第2話 ラックマーク王国のノエル

『迷った……』


 今回の話が始まって開口一番がこれである。

 意気揚々と宿から飛び出し、目の前に広がる王都の光景に圧倒されながら、気が付けば見知らぬ場所に立っていた二人。

 いきなりの大都会で案内もなく探索する人がいればそれは馬鹿のする事だろう。そうこの二人は馬鹿だった。


「どうしようノルド……もぐもぐ……道に迷っちゃったね……」

「あぁ……モグモグ……俺達完全に迷っちゃったな……」


 真剣そうな雰囲気で喋っているが、口の中には先程屋台で購入した肉串でいっぱいである。


「ところで……何か俺達の方を見てないか?」

「うん……何か注目されてるよね……」


 二人は自身に向けられる通行人の視線に気づく。

 ここラックマーク王国は様々な人種が集まる貿易国家である。だからこの国に住む住民はどんな旅人が来ても大抵は気にしないが、ここまで田舎丸出しの行動をする二人組の目立つ男女に人々はどこか微笑ましい目で見ていた。


『カップルかしら〜』

『初々しいわね〜』

『随分と身長差があるわね〜萌えるわ〜身長差萌えだわ〜』


 ノルドとサラを見た通行人のマダム達がそう話しているのが聞こえる。だが都会の流行に乏しいノルドとサラは頭に疑問符を浮かべていた。


「都会の言葉は分かんねぇなぁ」

「分からないねぇ」


 すると、ノルド達の耳に子供の悲鳴が聞こえる。


「……サラ!」

「うん、行くよノルド!」


 ノルドはサラを抱き抱え、瞬時に聞こえてきた悲鳴の場所へと駆けて行く。人々はあの巨体から生み出される予想外の速度に目を丸くし、ふと我に返った彼らは兵士の駐屯所へと通報しに走り始める。


「ノルド!」

「了解!」


 遠目で何やら尻餅ついている子供に詰め寄ろうとしているチンピラ達の姿を捉えた。

 ノルドはその場で跳躍し、子供とチンピラの間に着地。その衝撃で土煙が辺りに広がり、子供とチンピラはゲホゲホと咽せて目を閉じる。


 そして目を開けるとそこには可憐な少女を抱えた巨体がいた。


「……え、誘拐?」

「誰が心の誘拐犯だこのチンピラ共め!」

「そこまで言ってねぇ!」


 俺の心は既にサラに誘拐されているがな! といらない言葉を吐き出すノルドにチンピラはツッコミをいれる。そんな彼らの後ろで、サラは尻餅をついている子供をあやしていた。


「もう大丈夫だからね〜お姉ちゃん達が助けに来たよ〜」

「……え、あ、うん……」


 どうやら子供もこの事態についていけてない様子だ。

 おのれチンピラ共めよくも幼気な子供を、と意気込むサラだがこのカオスな状況にさせたのはノルド達である。


「……あっいやそうじゃねぇよ! おいてめぇら! 一体どこの誰だか分からねぇがガキと俺達の問題に水を差そうってのか!?」

「落ち着け!!」

「え!? あ、はい……いや何でだよ!」

「いいか? ここに子供がいる。そしてその子供に詰め寄る明らかに蛮族みたいな見た目をしている人達がいる。この状況を見れば誰が悪者か分かるだろ? お前達だよ!」

「あっご尤もで……じゃねえよ!! おいおい〜何だぁ? 今度は俺達のファッションスタイルを貶して来やがって……覚悟は出来てるんだろうなぁ!?」

「待て!!」

「はいぃ! ……って違ーう!! 一々俺らをビビらすんじゃねぇ!!」


 圧倒的体格差から来る威圧感バリバリの言葉にビビるチンピラ共。

 そんな彼らの前でノルドは腕を組んで、チンピラ共を睨む。


「いいか? 生まれてこの方ずっと村の中で過ごし、数々の重労働をこなして来た俺だが実は一度も他人の役割を奪ったことはない」

「は、はぁ……」

「魔獣討伐には兵士が、動物を狩るには狩人が。俺は彼らの仕事を尊重し、そして一度も彼らの足を引っ張った事はないのだ。この意味が分かるか?」

「いや分かんねぇけど」

「つまりは俺は一度も戦った事がない!!」

「威張って言うな」

「いいのか!? 弱者を甚振ってお前達は満足するのか!?」

「その一言はカッコいいけど、その弱者お前じゃん!!」


 先程までの威圧が台無しである。


「へっ……どんな野郎が現れたのかと思ったがとんだ見掛け倒しが来たもんだなぁ? 俺達が誇りに思うファッションスタイルをアイスで汚したそこのガキ共々、落とし前を付けさせて貰うぜぇ!!」


