第一章 戦士選定トーナメント

第1話 その機会を掴むために

「な、なぁ爺ちゃん……どこなんだよここ」

「ノルドや……もしお主が戦士になり、勇者と共に世界を巡るなら覚えておきなさい」


 ノルドを連れて村長がやって来たのは、王都の裏。

 即ち王都の威光が届かない無法の地帯『バックストリートスラムドッグ』である。


「は、はぁ……?」

「他の国にも裏に行けばこのような光景が広がっておる。それをお主は覚えとくのじゃ……何も人とは全てが平等であるはずがないという事を」

「うわ何かカビ生えてる……」

「聞いとくれよ」


 こちとら威厳をかき集めて教えようとしているのに、と村長は相変わらずのノルドに肩を落とす。そして村長達が辿り着いたのは、薄暗い裏路地の中で妙に威圧感を放つ扉。初めてみる種類の扉にノルドはゴクリと喉を鳴らすも、村長は気にせずに中に入った。


「クソジジイ〜生きとるか〜?」

「はぁ? 何じゃい貴様クソジジイとは貴様もじゃろ」


 村長の後に続いて中に入るとそこには農機具を物騒にしたような道具が棚いっぱいに並べられており、中には兵士やノエルが持っていた剣とやらも立てられていた。どうやらここは噂に聞く武器屋なのだろうかとノルドは考える。


「言っておくが前の注文は……」

「あぁそれはいいのじゃ。じゃが代わりにこの倅に武器を作ってくれ。それで前の注文はそれでチャラにしてやる」


 武器棚を見ていたノルドは急に話を振られた事にびっくりして、慌てて村長と話していた店主に目を向けた。そこにはカウンターの上でノルドの事を胡散臭そうに見ている小太りの老人がいた。だが露にしている腕の筋肉は老人のそれは思えなく、自身の筋肉と同じレベルだ。


「……倅ぇ? お主結婚してなかった筈じゃろ」

「赤子の頃から育てて来たんだから倅じゃわい」

「はっ、ジジイと孫ぐらいの顔をしてるぜ」


 そう言うと、店主はカウンターから降りてノルドの前に近づいてくる。だがノルドは店主の予想外の姿に目を丸くさせた。


「え、えっと……短足の方?」

「あ゛ぁ?」

「ブッフ!」


 店主はあの立派な腕の筋肉の代わりに身長はノルドの腰ぐらいしかなく、下手すれば身長だけは子供と同等と思える姿をしていたのだ。


「はぁ……もしかしてその様子だと俺らドワーフを見た事ないのか?」

「ど、どわーふ?」

「おいマジか。普人族以外の種族を知らないとか一体どんな生き方をしたんじゃ?」

「……」

「犯人は貴様かカラク」

「だってだって!」


 目を逸らす村長改めカラクにこの店の店主が呆れるような目を向ける。大方拾った子供を大事にしているが故に過保護になって、一度も村から出さなかったのだろう。そして案の定図星であるため、カラクは地団駄を踏んで言い訳を始める。


「ええいジジイの駄々っ子なんぞ、鉱石と間違えて固い糞を食べた食い意地激しい同胞より見苦しいわい!!」

「え、ちょ……ワシ、糞以下か……?」


 その前に鉱石を食べるドワーフの生態は一体どうなのだろうとノルドは気になった。


「それで? 一体どうして武器なんぞ必要なんじゃ?」

「あぁそれはのう――」


 説明を始めようとするカラクにノルドは手で遮る。

 この問題はあくまでノルド自身の問題。だからこそこう行った重要な部分では自分自身が筋を通さなければならないのだ。


「――初めまして!! カラク村のノルドと言いまっす! 今日来たのは王都で開催される戦士決定戦? 大会? に出場するため、店主さんには俺の武器を作って欲しいっす!」

「戦士? 大会?」

「戦士選定トーナメントの事じゃ」

「あぁ勇者パーティーの戦士を決めるアレか……何じゃ小僧、お主勇者パーティーに入りたいのか? それとも自分が最強であると証明したいのか?」


 勇者パーティーの戦士の枠に入りたい人は主にそのような目的を持って大会に参加する事が多い。だからこの若造も似たような理由なのかと思ったが、次に発せられるノルドの言葉に店主は目を丸くした。


