第2話 世界情勢を知る聖女

「聖女様、謁見のお時間でございます」

「……はい」


 メイドが聖女に与えられた部屋にいるサラにそう言った。

 手に聖杖を持ち、サラはメイドの後を着いて行った。


「……ノルド」


 呟くのは物心ついた時からの幼馴染の名前。

 この数日間サラは聖女としての特訓によって忙しい毎日を送っており、心細くなった彼女は見事にホームシックに罹っていた。


「それでは聖女様こちら謁見の間でございます。くれぐれも粗相のないようお願い致します」

「……はい」


 謁見の間に入るとそこには勇者だったノエルと玉座に座る王様、後は役職を教えられても覚えていなかったため、取り敢えず偉い貴族の人達が謁見の間にいた。


「おお! 聖女サラ・ラルクエルドよ! よくぞ参られた!」

「……はい」


 最早疲れて「……はい」としか言えない。

 どんなに説明しても、どんなに帰りたいと願ってもラルクエルド教の神官達は聞き入れてくれないし、目の前の王様もそうだ。

 更には聖女として保護責任者が教会預かりとなったので勝手に苗字を与えられ、サラはラルクエルドの名前を背負う事となった。最早アイデンティティ崩壊の危機だ。


「本日は戦士選定トーナメントを行う予定だ。だから二人にはそのトーナメントを見届けて貰いたいのだ」

「かしこまりました」

「……はい」


 跪いて了承したノエルに倣い、サラも了承する。

 あれ以来ノエルとは必要最低限の会話しか交わしていない。ノエルが勇者だった事や魔王についての事も、ノエル本人から何も説明を受けていない。味方のいない中、ノエルだけがサラの味方である筈なのにだ。


「ではその前に、其方らには共に魔王討伐の命を受ける戦士を紹介しよう」

「……?」


 王様の奇妙な言葉にサラは首を傾げる。

 戦士は今日開催される戦士選定トーナメントで決めるのではないかという疑問が彼女の脳内を埋め尽くす。そんなサラの様子に気付いた王様は失念したかのように慌てて説明を始めた。


「おぉ忘れておった。実はもう戦士は既に決まっておるのだ。だが対外的にトーナメントを行わなければならず、それを無視するわけにいかない。故に形式的にではあるがトーナメントを開催したのだ」


 つまりは今回開催されるトーナメントは出来レースという訳だ。


「では紹介しよう。我が国最強の守護騎士にしてパッツェ伯爵の長女、ヴィエラ・パッツェだ」

「王国近衛騎士団団長ヴィエラ・パッツェ、ここに参上致しました」


 彼女に対して抱いた印象は真面目そうな美人お姉さん。しかし彼女はサラに対して笑みを浮かべて、そしていつも通りの真面目そうな表情を王様に向けた事で、優しい気さくなお姉さんという印象に変わった。


「うむ、戦士枠はそなたで決まっておるが、勇者パーティーの決まりによってそなたにはトーナメントに出場して貰うぞ」

「はっ! 必ずや期待に応えます!」

「では本日の謁見は以上とする! またトーナメントで会おうぞ!」



 ◇



「貴女が聖女のサラ・ラルクエルド様ね」

「え、えぇとカラク村、じゃない……聖女に選ばれたサラ・ラルクエルドです。よろしくお願いしますヴィエラさん」

「えぇよろしくね。いきなり聖女に選ばれて困惑しているだろうけど、何か困った事があったら言ってね? 私に出来る事なら助けてあげるわ」


 慈愛心溢れる微笑みを浮かべたヴィエラに、サラはやっぱりというような顔を浮かべた。


(やっぱりこの人いい人だ……)


 そんなサラに、ヴィエラは確認するように質問をした。


「取り敢えず、自分の使命についてどこまで知っているの?」

「使命ですか……? えぇと聖女として魔王討伐に赴く事しか」

「なるほどね。それじゃあ今の世界情勢に関しては?」

「世界情勢……?」

「今世界がどうなっているか、という事よ」


 そう言われてもサラは初めて村から外に出たばかりだ。

 頼みの綱のノエルもあまり話しかけてこないし、周囲の者は知識ではなく力の使い方ばかりを教えてくるため、サラには世界情勢について何も知らないのだ。


「その様子だと知らないようね……やっぱり」

「やっぱり?」

「部下に貴女の様子を見守るよう言ったんだけど、部下からは貴女が毎日聖女としての特訓をしていると報告が来てるの。王族でも貴族でもないただの村民が世界情勢について知れる訳でもないし、きっと何も知らないまま魔王討伐メンバーになっていると思ったのよ」


