第3話 ラルクエルド教の聖女

「ういっすノエル!」

「ノエルういっす!」

「う、ういっす……?」


 相変わらずのおかしいテンションを見せる二人にノエルは困惑を隠せないものの、内心ではまた今日も会えたという感情がノエルの心を占めていた。


「さて、今日はどこに行く!?」


 ノルドが今日の予定を尋ねる。

 ノエルは昨日の内にピックアップした王都の観光名所のリストを思い浮かべながら、これから行こうとする観光地の名前を言おうとするも、その前にサラが先に行きたい場所を告げた。


「行商人から勇者物語を聞いたんだけど、王都って勇者様ゆかりの地が多いよね。私はそこを見てみたいな」

「あ、はいそっすか勇者っすか……」


 サラの行きたい場所を聞いたノルドは急激にテンションが下がっていく。サラは勇者が目当てだったという事に今更ながら思い出したノルドは複雑そうな表情を浮かべるも、それがサラの願いなら叶えたいという気持ちで、サラの提案を受け入れた。


「まぁサラが見たいなら仕方がないな! よしノエル! 俺達にその勇者様縁の地に連れて行ってくれ!」


 気持ちを入れ替え、サラの提案をノエルに言うノルドだが何かノエルの様子がおかしい事に気付く。


「……ノエル?」

「……え? あ、あぁいや勇者様縁の地だね? うん良いよ。実はここの近くに勇者が姫様に求婚した丘へと続く道があってね」

「お、おう」


 考え事が頭から離れたのか、先程までに見せた雰囲気は既に消え、そこにはいつものノエルがいた。ノルドはそんなノエルに訝しむものの気のせいかと思い、ノエルの後に続いた。


「へぇ〜すっげぇ眺めだなぁ!」

「でしょ? 勇者様関連の中で、ここが一番僕のお気に入りなんだ」

「あぁこの景色は誰もが気にいると思うぜ! なぁサラ!」

「……」

「サラ?」


 サラの方へと見遣ると、そこには悲しそうな顔をしたサラがいた。初めて見るサラの悲しそうな表情に、いやこれで見たのはかと思い出したノルドは心を締め付けられるような気持ちになる。


「サラ、なぁサラ!」

「……! あ、あぁどうしたの? ノルド」

「いやサラこそどうしたんだよ、そんな悲しそうな顔をしてさ」

「あれ? そうかな?」


 ノルドに指摘にサラは首を傾げる。

 先程までの表情は自分の気のせいだったのか、それともサラが無意識に浮かべた表情かは分からないが、本人が分からないなら気にしない方が良いだろうと無視する事にしたノルド。

 そしてふと、今日はまだサラに伝えていない事があると気付いたノルドはサラの前で跪き、彼女の手を取った。


「え? ノ、ノルド……?」


 ノエルはノルドの突然の行動に困惑して、そしてもしやという予感が脳裏に過ぎる。綺麗な丘、男性が女性に跪く行為。その光景の答えはノエルの中でたった一つしか思い浮かばない。


「サラ……好きだ。俺と恋人になってくれ」


 目の前で起きる告白の瞬間に、部外者であるノエルが顔を赤らめて二人の行末を熱心に見つめる。彼らとは付き合って短いがノルドとサラはお似合いと言って良いほど仲が良い。ひょっとしたら自分は友人の一世一代の瞬間を見ているんじゃないかとノエルは興奮する。


 だが。


「……ごめんね」

「あ、はい」

「え……」


 ノエルでさえも成功を確信していた告白は失敗に終わった。だがそれでもノエルは腑に落ちない。ノルドとサラは仲が良く、何をするにしても息ぴったりだ。なのにサラはノルドの告白を断ってしまった事実に困惑を隠せない。


「よっしそれじゃあ次の観光場所に行くとするか!」

「おー!」

「え? え? え?」


 そして更に理解できないのは、告白したのに彼らの間に気まずい空気は流れる事はなくいつも通りに接する二人だ。


「あ、あの……ノルドはさっきサラに告白したんだよね……?」

「あぁしたな! ……まぁ玉砕したけど」


 どうやらちゃんと落ち込んでいるようだ。その様子から先程の告白は幻ではないと確信するが、どうしても彼らの様子に違和感を抱く。だがそのノエルの抱く違和感を察したのか、先にノルドが説明した。