 やって来た助っ人がまさかのハリボテである事に気付いたチンピラ共はその勢いを増し、じりじりとノルド達に近付く。

 戦った事はないが、せめてサラ達を逃すように壁に徹する覚悟だけは決めたノルドは彼らからの攻撃を構えて待つ。


 だがその時である。


「待て!!」

「だ、誰だ!?」


 中性的な声が辺り一面に広がる。その声の持ち主の方向を見ると、何やら甲冑を着た美しい騎士が馬に乗ってやって来たのだ。


『ノエル様だわ……』

『ノエル様が来ましたわよ』

『きゃ〜ノエル様〜!!』


 人々の口から発せられるその騎士の名前にチンピラは萎縮する。


「な、ノエルだとぉ〜!?」

「ヤベェよリーダー! さっさと逃げちまおうぜ!!」

「騎士団長相手にヤベェよ!!」


 チンピラの話を聞いたノルドは頭に「騎士団長……?」と疑問符を浮かべる。村にいたノルドにとって騎士という存在は夢物語に出て来た存在であり、馴染みの薄い物だったのだ。だが現状ノルドにとって気掛かりなのは、サラの事だ。


「すごい……きれいな人……」

「さ、サラ……?」


 あんなに呆けた様子で人を見る彼女を初めて見るノルド。何やら予想だにしないタイミングでノルドの恋を脅かす存在が来たのかもしれない。


「君達『ドリルダンバーズ』の構成員だね? ここで何をやっているんだい?」

「チッ! 興が冷めたぜ……おいてめぇら! さっさとズラかるぞ!」


 ノエルの言葉を無視して、チンピラ共が立ち去ろうとする。だがそんな彼らにサラが声を張り上げて、チンピラ共を止める。


「……っ、ちょっと待って!」

「何だぁ? 嬢ちゃんが何の用だよ」


 サラは彼らの顔を見据えると、次に後ろにいる子供に声を掛けた。


「……言える?」

「……ご、ごめんなさい! 服を汚してごめんなさい!!」

「……」

「貴方達の服装を汚した事をこの子は反省しているの……詰め寄らなくても、何が悪いのか子供はちゃんと分かっているんだよ」


 サラの言葉に服装を汚されたチンピラはじっと子供の顔を見つめる。そしてフッとため息を吐くと、頭を掻きながらその場から去る。


「……次は気を付けるんだな」


 そう、その一言を残しながら。


『……』


 チンピラ達が去ると暫く静寂が辺りを包む。

 やがて事態が解決した事を悟ると人々は歓喜に声を上げた。そんな人々の歓声の中、ノルド達の元へ馬から降りたノエルが近付いて来た。


「やぁ仲裁してくれてありがとう。さっきの様子なら僕がいなくても良かったかな?」

「いやぁ騎士様がいなければ今頃ボコボコにされていたところっすよ〜」

「でも君は最後に戦おうとしてたじゃないか。その行いに僕は敬意を表すよ」

「あの、私の名前はサラです。そしてこの人は幼馴染のノルド。騎士様が来てくれて本当に良かったです」

「ご丁寧にどうもサラ。僕の名前はノエル・アークラヴィンスだよ。それと見た感じ僕と君達は同い年だから敬語はいらないよ」


 同い年というその言葉にノルドとサラは驚きの声を上げた。



 ◇



「へぇ、それで王都にやって来たんだね」

「そうだぜ! いやぁ初めて王都に来たけど驚きの連続でやべぇよ」

「うん! それに屋台の食べ物が美味しい!」

「それは良かった! 王都に住まう国民の一人として嬉しい限りだよ」


 同い年だと判明し、更にはノルドとサラの陽気な性格、そしてノエル自身の社交的な性格が馬にあったのか、三人は意気投合したのだ。

 そして二人と意気投合したノエルは王都初心者である二人の案内人を買って出て、二人はその提案をありがたく受け入れたのであった。


「ここがこの王国で一番大きな銭湯だよ。僕は入った事がないけど部下からの話によるとかなり気持ちがいいらしい」

