第4話 自らの思いのために
ノルドの準決勝の相手は、王都来訪初日に子供に絡んでいたチンピラのリーダーだった。だがサラの事でそれどころじゃないノルドは彼の事を忘れており、そんなノルドにバッタは名乗りをあげた。
「覚えておけよ? 俺の名前はドリルダンバーズリーダーのバッタだ!」
「……バッタ」
「おう!」
「……失礼だけど変な名前だな」
「失礼だと思うなら口に出すなよ」
バッタ。体が細長く、飛んで跳ねる緑色の虫の一種。
バッタと聞いてノルドはそれしかイメージ出来なかった。だがバッタはこの名前に拘りがあるらしく、胸を張って説明をし出す。
「群れと共に飛び、全てを食い尽くす……俺らに相応しい名前だと思わないか?」
「あれ、でもバッタって共食いするんじゃ」
「え?」
「え?」
どうやら禁忌の知識を授けてしまったようだ。
『それでは準決勝、カラク村のノルド対ドリルダンバーズのバッタ、始めぇ!!』
試合開始の宣言と共に湧き上がる観客の歓声。
しかしノルドとバッタの両者は一歩も動かない。
「……」
「……」
『おおっと両者動かない! これは達人同士で行われるイメージの中での戦いかぁ!?』
恐らく先程の知識披露で気まずい空気になっているだけだと思われる。
そして暫く間が空くと。
「……へっ、まさか俺の相手が数日前のハリボテだとはなぁ!」
「あの時の俺だと思うなよ? 俺はこの日のために準備して来たんだ!」
まさかの両者、仕切り直しを決め込んだ。
「うぉおおお!!」
「くっ!」
先手はバッタだ。
彼の獲物は短剣をそれぞれ両手に持った双剣使い。手数で相手を翻弄し、相手が疲労した瞬間の隙を縫って切り刻む攻撃的な戦い方だ。
『先の試合で盾を失ったノルド選手! バッタ選手の連撃にメイスで応戦するも苦しい表情を見せるーっ!! 果たしてノルド選手はバッタ選手の連撃にどこまで耐えられるのかぁ!!』
「ほれほれほれほれ!! 防御してばっかりだと後手に回るぜぇ!?」
「くそったれが!!」
「はっ、そんな大振り当たるわけがねぇ!」
確かにノルドのメイスは常識外れな威力を誇る。
だがそれは当たらなければ問題ないのだ。手数で攻めるバッタにとって機動力はまさに命そのもので、機動力で勝るバッタに対してノルドは苦戦を強いられていた。
「しっかしそれでも準決勝に上がるとは中々やるなぁ!」
「惚れた女のためだ!! だから俺はここで負ける訳にはいかない!」
メイスを横なぎして、バッタを強制的に距離を取らせる。
生憎と動き過ぎで疲労した事はなく、サラの事を思えばノルドは無限のスタミナを発揮出来る……気がしているのだ。
「惚れた女ぁ? ……なるほど、あの聖女どっかで見た事があると思ったら……あの時お前と一緒にいた女か」
「世界一可愛くて素敵で優しくて笑顔が素晴らしくて性格も良い、嫌な奴相手でも忽然と立ち向かう勇気があって、誰に対しても笑顔を向けて、誰とでも友達になれる心が綺麗で海よりも広い、慈愛の心を持った最高の人なんだよ!!」
「いやそこまで聞いてねぇよ!!」
怒涛に紡がれる惚気にバッタが青筋を浮かべてツッコミをいれた。
「……まぁ大体理解したぜ。だからこの大会で戦士枠を目指してんだな」
「あぁそうだ! 俺は戦士になってサラを守る! あとノエルも!」
「ノエルの野郎がおまけになってんだけど」
サラへの愛が深くて先に断定的に言ってしまっただけである。一応ノエルもまたノルドにとって大切な友人である事をフォローしておこう。
「だがなぁ……殊勝な考えだが、例え俺らのどっちかが勝っても戦士になれねぇぜ?」
「……ど、どういう事だ?」
「それは、なぁ!!」
「くっ!?」
いきなり双剣を繰り出すバッタに不意を突かれたノルドは後手に回り、バッタによって体に小さい切り傷が増えて行く。
