第14話 激怒(Indignation)

 ダンプに山積みにされた土は、過積載気味だったのかもしれない。

 あきらかにブレーキの効きが悪い。

 交差点でスピードを落としきらないまま曲がろうとし、膨らんだ車体を立て直そうとし、そのまま歩行者信号へ向けて……。


 俺は走りだしていた。

 最期の瞬間に向けて。


 じりじりとした思い。

 異常にゆっくりと流れる時間。

 間に合わないのでは、という恐怖。

 悪魔と「契約」があるのだから、間に合うはずという思い。

 自分の足が地を蹴っているはずなのに、前に進まないその非力さ。

 すべてがごちゃごちゃに混じり合い、それでも必死に腕を伸ばす。


 ミリ単位で、いやミクロン単位で彼女との距離が俺にはわかった。

 それが0に向かって、ゆっくりと減っていく。


 間に合った。

 ようやく俺の手は彼女に届き、その背を横に突き飛ばす。

 髪を乱しながら、つんのめって転がる姿を視界の隅で確認する間もあらばこそ。

 俺の視界を占めるのは、のしかかってくるダンプの鼻面。

 一気に時間が早回しに転じた。

 逃げるどころか、指一本動かす余裕もない。


 俺は最期の雄叫びを上げていた。

 恐怖からじゃない。

 理不尽に巻き込まれた、自分の運命に対する怒りだ。

 俺は、俺の行動は、結果的に殺人につながったのかもしれない。

 でも、本意じゃないぞ。殺そうなんて思ったことは、ただの一度だってないっ。

 俺は巻き込まれただけだっ。


 俺の心の底、ずーっと怒りが煮えたぎっていたんだ。

 その怒りが、俺の行動の原動力だった。

 初めて、俺はそれに気がつき、感情を顕わにしていた。

「消えちまぇ!」


 ダンプの車体に身体を押し倒され、その前輪が俺の身体にのしかかるのを感じながら、それでも俺は怒っていた。

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