「……せんとうって何だ? ……え、お湯に浸かるの!?」

「へぇ風呂っていうんだ……え、しかも肌が綺麗になるって!?」

「ノエルも初めてらしいしせっかくだから入ろうぜ!!」

「え!? あ、いや……僕は遠慮しとこうかな……」

『え〜』


 顔を赤くして断るノエルに二人は残念そうに声を上げる。だがここで粘って嫌そうにする人を強制するのも悪いと思った二人はノエルの事は諦める。


「まぁノエルみたいに綺麗な人なら風呂入らなくてもいいかもな〜」

「え、き、綺麗? そ、そうかな……うんありがとうノルド、嬉しいよ」

「嬉しいっておかしな奴だな〜」


 男に綺麗と言われて嬉しいと言うノエルを不思議そうに見つめるノルドに、ノエルは頬を赤く染めて目を逸らす。


「あっノエル! あれって何を売ってるの!?」

「え!? あぁあれはね……」


 何かを見つけたサラがノエルの腕を抱きしめるかのように引っ張って目的の屋台のところへと向かっていく。その光景を見たノルドは胸の内に激しく燃える嫉妬の炎に焼かれるも、サラの見せる笑顔にまぁいいかと嫉妬心を即行でドブに捨てた。


「そう言えばもうそろそろいい時間だと思うけど……二人はどこの宿で泊まっているんだい?」

「あぁそう言えば爺ちゃんが心配するかもなぁ」


 空を見上げればもう既に茜色に染まっていた。


「確か王都に入ってすぐ近くの宿だったかも……」

「あぁそこならあの宿しかないね」


 どうやらノエルは二人の泊まっている宿の事を知っているらしい。そのあまりにも王都に精通している知識の深さに、二人は一家に一人ノエルと褒め称えた。


「もう〜二人共やめてよ〜」

「ノーエル!」

「へい!」

「ノーエル!」

「へい!」

「……怒るよ?」

「……あっ爺ちゃんだ!」

「本当だ! お爺ちゃーん!」


 調子の良い二人にノエルは呆れながらも無意識の内に笑みを浮かべる。対外用に作られた笑みではない久方ぶりの楽しいという感情に、ノエルはこの二人と離れたくないと感じるようになった。


「おぉ良かった! ちゃんと帰って来てくれたか!!」

「何だよ爺ちゃん大袈裟だなぁ」

「そうだよ! ちゃんと私達は帰ってこれたし!」

「そうかそうか……迷子になっておるかと思ったがなっておらんかったか……」

『……』

「いや二人共目を逸らすでないわい」


 どうやら二人の様子はいつも通りという事実にノエルは顔を綻ばせながら、ノルド達に近付いた。村長は近付いて来たノエルに気付き、そしてノエルの騎士鎧を見て慌ててへり下る。


「あぁこれは騎士様……! お手数をお掛けして申し訳ございません!」

「いや彼らの保護者である貴方にそうされるのはこちらも心苦しいです。どうか普段通りに喋ってください」

「は、はぁ……」

「なぁ爺ちゃん、俺達はいつ帰るんだ?」


 困惑する村長にノルドがそう尋ねる。

 帰る。その一言にノエルの心がまるで締め付けられるように苦しくなった。


「あぁ……ちと用事が長引きそうでな……あのクソジジィめ、わしの足元を見やがって……」

「そうか!! じゃあ俺達はまだノエルと遊べるって事だな!」

「やったねノエル! もっともっと遊べられるよ!」

「え? ……あ」


 名残惜しかったのはノエルだけじゃない。

 ノエルと共に過ごし、共に遊んだノルドとサラもまたノエルと離れる事が惜しかったのだ。その事実に気付いたノエルは、笑みを浮かべて言葉を返す。


「あ、明日も来ても良いかな?」


 その言葉にノルドとサラはニッと笑い、


『良いとも〜!!』


 そう返したのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る