「――惚れた女のためっす!!」

「……へぇ?」

「理由は分からないっすけど俺が惚れた女は勇者パーティーの聖女になってました……だからこのまま何もしなければ俺とアイツは離れ離れになっちまう! だからお願いしまっす店主! 俺に大会を余裕で優勝できるような武器を作ってくれ!」

「いやそんな武器ないわい」


 店主の無慈悲な回答にそんなーッ! と両手を地面について落ち込むノルド。そんなノルドに呆れたような表情を向ける二人のジジイだが、これはノルドが悪い。


「そんな聖剣のような物を幾らドワーフでもそう簡単に作れるわけないじゃろ」

「無理なんですか〜!! 本当に無理なんですか〜!!」

「無理じゃ」

「そんなーッ!」


 涙で顔がグチャグチャになっていくノルドに店主は面倒だなと思うようになった。


「まぁ……確かに聖剣のような反則武器は無理じゃが、俺ら武器屋の役目は使用者に合わせた武器を用意する事じゃ」

「……え?」

「惚れた女のためか……実に漢らしいわい。さぁ俺に着いて来い。貴様に相応しい相棒を用意してやる」

「て、店主さん!!」

「おぉっとそうじゃ」


 店の奥に行こうとした店主に着いていくノルドだが、途中何かを思い出した店主が立ち止まった事で店主とぶつかりそうになるノルド。

 そんなノルドに、店主は笑みを浮かべて自己紹介をした。


「ようこそ天才鍛冶師ドワーフの営む武器屋へ。俺はこの店の店主を務めるガランド・バルド・ルビーじゃ」



 ◇



「えぇと、ガランドさん? バルドさん? ルビーさん?」

「ガランドでええわい」


 苗字やミドルネームもない村から来たノルドにとってガランドの名前は長く、聞き慣れない物であった。だがそれは単に正式名称なだけであり、彼自身の名前はガランドのみだ。ドワーフの命名基準として、一番前がそのドワーフを表す名前であり、ミドルネームは父の名前、そしてラストネームはそのドワーフが好む鉱石類や宝石類、金属類の名前が付けられるのだ。


「さて、お主のために武器を用意すると言ったが何か要望などはおるか?」

「あの……俺って実は一度も戦った事がなくて……」

「はぁ? 何じゃお主、恵まれた体格をしておるのに勿体ないのう……」


 ガランドの目から見ても、ノルドの体は完成されていると言っても過言ではないほど立派だ。しかしそんな体をしても戦った事がないと言う事実に困惑を隠せない。

 黙って微笑ましげにノルドを見るカラクに目を向けると、ガランドの視線に気付いたカラクは苦笑いを浮かべた。少なくともカラクの過保護は関わっていないとガランドは察する。


「取り敢えずは……何が適性かは分からんから適当な武器を持たせるか」


 そして練習場のような場所でノルドに持たされたのは、ノルドの背丈ほどある重厚な鉄の剣グレートソードである。


「おぉ結構重いっすね!」

「いや戯れで持たせてみたが、まさか持てるとは驚きじゃわい……」

「相変わらずの馬鹿力じゃのう……」


 本来は巨人族のために作った代物なのだが、それを普人族であるノルドが持てるとは思わなかったのだ。だがしかし持てるのならばノルドの選択肢に重い武器が入る事になり、ガランドはノルドの怪力を十分に活かせる武器を思い描いていく。


「ふむ……まぁ取り敢えずあの鎧案山子を対象に使ってみてはくれんか?」

「うっす!」


 肩にグレートソードを乗せて案山子に近付いていくノルドを視界に入れて、二人のジジイはノルドについて話し合う。


「あの小僧をどこで拾ったんじゃ? 普人族の持つ膂力じゃないぞ」

「ある日難民が村にやって来てのう。幸い村には余裕があったから彼らを受け入れたんじゃがある日宿屋の部屋から赤子の泣き声が聞こえて来てな……それも二人、別々の部屋からじゃぞ?」


