第16話 機構(System)


 2人でその場から移動はしたけど、大きな問題があった。

 それは俺の財布の中身。

 もうお金を使うことなんかないと思っていたから、100円玉が1枚と10円玉が数枚、5円玉が1枚しかない。

 これじゃ、電車に乗って帰ることすらできない。


 だから、美子さんと話すにも、どこかでコーヒーでも飲みながらなんて、無理。

 しかたなく、公園とも言えないような狭いフリースペースを見つけて、自販機からどこぞの天然水を買って渡す。

 人通りの死角に入っているような場所で、まぁ、ありがたい。

 俺も喉は渇ききっていたけれど、自分の分まで買うお金はない。そもそも、どこぞの天然水という選択だって、一番安くて買える範囲の額だったからだ。

 徒歩で自宅まで帰るのは、さぞやキツイだろうな。


 ぷしって音を立ててペットボトルのキャップを開けると、美子さん、ぐぅーっと一気に半分ほどを飲み干した。

 そして、「ん」と残りを突きつけてきた。


 間接キスじゃんって、一瞬俺は動転したけれど、どうやら彼女にその意識はないらしい。

 まぁ……。

 一緒に死地をくぐったあとだからね。そんなことは構っちゃいられないってのもわかるよ。


 俺も残りを一気に飲み干して……。

 ようやく人心地がついた気がした。


 で……。

「ど」「ど」

 2人の声がシンクロして重なる。

 共に、「どうして」と問おうとしたんだ。

 なぜか、それがよくわかった。


 美子さん、片手を上げる。

 俺は黙る。

 まずは、自分からという意思表示だからね。俺は自分のことを話さなくて済むなら御の字だから、積極的に乗ったよ。


「『このペットボトル、半分に切れ』と言いなさい」

 ん?

 いきなり、どういうことだろう?

「いいから、早く!」

 考えていると、さらに急かされた。


 俺は、彼女の真意がつかめないまま、棒読みのようにそのセリフを繰り返した。

「このペットボトル、半分に切れ」


 ぱきゅ。

 そんな音を立てて、ペットボトルは真っ二つになった。

 切り口はおそしいほどなめらかで、まるで居合の達人が日本刀で斬ったみたいだ。


「くっ、許せないっ!」

「なにがだよ?」

 間抜けに、そして律儀に俺は聞く。


「ダンプカー、アンタの命令で、私が動かしたのよ」

「は?」

「『は』、じゃないっ!」

「ごめん、話がぜんぜん見えないんだけど……」

「アンタねぇ……」

「いい加減、アンタ呼ばわりは……」

 そのまま、2人揃って沈黙。


 頭の中では、いろいろな考えがぐるぐる回っているんだけれど、口に出して話せるほど考えがまとまっていない。

 俺もそうだし、たぶん彼女もそうだ。

 それに、口に出して話してしまうことへの畏れもあった。間違っていることでも、口に出すことで真実になってしまいそうだという、根拠なき恐怖だ。


 ただ……。

 先ほどの、「ダンプカー、アンタの命令で、私が動かしたのよ」という言葉が、徐々に頭の中で理解という実を結ばせる。

 俺が美子さんに命令し、彼女はそれに従ってダンプカーをテレポートさせた。

 で、俺、命令なんてしたかな?

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