い慣れない左手による応急処置はかなり難航していた。


「利き手使えないのってかなり不便なんだな……」


 以前は怪我をすればサラが手当てをしてくれていた。

 手当て中のサラはいつも凛々しく、怪我の不安を吹き飛ばしてくれた。はっきり言って手当てをしてくれる度にサラに惚れ直しているノルドだ。


「へへ……よし、いっちょ頑張って行くぜ!」


 もうすぐ試合が開始される。

 その前にノルドは控え室から出て、先に入り口の方まで歩いて行った。すると見知った顔が三人、ノルドを待ち構えているのが見えた。


「ようやくここまで来たな、ノルド」

「爺ちゃん……」


 カラク村の村長にしてノルドとサラの親代わりであるカラクが、これから戦いに赴くノルドに対して勇気づけるように笑みを向けていた。


「はっ……最強の騎士相手に緊張してるかと思ったが、随分いい顔をしてるじゃねえか」

「ガランドさん……」


 初対面なのに武器含めて戦う準備をしてくれたガランドは、この大会を経て成長して行ったノルドに感慨深そうに呟いた。


「その顔だと覚悟を決めたようだな」

「バッタのアニキ……」

「いや何でアニキ?」


 初対面は悪かったが準決勝で男の覚悟を見せ、勝利のコツを教えながら思いを託してくれたドリルダンバーズのリーダー、バッタ。

 この三人が、決勝に赴くノルドを見送りに来たのだ。


「あぁ……俺、行ってくるよ! 戦士になってサラを守る!」

「その意気じゃノルド!」

「恋バカのお主を王国中に見せつけてやれよ」

「頑張れ……って言いたい所だが、その右手じゃあキツイだろ。手を出しな」


 首を傾げながらバッタの言う通りに右手をバッタに差し出す。するとバッタは彼の着ているファッションの意匠と同様のバンダナを渡して来た。


「これは?」

「これをお前のメイスごと右手に巻き付けろ。相手は利き腕無しじゃあ勝てねえ存在だ」

「いやでも……痛いよ?」

「はっ! 痛いのを承知でやるんだよ! 傷付けた俺が言うのも何だけどな、少しでも勝率を上げたいなら無理してでもやるんだ」


 バッタのその言葉に一理あるなと思ったノルドは、彼の言う通りに右手でメイスを掴んでその周囲を貰ったバンダナでキツく縛り上げる。右手に走る痛みに顔を顰めるものの、それでも一応利き手でメイスを持てるようになった。


「っ……ふぅ、ありがとうアニキ」

「だから何でアニキ? ……まぁこれで、お前の準備は終わりだ」


 そして丁度良いタイミングに受付がやって来た。


「ノルド選手、決勝戦が始まります」

「あぁ分かった……それじゃあ、行ってくる!」


 そう言って、ノルドは会場に続く入り口へと入っていった。



 ◇



『さぁ始まりました!! 今代の勇者パーティーに同行する戦士を決める、戦士選定トーナメントの決勝戦!! 誰もが思う人類最強の存在は一体誰なのか!! 女神に愛されし勇者や聖女とも違う、魔王討伐に向かう人類代表の存在は一体誰になるのか!! 今ここで!! 決めようじゃねぇかぁ!!』

『わああああああああああ!!!!』


 トーナメントの本当の目的と言っても差し支えない一番の目玉がそろそろ始まる事に全観客席から歓声が湧き上がる。

 試合会場にいるのは二人の男女。

 片や無傷の女。

 片や利き腕に負傷中の男。


 しかし、姿に差異があっても、その瞳に宿る覚悟は同等。

 そんな彼らが今、どちらが最強か決めるために戦おうとしている。


『さぁ先ずは東コーナー!! 迫り来る屈強な戦士をその大楯で蹴散らした、我が国最強の女騎士!! 国王様を守る近衛騎士団団長にして!! 今大会、最有力優勝候補!! ヴィイイイイエラアアアアア・パッツェエエエエエエ!!!』


 司会の紹介に観客が声を上げる。

 当然だ。騎士という花形職業の上、美しい女性という外見に人気がないわけがないのだ。


『そんな彼女と戦うのはぁ!! 西コーナー! 今大会の最年少参加者にして、並いる屈強な戦士をその年齢不相応な巨体で蹴散らしたダークホォォォス!! 準決勝で見せた根性は最強の存在に届くのかぁ!? カラク村のォ……ノルドォォォォォォォォ!!!!』


 その司会の紹介に、以外にもこの観客席のほぼ全員から応援の声が上がる。中には当然ノルドを信じているカラクやガランド、そしてバッタを含めたドリルダンバーズのメンバーもノルドを応援していた。