 つい先日の出来事のように思い返せるとカラクは言う。

 聞こえて来たそれぞれの部屋に入ってみると赤子がベッドの上に置かれており、二人の赤子の両親を探したが見つからなかったと言う。

 結局その二人の赤子は村長が育てる事となり一人はノルドとして、そして一人はサラ……聖女となる運命の少女として成長した。


「うーむ奇妙な話もあるのじゃな。その二人が兄妹もしくは姉弟という可能性は調べたのか?」

「いやマナの波長を調べて見たんじゃが彼奴らの間に血は繋がっておらんと分かった」

「唯一の家族という線も消えたか……」


 正真正銘赤の他人同士でありながら、同じ境遇の持ち主。

 何やら運命の悪戯のような気もするが、これ以上考えてみても仕方がない。そう思っていると丁度ノルドが剣を案山子に振り下ろそうとしている場面になっていた。


 ――だが。


「あ〜なっとらんなぁ……」


 ノルドの攻撃を見たガランドが残念そうにそう呟く。そしてノルドが剣を振り下ろすと鎧案山子は一瞬にして押し潰された。その様子を見て、ノルドは嬉しそうに二人に顔を向ける。


「おぉ! どうっすか爺ちゃん達!」

「ダメダメじゃな」

「えぇ〜?」


 ガランドの即答にノルドは不満げに声を漏らす。

 そんなノルドに近付いたガランドは、押し潰された案山子を見てため息を吐いた。


「お主の筋力でそのグレートソードを使えば、刃が下になっておれば確実に真っ二つになるんじゃが見事に潰されておる。つまりお主は剣の平を使って叩いたという事じゃ」

「え? 平? いやそんな事ないと思うけど……」

「なんじゃ無意識か? ふむまぁ武器を使った事もない素人じゃからなぁ……」


 そう思って、ガランドはノルドに剣の使い方を教える。

 そしてノルドは再びグレートソードを構え、もう一つの案山子向かって今度は刃筋を下にして振り下ろした。すると案山子は縦に真っ二つ引き裂かれ、グレートソードの勢いによって左右に吹き飛んだ。


「おぉ! なんか抵抗感がない!」

「ふむ……」


 一旦教えればちゃんと物に出来るノルドにガランドは再びノルドに合う武器を考える。物に出来るとなれば使える武器も増えるが、それは本当にノルドの得意武器なのかとガランドは思う。そしてふと、さっきからノルドは振り下ろししかやっていない事に気付き、ガランドはノルドに尋ねた。


「村にいた時はどんな仕事をやっとったんじゃ?」

「え? あー村にいた時は畑を耕したり、薪を割ったり、重い荷物を持ったりとかかな」

「ふむ……畑は鍬、薪は斧か……それもどちらも振り下ろしを使う仕事ばかりじゃな」


 つまり先端が重い武器こそノルドの得意武器だとガランドは考える。


「それらに近く、且つ小僧の怪力を活かせる武器……というとこれじゃな」

「なんすかこれ? 棍棒?」

「その一種の……メイスじゃな」


 ノルドの問いにカラクが答える。

 長さは一般的な成人男性の肩から指先までの長さ。先端に向かって緩やかに太くなっており、先端は鋭利な刃が付けられた人の頭ほどの大きさの塊があった。


「どの角度でも常に一定の力のまま振るう事ができ、振るう際にはメイスの中にある鉄鋼液が慣性の働きによって先端に集まる重心変動機能付きのメイスじゃ。それによって最大慣性時には驚異的な威力を誇る仕組みになっておるぞ」

「うん大体分かった」

「いや分かっておらんじゃろ……」


 真面目な顔で頷くノルドにカラクがツッコミを入れる。そんな彼らのやり取りにフッ、と笑みを浮かべたガランドは手に持ったメイスをノルドに渡した。


「まぁ色々言ったが……使えば分かる」


 その一言を聞いたノルドは困惑するものの、ガランドから渡された武器を使ったノルドはメイスを気に入り、そして大会に参加するための武器が決まる事となった。

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