「あぁこれ、俺達毎日やってっから」

「は、えぇ……?」

「そして毎日玉砕してるんだ……」

「えぇ……?」


 ノルドの説明にノエルが余計に困惑する。サラの方へと視線を向けるとサラは申し訳なさそうな様子でノルドの言葉を肯定した。

 何やら二人の間に複雑そうな状況にあるという事だけ理解したノエルは、それ以降何も聞かないようにした。


 気を取り直したノエルが次に紹介したのは、ラックマーク王国の中で最も有名な場所。その名もラルクエルド教会。この国の人々のみならず世界中の人々からも信仰される女神ラルクエルドを祀る教会に、ノルド達がいた。


「はえーでっかい」

「でっかいねー」

「ここは愛と調和の女神ラルクエルドのために作られた教会なんだ」

「女神かぁ……俺達の村まで伝わるほどだからなぁ〜」


 王城を除けばこの国で最も大きい建造物だ。

 勇者物語の初期から生まれた教会だがそれでもその壮大さ、神秘性共に色褪せず、当時の威厳を保ったまま現代にまで生きていると言えばこの教会の偉大さは伝わるだろうか。


「確か勇者物語って数百年前の話だろ?」

「その時代だと先代勇者の物語だね。勇者物語は遥か数千年前から続いていて、この教会は当時から存在しているんだよ」

「数千年……? やばいな想像がつかねぇや」

「ふふ……奇遇だね僕もだよ」


 二人してスケールの大きさに笑い合うも、何か一人足りないなと気付いたノルドは周囲を見渡すとサラがいない事に気付いた。


「あれ? サラは?」

「え? あぁそう言えばいないね」


 二人はいなくなったサラを探し始める。この時間帯は人混みが多い時間帯で、探すのも苦労するがノルドは教会の奥へと入っていくサラの後ろ姿を見つけた。


「見つけた! おーいノエル! サラが奥に行ったから俺も入るぞー!」

「え、奥ってちょっと待って! きゃ!?」


 何か可愛らしい悲鳴が聞こえたが、ノルドは気にせずサラの後を追った。教会の奥は人混みが凄かった表と打って変わって人気のない場所であり、ノルドはフラフラと奥へと進むサラの姿を容易に見つける事ができた。


「サラ!」

「……あれ? ノルド?」


 彼女の名前を叫ぶと彼女はふと我に返ったかのように振り向く。ようやく止まったサラの元へとノルドは駆け出し、ようやくサラへと追いついた。


「どうしたんだこんなところに来て……」

「何かが……私を呼んでる気がして……」


 サラの言葉にノルドは首を傾げる。

 呼ぶと言ってもここには人が一人もおらず、声に出して呼ぶとしたら反響して声が大きくなる筈なのにノルドの耳にはそのような声が一つもない。


「……」

「サラ?」


 ふと、サラが何かこの教会の奥の方に目を向けている事に気付いたノルドは、サラの視線の先を見つめた。そこには何か横に長い台座のような物が置いてあり、その台座の上には同じ長さのクッションが敷かれていた。


「何だあれ?」


 クッションの上には何もなかった。もしやクッションを展示するための台座かと思ったが、そんな意味不明な事を教会の奥でやるのだろうかと考え直す。


「……」

「あ、おいサラ!」


 するとサラは再びフラフラと歩き出した。

 サラの歩く先はあの何も置かれていない台座。異様な彼女の様子にノルドは腕を掴んで止めようとするも、ノルドの腕力を気にせずに歩こうとするサラに手を離す。あのまま掴んでいれば彼女の腕に跡が残ると危惧したためだ。


「サラ! おい待てサラ! なんかおかしいぞ!」

「呼んでる……あの杖が……私を」

「杖? 杖なんかないぞ!?」


 目を凝らしても、クッションの上には何も置かれていない。サラより先んじてクッションの上を触っても杖のような感触もない。

 何かがおかしい。そう思ったノルドは例え痣が出来ようとも彼女の体を抱えてこの場から離れようと決心するも、時は既に遅し。


 サラは既に台座から手の届く範囲にいて、クッションの上に手を伸ばそうとしていた。先程まで杖を探していたノルドが彼女のそれに気付き、彼女を押し止めようとするもサラが先に『何か』を触れる方が早かった。


