第3話 一歩前に進むために

 戦士選定トーナメントに参加するためには、武器を最低でも一つ用意しなければならないという条件がある。

 そのためにドワーフのガランドからメイスを貰い、そしてサービスとして各種防具と左手に装備出来るラウンドシールドを貰った。


「いいかノルド、お主は戦闘の素人じゃひよっこじゃ。普通ならボッコボコにされる」

「おう!」

「自信満々に言うんじゃねぇよ……」


 カラクの指摘にノルドは胸を張って答える。

 当然その場で聞いていたガランドは呆れてツッコミを入れた。


「だからお主は最初、徹底的に相手を見るのじゃ」

「見るって……どこを?」

「相手の装備やその間合い。足運びや目線、重心の動き。それで相手が攻撃をしたら咄嗟にその盾で防ぐ。そして相手の攻撃が止まって息継ぎして休憩していたら攻撃。隙を逃さず、勝機を見据えて頑張れ……それがお主のやるべき事じゃ」

「お、おう……」


 一緒に過ごして初めて見せる真剣な顔のカラクにノルドは息を呑む。そしてニカッと笑みを浮かべたカラクはノルドの背中を叩いた。


「さぁお主の出番はまだまだじゃ。先に戦っとる戦士達を見て、其奴らから動きを学んでこい」

「わ、分かった!」


 タッタッタと自分の控え室に向かうノルドの後ろ姿を見て、ガランドはカラクに話しかけた。


「そんな助言で大丈夫か?」

「あぁ大丈夫じゃ、問題ないわい」


 カラクは長年ノルドの成長を見守って来た。

 だからこそ、カラクはノルドなら行けると確信していた。


「はっ、貴様が言うならそうだろうよ……さんよ」

「おいおい、それは言わん約束だろうに」


 カラクの言葉にガランドは「知らねーよ」と答えて観客席に向かった。

 相変わらずの態度にカラクはため息を吐き、ガランドの後を追った。



 ◇



「相手を見る……相手を見る……」


 控え室から見える戦いの様子を齧り付くように見る。

 重い攻撃は避け、軽い攻撃は防ぎ、隙を見て攻撃をする。

 戦闘の素人だからこそ、熱心に見る。例えそれが付け焼き刃の技術だろうと、自分の物にするために集中して観察する。


『――決まったァアアアアアアア!! 勝者、双剣使いのバッタ!』

「最後の決めては双剣の手数に疲労した相手の隙を突いた瞬撃か……」


 親愛なる育ての親から言われた通り、息を継いで休んだ瞬間が最大の攻撃。その様子を実際に見て理解したノルドが自分の体に刻むようにイメージをする。


「想像……想像……想像ぉ!!」

「……しゅ……ルド選手……ノルド選手!!!」

「ハィイイイ!!?」

「もう貴方の出番ですよ!」

「え? あ、はい!」


 案内人から呼び出され、ノルドは急いで後を追う。

 そして先程選手入場の時に潜った扉の前に辿り着き、案内人がそこで止まった。


「それでは、御武運を」

「は、はい……!」


 緊張で体が震える。

 心臓がまるでセミの羽のように早鐘する。

 手足の感覚がなくなり、呼吸が狭まっていく。


「はぁ……はぁ……!」


 扉にそっと手を置き、力を入れる。

 しかし緊張のせいからかつい力を入れてしまい、扉が勢いよく開かれてしまった。


「あっやべ……」


 勢いよく開かれた扉の音に観客はびっくりして会場が静寂に包まれる。ジッとその音を鳴らした選手を見つめる観客に正直やってしまった気がしなくもないが、後には引けない。


「ええいままよ……!」


 堂々と胸を張り、目に力を入れて真っ直ぐ前を見据える。

 これぞ、ガランド直伝チンピラ撃退術だ。


『お、おおっとぉ!! 盛大な音を鳴らして入って来たのは!! 今大会最年少にして最大の巨体と肉体美を誇るカラク村のノルド選手だぁあああああ!!』

『うおおおおおお!!』

『頑張れえぇええええ!!』


 司会の進行に観客席が湧き上がる。

 それに比例するかのようにノルドへのプレッシャーが増大していく。


(ひええええ……!!)


 流石今まで戦闘をした事がない男ノルド。

 修羅場も経験した事のない彼にとってこの状況は未知の領域だ。


『何という巨体! 何という気迫! 彼こそが今大会のダークホースになるというのかぁ!!』

『ノルド! ノルド! ノルド!』


 考えてはいけない。

 気にしてはいけない。

 自分は一体何のためにこの舞台に上がって来た?

 自分は何のためにここに立っている?