「この大会には王国最強の近衛騎士団、その団長が参加してんだよ」
「だ、団長っ? ノエルの事か!?」
「いーや、ノエルは王国の所有する治安維持用の騎士団だ。こっちの近衛騎士団ってのは王様の近辺を守る精鋭部隊なんだ、よ!」
「くっ!? な、何言ってんのかは分かんねぇけどつまり別の騎士団の団長って事だな!?」
「ケケッ上手い具合に噛み砕いたじゃねぇか! そうだ! ノエルがこの国最強の矛だったとしたら、その近衛騎士団団長って奴はこの国最強の盾なんだよ!」
そしてその団長と渡り合える戦士はこの大会、いやこの国にはいない。
だから準決勝を勝ち上がっても戦士になれないとバッタは言う。決勝では必ずその団長とぶつかり、あまりの戦力差から勝つ事が出来ないからだ。
「この大会は端っから戦士を決める大会なんかじゃねぇんだ……そいつの実力を見せつけるためにある、形だけの大会なんだよ!!」
「ぐああ!?」
『決まったぁ!! バッタ選手の双剣がノルド選手の手元に入るぅ! ノルド選手、激痛のあまり手から武器が離れてしまうーっ!!』
「く、そ……!」
右手が傷によって上手く動かせない。
だが咄嗟に残った左で地に落ちようとしていたメイスを掴み、バッタに突きを放った。
「ぐっ!?」
バッタはこの突きを両手の双剣を交差させて防御するも、あまりの威力に後方へと吹き飛ばされる。バッタは防御に使った双剣を見てみると、ヒビが生まれていた。
「……へっ、とんだ野郎だな。やっぱ見かけ通りの才能を持ってんじゃねぇか……だが惜しいな。もしもっと前から訓練してたら、今頃団長に勝てたかもしれねぇのによ」
「……ねぇよ」
「あん?」
「関係ねぇよ……」
痛む右手をなるべく意識せず、ノルドは真っ直ぐとバッタの方へと見遣る。
「例え相手が団長であろうと、この国最強の騎士だろうと関係ねぇ……俺はこの胸にある恋を貫くために、前に突き進むだけだ」
恋敵が勇者の時点で今更な話だ。
だからこそノルドは決勝戦の相手が最強であろうとも怖気付く事は無かった。
「……はは、面白いなお前」
バッタがノルドに向かって駆け出す。
ノルドはバッタの攻撃を左手にあるメイスで防御する。
「恋や愛だけで勝てると思ってんのか!?」
「当然! サラへの恋! サラへの愛! これがあれば俺は無限大の力を出せるぜ!!」
「ぬお!? こ、こいつマジで動きが早くなってやがる!? 俺の動きを見切り始めたか!?」
先程まで防戦一方だったノルドが徐々に攻撃に手を回し始めたのだ。
「アンタはどうなんだ! どうしてこの大会に参加した!?」
「おいおい今度は俺の告白かぁ!? まぁ良いぜ丁度テンションが上がってきたところだぁ!」
ノルドのメイスとバッタの双剣が交差する。
鍔迫り合いとなった両者は顔を合わせ、笑みを浮かべる。
「東に生まれた俺達の祖先がなぁ! この国にやって来たのが始まりよぉ!」
こうして語れるバッタの過去。
なんて事ない、ただ余所者だった彼らが自らの居場所を作るためにドリルダンバーズというグループを作り、舐められないようツッパっていただけ。
バッタは舎弟を食わせるために冒険者として魔獣を狩って生活をして来た。だがアウトローな自分達に色眼鏡で見る人が多く、窮屈な思いをして来たという。
「あの日俺達はどこか焦ってたのかもしれねぇ! 普通なら笑って許せる筈のガキ相手に苛立って詰め寄ってしまった! それを正してくれたてめぇの聖女に感謝してるぐらいだ!!」
「あぁ大いに感謝しやがれ!」
「てめぇは関係ないがな! そんで俺は思ったわけよ! 俺達はこれで良いのかってな!!」
ずっと道を踏み外したまま、ツッパって生きて行くのか。
居場所を作るために生まれたグループも、本当はただ外の世界に行く勇気がない故の引き篭りの場所だったのかもしれない。
