第19話 涙雨(Sad in tears)


「いい加減、言いなさいよ」

 甘く、優しい声。

 俺、あまりの痛みに息ができない中、それでもなんとか首を横に振る。

 拷問なんて生易しいもんじゃない。確実に殺しに来ているって感じるほどの容赦ない力。全身の筋力を振り絞っていなかったら、肋骨はすべて砕けていたと思う。


 でも、逆に……。これで責め殺されるのであれば、それはそれでいい死に方かもしれない。

 俺は俺の尊厳を守って、そのために死ねるんだから。

 タップはしないし、死ぬまで首は横に振り続けてやる。


 そう思ったら、全身の力が抜けた。

 諦めたって、まぁ、最初から諦めているんだけど、この場での、この形での死を俺はそのまま受け入れたんだ。

 梅雨時の道路でぺったんこになって死んでいるカエルの死体、それがそのまま自分の死と重なる。ダンプカーに潰されようが、力で彼女に潰されようが、結果はカエルの死体と同じなんだから抗う必然なんかない。



 耐えるのをやめた瞬間、そのまま俺は押し潰されるんだと思っていたけれど、ふっと身体に掛かる力が消えた。

 それと同時に、雨が降り始めたんだろうか?

 悪魔が教えてくれた今日の状況は、曇り空だった。その後、降るかどうかまでは、俺が知る必要のないことだった。

 それでも今、首筋にぱらぱらと雨粒が落ち続けている。


 全身の筋肉を使っていたので、息が切れている。

 あまりに辛かったのと、雨の降るさまが見たくて、俺は身体を転がし仰向けになった。

 死の覚悟はできているのに、世界から超絶した心理にはなれていないんだろうな。俺にはまだ、「空を見たい」というくらいの好奇心は残っているらしい。



 ……雨粒は、涙の粒だったのか。

 俺の横で美子さんは俯き、地面に膝をついて、ぽろぽろと涙を吹き出させていた。

「……もう聞かない。

 聞かないから、ペットボトルのジュースおごって」

 拷問は諦めてくれたのか。

 だけど、なんで今、ジュースをおごれと?

 おごること自体はやぶさかじゃないけどな。おごれるのであれば、だけど……。


「……ごめん。

 今、所持金15円くらいしかない」

 切れる息の合間からそう答える。

「やっぱりね。

 家に帰るつもりはなかったんだ……」

 ……あ。

 失敗しまった。「おごりたくない」って言えばよかったんだ。

 罠に引っかかってしまった。


「いやっ、そんなことはない。

 たまたまだ。たまたまだよ。

 いや、いつも持っていない。貧乏だし……」

 なんか、わやわやだな、俺。


「そうだよね、貧乏なんだよね」

「そうだ、そうなんだよ。

 だから最初から俺、歩いて帰るつもりで……」

 あ、涙の量が増えた。


「……なんか、的はずれなこと想像しているだろ?」

 こんなのがフォローになるとは思えないけれど……。

 美子さんの考えていることは間違っていると、少しは騙してから逃げないとだし。本当なら、俺がしたことについて推測もさせたくなかったんだ。

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