 ――そう、サラのためだ。


「……っ、う、うおおおおおおお!!!」

『わあああああ!!!』


 自分を鼓舞するように雄叫びをする。

 それに伴い、観客が一気に湧き上がる。

 不安や緊張までもが雄叫びによって飛び去ってしまったのかは分からないが、不思議と今は心が高揚し、力が増していく気分だ。


「……へっ、派手なパフォーマンスをするじゃねえか」


 対戦相手が会場に上がって来たノルドを見て、そう呟く。

 見たところノルドの対戦相手の扱う獲物はブロードソード。斬ると突くがバランスよく両立した王道の武器だ。


「……」


 ノルドは静かに自身の懐からメイスを取り出した。


「……なんだよそのでけぇメイス」


 何か萎縮したような雰囲気を出す対戦相手だが、ノルドは気が付かなかった。

 二人は互いに離れた位置に移動し、審判が二人の間に立つ。


「ルールを説明します。場外、降参、気絶、審判による敗北判定は全て敗北と見做します! また相手を殺めた場合も即失格となりますのでご注意を!」

「ヘッヘッヘ……」

「……ふぅ」

「それでは……始め!!」


 審判の開始合図と共に剣使いが突進してくる。

 恐らくノルドの体格を見て持久戦はマズいと思ったのだろう。


 対するノルドは――。


(え、えっとえっと……何だっけ!!)


 どうやら審判の合図と相手の突進によって今まで考えていた事がパーになったようだ。その隙に剣使いは上段から剣を振り下ろすつもりだ。


(ふ、振り下ろす場合は重攻撃!? 軽攻撃!? えっとえと……!!)


 取り敢えず避けると決めたノルドは、急いで横に回避する。

 ノルドにして見れば必死の回避なのかもしれないが、観客や剣使いにとってあの巨体からこんなに俊敏に回避するノルドに目を見開いた。


「くっ! この野郎!!」

(次は突きだ! 突きの場合は……軽攻撃か? 軽だったら多分防御だっけ!?)


 左手に装備しているラウンドシールドを相手の突きに合わせて前に出す。そして相手の剣と自身の盾が音を立てて激突し、ノルドは相手の突きを防御した。


「なっ……!?」


 だがこれで終わりではなかった。

 突き出した盾の勢いは止まらず、剣を弾く。更にはノルドの巨体による突進を組み合わせているため、このまま盾は相手の体を打ち据えた。


「なん……この力は……っ!?」


 あまりの力に踏ん張りが効かない。

 そして次の瞬間、剣使いの体は吹き飛んで場外へと落ちていった。


『……』

「……あれ?」


 目を瞑っていたためか、自分が何をしたか全く分かっていないノルド。まさか自分が偶然によってシールドバッシュを放っていたとは気付く筈もなく、審判の声が響き渡る。


「しょ、勝者!! カラク村のノルド選手!!」

『わ、わあああああ!!』

『まさかの一撃ぃ!! ノルド選手、相手選手の攻撃を避けて一瞬の隙に相手を場外へと吹き飛ばしたぁあああ!! 何という力、何というパワー! 間違いねぇ、ノルド選手こそが今大会のダークホースだぁ!!!』

「……え?」



 ◇



 ノルドの第二試合。

 相手は大槌を操る巨体の男。

 そこでノルドは先手必勝と言わんばかりに先に攻撃を仕掛けた。


「うおおおおおお!!!」


 ノルドの攻撃は残念ながら回避される。

 だがその次の瞬間、ノルドのメイスは会場の土に激突し轟音を響かせて会場の土を真っ二つに割ったのだ。


「……降参します」


 あまりの衝撃に相手選手は恐れを抱き、降参を申し出た。



 ◇



 ノルドの第三試合。

 相手はバトルガントレットを身に付けた武闘家。

 彼は先程の戦いを見ていたからか、第一試合目と同じく先に攻撃を仕掛けて来た。


「くっ……!!」

「アタタタタタタタタタ!!!!」


 ノルドに攻撃させてはいけないと思った武闘家はノルドに連撃を放ち、ノルドはこれを左のラウンドシールドを使って防御する。

 流石のラウンドシールドも武闘家の攻撃に次々と消耗していく。そして渾身の力を込めた一撃によってとうとうノルドのラウンドシールドが砕け散った。


「これで終わりだぁ!」

「くそ……!!」


 盾のないノルドに武闘家は追撃を行った。

 顔を顰めたノルドは身を守るために咄嗟にメイスを相手の拳に合わせてしまう。それによってガランド特製メイスと怪力なノルドによって放たれたそれは、防御とは掛け離れた攻撃という威力を伴って、相手の拳をバトルガントレットごと粉砕したのだ。


「ぐあああああ!!」

「しょ、勝者! カラク村のノルド!!」



 ◇



 そうやってまさかの進撃を続けていくノルド。

 ノルドの心の中はまさか行けるのでは? という思いに溢れ、自信が高まっていく。


 そしていくつかの試合を経て、準決勝。

 ノルドの前に現れたのは、予想だにしない人物だった。


「よぉ……前のハリボテじゃねぇか」

「え……誰?」

「ドリルダンバーズのリーダーのバッタだよこの野郎!!」


 あの時のチンピラが、そこにいた。

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