だからバッタは決めたのだ。勇者パーティーの戦士として魔王を倒す事で誇れる自分になれるのではないかと。仲間に別の道を示せるのではないかと。
「だがまぁ騎士団長が参加していると分かってたなら参加しなかったがな!!」
これがバッタの過去。
これがバッタの覚悟。
この男の告白を聞いたノルドは。
「なんだ、お前も愛を持ってるじゃねぇか」
「何……?」
「お前を慕う仲間からの愛。アイツらに道を示そうとするお前の愛……それがあるからお前はここまで上がって来た! それがあるから騎士団長が参加していると知ってもお前は全力で戦ってきた! そんなお前が団長一人に諦めるとか思えねぇよなぁ!!」
その言葉を聞いて、バッタは自覚した。
確かに最初から諦めていたのなら、最初の試合で棄権すれば良かった。だがそうしなかったのは、己の胸にもノルドの言う愛があったからではないかと気付いたのだ。
「……は、はは! 確かにそうだなぁ!!」
「うお!?」
「強いからって、最強だからって諦める必要は無かった! 胸にある覚悟で突き進んできたんだ、今更団長相手に怖がる必要もねぇ!」
バッタの剣速が上がって行く。
ノルドはその速さに徐々に追い詰められて行く。
「……あぁ、だけどそれは……お前に託すわ」
「!? お、お前何言って――」
バッタが急に攻撃を止め、後方へと距離を取った。
追撃を警戒するもバッタは動かないままだ。先程までの戦いをどうして止めたのか、どうして先程のような言葉を放ったのか。
それらの行動にノルドは非難する目を向けるが、同時に悟った。
「バッタ……お前……」
「はぁ……はぁ……」
バッタの体は動き過ぎによって既にスタミナが切れていたのだ。
双剣を握る握力がもう既になく、今にも武器を取り落としそうになっている。
「団長に一泡吹かせる権利をてめぇにやるよ……」
「バッタ……」
「だけどなぁ……! その前に俺から勝利のコツを学んで行けよ……!!」
その言葉と共にバッタは最後の力を振り絞り、双剣を構える。
ノルドもまた、覚悟を決めてメイスを構えた。
「一つ目だ……! 相手のペースに呑まれるな、自分を信じて突き進め!!」
バッタの気迫に下がろうとするノルドだが、バッタの言葉に一歩前に突き進んだ。激突するノルドとバッタの武器。
だがその瞬間、バッタの双剣が両方とも真っ二つに折れてしまう。その光景を見て、ノルドは一瞬勝利の確信をした。
――だが。
「油断するんじゃねぇ!!」
「!?」
「二つ目だ!! 例え武器を失っても決して諦めんじゃねぇ!!」
武器を失ったバッタがノルドの腰にしがみ付く。
覚悟を決めた男の力は凄まじく、ノルドの体が場外へと近付いて行く。
「最後はなぁ……!! 結局物を言うのは己の肉体だけだぜ……!!」
このままでは場外負けをする。
そう思ったノルドは押してくるバッタの肩を掴んで、押し返した。
『う、おおおおおお!!!』
ノルドとバッタの押し合い。
一進一退する押し合いだが、その時間は長く続かない。
「……これらのコツと、てめぇの肉体さえあれば誰にも負けねぇ筈だ」
「……!」
そしてふと、バッタからそのように言葉を掛けられた。
その瞬間、さっきまで押し合い拮抗していた力が弱まり、バッタの動きが止まった。それに合わせてノルドは力を入れるのを止め、その場に立つ。
観客も審判もノルドの腰にしがみ付いたまま動かないバッタに疑問を抱く。
「……」
ノルドは気付いた。
この男は全力全開、最後まで力を振り絞ったのだと。
全ての思い、全ての覚悟をノルドに託したのだと。
そして。
『ば、バッタ選手の気絶を確認! 決勝に進出したのは――』
――カラク村のノルド。
彼の目的が、ゴールの手前まで進んだ。
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