「待って!! それに触れちゃ駄目!!」


 そしてその後に表から入ってきたノエルが叫ぶも全てが遅かった。その瞬間、サラを中心に光が迸り、教会内部を輝きによって染め上げる。

 あまりの眩しさに目を閉じるノルド。やがて光が収まり、ノルドが目を開けるとそこには呆然とした表情で彼女の背丈ほどある神秘的な杖を持ったサラの姿があった。


「そ、それ……」

「そ、そんな……まさかサラが……?」


 ノルドの呟きと共に発せられるノエルの言葉。

 ノエルに事情を訊こうとしたノルドだが、更に奥から入ってきた神官達に囲まれそれどころじゃなくなった。


「おぉ……聖女だ!」

「聖女が選ばれたぞ!」

「聖女の生まれ変わりがやってきたぞ!」


 神官達の言葉に困惑するサラ。

 そんな神官達からサラを守るために彼女に近付こうとしたが、騎士のような格好をした人々がノルドを拘束して近付けさせない。


「な、何だよお前ら! サラをどうしようってんだよ!」

「彼女は聖杖に選ばれた聖女だ」

「はぁ!? 何だよそれ、サラはサラだろうが!」


 ノルドがそう主張するも騎士達は聞き入れず、ノルドの体を押してこの場所から出ていかせようとする。ノルドはそんな騎士達に抵抗して、つい勢い余って力を入れた瞬間騎士の一人が吹き飛んだ。


「ぐあ!? な、何だこの馬鹿力は!?」


 吹き飛んだ騎士を見てノルドは歯噛みする。

 物心ついた瞬間から力が強かった自分だ。そんな自分が力を入れれば人を容易に傷付けるため戦おうとしなかった。だがそれはもう関係ない。サラを守るためにはこの力を使うしかない。例え傷付けようとも、サラさえ守れば。


