第17話 取立(Debt collection)


 動転していたから、自分自身のことでも記憶が定かじゃない。

 でも、俺、思い返してみれば、ダンプカーにのしかかられた時、なにかを叫んでしたような気がする。


 恐怖からじゃなかった。

 純粋な怒りだった気がする。

 ダンプカーに対してじゃない。自分の運命への怨嗟だ。

 その怨嗟に至る状況まで含めて、すべてに対して俺は怒り、そして……。

 思い出した。

 俺は、「消えちまぇ!」と叫んだんだ。


 叫んだと言っても、あまりに刹那のこと。

 実際に口に出して叫んだかは怪しい。

 でも、あまりに強い俺の思念は、最初の「き」だけでその意志を彼女に伝えたんじゃないだろうか。


 で……。

 彼女は俺の意思をそのまま形にするように、力を発動させた。

 ああ、わかった。

 わかってしまった。


 彼女の力は弱く、荒く、乱暴なものだ。

 鉛筆を折り飛ばすことはできても、文字通りに折っていた。その折口はぎざぎざだった。

 それなのに、俺が『このペットボトル、半分に切れ』と命令しただけで、鉛筆より遥かに頑丈なペットボトルが、鋭い刃物で両断されたように2つになった。

 俺の言葉が、彼女の力を最大かつ最適な状態で引き出す。

 彼女は、単独では彼女自身の力を使いこなせない。

 ああ、だから、「許せないっ!」って言葉に繋がるんだ。


 そりゃあそうだ。

 自分の右手は自分のもので、自分の身体にくっついているのに、使用権は自分のものじゃない。ご飯を食べるために箸を持つ程度のことしかできなかったのに、突然の誰かの言葉だけでピアノを弾きこなせたりしたら、さぞや複雑な気持ちになるだろう。

 この状態、そりゃあ許せないよね。怒りだって湧くだろうさ。



 となると……。

 問題を整理しよう。

 俺は、未来をも見通す彼女を出し抜くために、時空の外の存在と契約して、自分の動きをイレギュラーなものとした。

 それは成功し、俺は自分の命と引換えに彼女の命を延ばすことに成功……、したんだよね?

 少なくとも、今は生きているから。



 問題は、なぜか俺が彼女の力の支配権を持っていたことで、俺が死ななかったこと。

 つまり、あの時間、あの場所で解放されなくてはならない生命のエネルギーが、解放されなかった。

 契約は、「俺の73歳まで生きるはずの生命の残りのすべてを注ぎ込んで、代替えしたい命がある。俺の56年を渡したいから、そのすり替わりを手伝ってくれ。代償は俺の魂で」ということだった。


 ということは、借金取りが来る。

 俺に来るか、彼女に来るか……。って、当然、俺だろうな。

 んっと、ここで今、死んだ方がいいのかな?

 借金取りが来るまで、待った方がいいのかな?

 それとも、俺の言葉で彼女が力を振るえること、悪魔は知っていたのかな?

 ひょっとして、悪魔でさえ想定外だったら、俺はこれからどうしたらいいんだ?

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