第15話 言問(Cross-examination)
そして……。
俺の全身にのしかかっていたダンプカーは、突然消えていた。
ダンプは、一つ先の交差点で信号機を押し倒し、そのまま擁壁に突っ込んで止まっていた。
誰もあそこにはいなかったようで、巻き込まれた死傷者はいなさそうだ。
運転席も潰れていないし、あの分だと運転手も軽傷程度で済んだだろう。
俺は、腰が抜けていた。
事前にトイレに行っていなかったら、チビってもいただろう。
まだ右足のつま先に、靴越しに触ったダンプの前輪の感触が生々しく残っている。
上手く立てない。
身体を転がし、うつ伏せから四つん這いになり、歩行者信号の柱にしがみついて腕力で立ち上がる。
未だ、膝は戻ってこない。
なにが起きたのか、さっぱりわからない。
ようやく、回りを見渡そうとして……。
左頬に衝撃。
「なにをした!?」
あれっ。
この娘、こんな小柄だったんだ。
小さくて、俺の視界から外れていたよ。
なんか、すごく大きく見えていたんだけどな。
「なにをしたのよ?」
今度は、俺の服を両手で掴んで、揺すりながら問う。
ああ、さっきの左頬、殴られたのか、平手打ちを食らったのか、そういうことなのかな。
「なにって、なんのこと?
俺もわかっていないんだけど……」
そうだよ。
なんで俺は生きているんだ?
なにが起きたと言うんだ?
確実に、美子さんと俺の「なに?」の意味は違う。
だけど、俺は彼女に自分のしたことを話すつもりはない。
でも、この予想外の結末が、どういうことかは知りたい。
そこで、俺、混乱の中でもカマをかけた。
もう一つの方の「なに?」を聞いたんだ。
「鉛筆を折る力があれば、ダンプをテレポートさせられるの?」
「そんなわけないじゃないっ。
私は、私はっ、そんな大きな力は持っていないし、あんな精密なこともできない」
「精密って?」
力の大小はともかく、「精密」って言うことがどういうことか、さっぱりわからない。
「あんな大きくて重いもの、動かせる人がいたとしても、どこかに吹き飛ばすのが精一杯。誰もいない、被害が極小にできるような場所に狙って移動させるなんて、普通はできない。仲間内の誰だって不可能よ。
それに、アンタにはそんな力、最初っからないじゃないっ!」
「いや、たしかにないけど……」
「でも、アンタがやったとしか思えないじゃん!」
ゆさゆさ。
あまり揺すられると、俺の脳血管切れちゃうぞ。って、あれは赤ん坊だけのことだっけ?
「やってない!
できないっ!
俺は自分が死ぬと思っていた!」
「それもよっ!
私が死ぬはずだったのに、アンタ、私がわからないうちになにしたのよっ?」
う、ちょっと余計なことを言ってしまった。
俺がしたことは、隠し通さないといけないのに。だから、自分の思っていたことなんて、話す必要はなかった。
お互い語気は荒い。
でも、声自体は小さい。
事故はとんでもない音がしたし、さすがに野次馬がわらわらと湧いてきている。そんな中、こんな話を怒鳴り合うようにはできない。
「……とりあえず、逃げないか?」
俺の提案に、彼女は頷く。
初めて、そう、初めて俺が彼女に対して主導権を握った瞬間だった。
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