 そして案の定サラは何も知らないまま、今日に至るという訳だ。


「あ、あの……魔王って、復活したんですか……?」

「えぇ復活した……という報告が来ているわ」

「報告?」

「ここラックマーク王国は東の最果てにある魔王城より最も遠い国なの。だから魔王の放つ瘴気の影響は現時点ではないけど、当然東に近い場所ほど影響を受けやすいわ。だから東に住んでいる国々は勇者パーティーを輩出するこの国に応援を要請しているのよ」


 そして悪戯に人々を混乱させたくなかった王族と貴族は、これらの情報を聖女が見つかるまで人々に公開しなかったのだ。


「聖女は聖杖ラヴリドに認められないとなれないの。認められた者以外には目に見えず、触れる事もできない女神の造物なんだけど……そんな聖杖に選ばれたのが――」

「――私、という事ですね」


 それで誰もが聖杖を持てるサラを聖女と認める理由である。

 まさか村でも聖女と呼ばれていたが、本当の聖女になるとは思わなかったサラである。


「そして勇者選定は勇者の血を継ぐ王族や貴族から選ばれ、聖剣ラヴディアを抜けた者がなれるの。そして今代の勇者は……ちょうど来たわね」

「……!」


 ヴィエラが視線を向けた先には今代の勇者にしてサラとノルドの友人。


「アークラヴィンス公爵の長男にして聖剣に選ばれた勇者が彼、ノエル・アークラヴィンスよ」

「ノエル……」

「っ……」


 サラの呼び掛けにしかし、ノエルはサラの表情を見ると気不味げに顔を逸らし、小さく会釈した後に歩いて去ってしまった。


「あらどうしたのかしら……普段は社交性のある人だったんだけど……それに貴女を知っているような様子だったわね……知り合いなの?」

「……何も知らない私達を案内してくれた……友人なんです」

「……そう」


 サラの説明にヴィエラは深く問わなかった。

 何の因果か知り合った友人と婚約関係になったサラに、流石のヴィエラでも助けてやれる事が出来ないからだ。


 そして二人は王城にある待合馬車に乗り込み、開催される会場の場所へと赴いた。


「それじゃあ私は選手組に行くから、貴女はあそこの道ね」

「はいありがとうございますヴィエラさん」

「……うん、出来れば旅の間に敬語を使わない関係になりたいわ」

「……っ、ヴィエラ、さん」

「それじゃあまた会場でね!」


 本当に彼女は優しくて面倒見の良い人だとサラは認識する。

 彼女といれば魔王討伐の旅の中でもやっていけるとサラは未来に思いを馳せ、王族専用の観客スペースに行った。

 その場所に着くと王様の他に偉い貴族や護衛騎士がおり、その隣にはノエルの姿があった。サラは無言でノエルの隣に行くとノエルはビクッと体を震わせ、しかし何も言わずに会場の方へと目を向けた。


(これはこれで楽しいかも)


 一々ビクつくノエルに嗜虐心が生まれるサラであった。あるいは友人なのに一向に会話しないノエルに対する八つ当たりのような気持ちかもしれない。


「それではぁ! これより戦士選定トーナメントを始めたいと思います!! 先ずは栄えある勇者パーティーに立候補する戦士達の入場だぁ!!」

『わあああああああ!!』


 司会の進行に待ちに待った観客が歓声を上げる。

 そして盛大な音楽が鳴り響き、会場へと続く扉から次々に屈強な男達が入ってくる。


「……え!?」

「あっ!?」


 そしてサラとノエルは驚愕する事となる。

 屈強な男達に混じって入って来たその見知った存在に絶句する。


「来たぜ……! 二人共!!」


 そこには、カラク村の幼馴染にして共通の友人……ノルドがいたのだ。

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