第21話 偽善(Hypocrisy)


 俺は死を選び、その辛さを終わりにしようとした。

 今の美子さんも、俺のせいで同じように考えている。

 俺がどのような代償を払って美子さんを出し抜いたのか、その詳細はわからないにしても、代償があったこと自体については彼女は察しているからだ。

 その代償を俺に払わせてしまったということ自体が、今の美子さんにとっての重荷となったんだ。


 俺が生き延びたのは、あくまでめぐり合わせによる偶然。

 それも彼女は理解している。

 だから……。

「俺に人生を明け渡して、それで償うつもりということかよ……」

「私には、他の選択肢、ないでしょ?

 強引に死んでケリを付けてもいいけど、それじゃ君が救われない」

「……いいや、そんなのどっちもいやだ」

「命懸けで守ってくれた人を、私は好きになった。

 これなら満足?」

「ちょっと待てっ!」


 美子さんの中身が、イカれていないのはわかったよ。

 でも、わかったせいで、さらに辛い。

「俺は、もともと死ぬ気だった。

 そのついでだと言った……」

「それが私にとって、なんの意味があるの?

 ついでであろうがなかろうが、私にとっては、私のために君が死んだという事実、それは変わらないじゃないっ!」


 そうか。

 俺が間違っていて、莉絵さんの冷たい態度、あれが正しかったのか……。

 かと言って、俺は、自分が救いを求めて、なにもしないという選択はできなかった。


「ごめん。

 悪かったよ……」

「君がなにをしたのか、話してくれる気になった?」

「ごめん。

 それでも話せない」

 話せるわけがない。

 死を決めていた彼女を助けるため、俺は悪魔に魂を売った。

 そんなこと話したら、彼女の人生は、今以上に自分を責め続けることと同義になってしまう。


「お似合いだと思わない?」

「なにが?」

 俺は、質問に質問で返した。


「あなたと私、共に自分は生きていちゃいけないって思っていて、残りの人生の意味が見いだせない者同士よ。

 助かった生命をどう使うか持て余していて、その辛さから逃げるために自暴自棄に生きる道もある。君がそう生きたいなら、それでいいと思う。

 でも、誰かの代わりに生きているという事実を考えたら、私はあんまり自暴自棄になるのも良いことだとは思えない」

「それはそうだ」

 俺はそう口の中でつぶやく。


 俺は長くて数日以内に死ぬだろう。でも、彼女にはまだまだ長い人生がある。

 身を持ち崩して荒み、見る影もなくなってしまった姿を、俺だって想像したくはない。


「言っておくけど、私が言っていることは、どうしようもなく偽善よ。

 でもね、一日でいいから、私より長生きして。

 あなたが死んだら、不本意だけど、私はその後を追う。君が好きだからとか、君のためにとかじゃない。あなたが死んだら、私は自責の念に耐えられなくなるからよ。

 だから、生きたいという、意思を持って。そうしたら、私も生きられる」

 うん、それなら言いたいことはわかる。でも、それを実行するのは難しそうだな。


 そして、今の俺は「君」で将来の俺は「あなた」かよ。生まれつき予知のできる人間は、時制感覚も常人とは違うみたいだ。

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