「へへ……」


 彼らの声援にノルドの顔が綻ぶ。

 そんなノルドに、ヴィエラが声を掛けて来た。


「貴方がノルド君ね? サラ様から聞いているわ。司会も言っていただろうけど、私の名前はヴィエラ。ヴィエラ・パッツェよ」

「カラク村のノルド……言っておくが、俺はアンタを倒して戦士になるから覚悟しとけよ!」

「戦士、ね……貴方の戦いを見ていたけど、才能で決勝まで行くなんて大したものね」

「俺にそんな自覚はないが、決勝まで行けたのは人に恵まれてたからだ! そして決勝まで突き進んでこれたのも、サラへの恋のお陰だ!!」


 その一言にヴィエラは目を丸くして笑みを浮かべる。


「そう……貴方、サラ様の事が好きなのね」


 そう言って微笑ましい顔でノルドを見るヴィエラ。

 そんな二人に、審判が開始の宣言を始めた。


「ルールはこれまで通り!! 両者、悔いのないよう全力で戦う事! それでは、戦士選定トーナメント決勝戦……始めぇ!!」


 その言葉と同時にノルドは武器を構える。


 その瞬間、気が付けば彼女はノルドの前にいた。


「っ!?」

「でもね……世の中はそんなに甘くないのよ!」


 盾の突き出しによるシールドバッシュ。

 それを無防備に受けてしまったノルドは呼吸ができなくなり、後方へと吹き飛んだ。


「あ……くっ……!!」


 それでも何とか歯を食いしばって、着地に成功する。叩きつけられた胸の箇所を中心に激痛が走り、それでも肺に息を送り込むよう深く呼吸をする。


「はぁ……っ、はぁ……っ!!」

「そう……才能や運、それに一時の感情で魔王討伐を成し遂げるほど、世の中は甘くない。ましてやその年齢のに戦わせるにはいかないの」

「子供……? あのなぁ……こう見えて俺は成人――」

「子供よ」


 遮って断定したヴィエラに顔を顰めるノルド。

 それでも彼女は構わずに、ノルドに向けて言葉を発する。


「私だって魔王討伐がどれほど過酷なのか知らない。でも騎士になって過酷な任務をこなしてきた私でも、魔王討伐の旅がそれ以上に過酷だと断言出来るわ」


 一時は魔王の漏れ出す瘴気によって世界中の生命が絶滅寸前まで行った時代。

 歴代最強と言われた勇者でも最終的に魔王と相討ちとなった時代。


「そのような状況がこの時代で起きないとは言い切れない……貴方は、この決勝戦で勝つという事が一体どんな意味を持ってるのか理解出来ているの?」


 そう、娯楽のように開催されるこの大会だが、本当は人類の未来を誰に託すのかを決める大会なのだ。そんな大会でノルドだけがサラへの恋という気持ちだけで勝ち進んできた。それは最強だと証明したい人と同類の気持ちであり、真剣に魔王討伐を目指す人とは違う場違いな感情だ。それが、ノルドの抱く思いなのだ。


 しかし。


「……だったら、だったらサラはどうなんだよ!」


 サラもまた、ノルドと同じヴィエラの言う子供なのだ。

 戦いもした事がない。村だって出たばかりの世間知らず。

 そんな彼女が旅に出るのを黙って容認するのかと、ノルドは叫ぶ。


「いいえ、サラ様は違うわ」


 そんなノルドの叫びに、ヴィエラははっきりと否定した。


「……何だって?」

とサラ様は同じじゃない……聖女であるサラ様には勇者と同様、瘴気に対して自力で身を守れる女神の加護があるの……つまりは女神に選ばれた、魔王を倒すためだけの存在なのよ」


 だから聖女に選ばれたサラに、魔王討伐における拒否権などなかった。

 その代わりに、魔王討伐の間は全面的に国と教会からのサポートを受けられ、魔王討伐を成し遂げた際には一生分の優雅な暮らしに、更には勇者と結婚する事が出来るのだ。


 あぁ、しかし。

 それはなんていう勝手なんだろうか。


「……ふざけるなよ……そんな報酬を提示されても、魔王討伐の旅は危険だってアンタは言ったよな? 道中何かの拍子で死ぬかもしれない、戦っている最中に殺されるかもしれないんだぞ!?」


 だがそんなノルドの言葉に、彼女は剣を構えて宣言する。


「えぇそうかも知れない……でもそんな事は私がさせない。私は王国、いえ世界一の盾ヴィエラ・パッツェ。私がいる限り彼女に死を届かせはしない! だからこそ、勇者パーティーの戦士には私が行かなくてはならないのよ!」


 だからこそ、全力でノルドを倒す。

 ノルドのような世間知らずの素人を戦士にさせる訳にはいかない。一時の感情で動いて結果的に全滅したら、人類の未来どころかサラの幸せまでもが奪われるのだ。


「スゥ……ふぅ……」


 盾を前面に構え、足を開き、腰を深く落とす。

 その瞬間、ヴィエラの体から膨大な威圧感が放たれた。


「こ、これは……」

「『聖術・不動王の構え』……自身のマナを根元世界に流れているマナラインに繋ぎ、大地と一体になって防御力を高める術よ。この術を発動した私は、例え投石機の雨に晒されても決して動かず、決して崩れない盾となる」


 今この瞬間。

 全てを背負い、全てを守る盾となった彼女が、ノルドの前に立ちはだかったのであった。

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