「ダメ!!」

「っ!? サ、サラ……?」


 サラの言葉にノルドの動きが止まる。


「ノルド……私は大丈夫だから」

「サラ……」


 安心させるように発したその言葉に、ノルドは抵抗するのをやめた。このまま抵抗し続ければ誰かが傷付く事になると分かっていたため、サラが制止したのだ。


「ノルド……」

「ノエル……」


 表へと続く扉の近くにいたノエルとすれ違うノルド。

 そのすれ違いざまに、ノエルが一言だけ呟いた。


「サラの事は……僕がちゃんと守り通す」

「ノエル……? お前何を言って」


 その答えを聞く前に、ノルドは教会から放り出された。



 ◇



 二日が経った。

 あれからサラやノエルと再会していない。


 一体あの時何が起きたのか。あの場にいたのに何も分からず、サラを守れなかった事実にノルドは顔を顰める。

 そんな時である。村長が血相を変えてノルドの元にやってきたのだ。


「お、おいノルドや!」

「……何だよ?」

「王城で勇者パーティーの発表をしているぞ!」

「勇者パーティー……?」


 その瞬間、ノルドの脳内に勇者物語の一節が浮かび上がってくる。

 魔王討伐に赴いたのは人々の希望を託された勇者のパーティー。

 女神に愛された勇者と聖女が世界を救う救世主となる。


 その一節が本当なら、聖女と呼ばれたサラも勇者パーティーの一員になっているのかもしれない。そう思ったノルドは雨が降り積もる中、外套を被って広場へと走り出した。


「はぁ……はぁ……! やっと着いた!」

「……ではここに勇者パーティーの紹介をしよう」


 どうやら丁度演説が終わって勇者パーティーの紹介をするタイミングらしい。絶好のタイミングで着いたノルドは、サラの姿を探すために注意深く王城を見渡す。


 すると目にしたのは。


「では聖女サラ・ラルクエルド。ここに来なさい」

「……」

「サラ……っ!」


 王様の呼び掛けと共に王城のベランダに出て来たのは純白で美しい法衣を着たサラの姿。彼女はその手にあの日見た杖を持ちながら、人々の前に現れたのだ。


「では最後に、聖女のとなる勇者の紹介に入る」

「……!?」


 婚約者という言葉にノルドは息を飲んだ。

 そして王様の次の言葉によって、ノルドは絶句した。


「勇者よ、出ろ」

「は……? ノ、エル……?」


 聖女とペアになるかのような意匠の鎧を装備したノエルが、王城の中から出て来てサラの隣に立つ。あまりにもお似合いな二人に国民が歓喜の声を上げる。


「諸君も知っての通り、勇者ノエルは騎士団長としてこの国を守って来た実績がある。しかし成人したとはいえ、まだ若い彼に魔王討伐が務まるのか疑問視する者もいよう。よって、今ここに勇者の力を見せる!」


 王様の言葉と共にノエルは腰にある剣を引き抜く。


「これぞ選ばれし勇者が扱う聖剣ラヴディア! 刮目して見よ!!」


 ノエルが剣を振り上げ、空に一閃。

 その瞬間、王国中を覆っていた雨雲が瞬時に切り裂かれ、そこから太陽の光が降り注ぐ。まるで勇者と聖女を祝福されるかのような光景に人々は惚ける。

 聖剣の強さに圧倒されたからか。それとも勇者の力に希望を抱いたのか。分かっている事は天をも制した勇者が人々のために立ち上がったという事だけ。


「皆の者、これぞ勇者の力だぁ!!」


 その言葉に、人々は歓喜した。


「何だよ……これ……」


 しかし、たった一人を除いて。



 ◇



「ノルド……」


 村長がノルドの名を呼びかける。


 ノルドは今、一人宿屋の部屋で膝を抱えていた。

 愛していた人は既に遠く、通じ合った友人は既にない。これは一体何の冗談だろうか。それともどんな運命の悪戯なのか。

 ただ一つ分かっている事は、親しい存在がノルドの側からいなくなった事だけ。


「何が、起きてるんだ……」


 ノエルと遊びたい。

 サラに会いたい。

 しかしその願いは既に叶えられそうになく、これから二人は勇者パーティーとして魔王討伐に赴くだろう。危険な旅だが、彼らを止められない。

 大好きな人も、大切な友人も下手すれば魔王討伐の旅で死ぬかもしれない。そして仮に彼らが討伐に成功したとしても、婚約関係にある勇者と聖女は結ばれる事だろう。


「嫌だ……!」


 自分がこんなにも女々しいとは思わなかった。

 いや毎日告白してくるような奴が女々しくないとは思わない。そうだ自分はこういう性格だったとノルドは自覚する。


 自覚して、それでも尚諦めきれない。


「でもどうすればいい……! どうすれば……!」


 そんな時、ノルドのいる部屋の扉の隙間からとある紙が入り込んでくる。


「これは……」

「ノルドや……実は今王都で勇者パーティーの戦士を決める大会があるんじゃが」


 村長の言葉にノルドは急いで入り込んできた紙を手に取って、熱心に隅々まで読み込む。恐らくこれがノルドに与えられた最後のチャンスだ。戦った事もない自分が勝ち上がるのは厳しいかもしれないがそれでも、諦めきれない。


「爺ちゃん!!」

「うお!?」


 バンッ! と扉を勢いよく開け、運よく扉にぶつからなかった村長にノルドが必死に頼み込む。この紙に書かれている大会の参加条件はたった一つ。その条件を達成するためには村長の助けが必要だ。


「爺ちゃん頼む!!」

「……なんじゃノルドよ」


 頭を下げるノルドに、村長は優しく問い掛ける。


「俺は幼馴染に恋してる!」

「知っとる」

「死ぬほど恋してる!!」

「知っとるよ」

「勇者の婚約者だとか聖女だとかどうでもいい! 俺はサラの事が好きなんだ! だから頼む爺ちゃん!! 俺に武器を買えるほどの金を貸してくれ!! アイツらと共にいる機会を俺にくれ!!」


 その言葉を聞いた村長は……。


「その言葉を待っておった」


 そうニヤリと言葉を返した。

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