第13話 覚悟(Ready to die)


 悪魔召喚のために必死だった時間が終わると、再び自分が人殺しだという思いが自分を灼く。

 でも、それすらももう終わりだ。

 良かったなぁ。悩む時間が短くて。


 俺は、嘘に満ちた遺書を書く。

 本当のことなんか書けない。

 でも、まずは俺を轢くであろうダンプの運転手が情状酌量されるように、だ。まぁ、もともと重過失で女子高生を轢き殺すはずだったんだから、自殺に巻き込まれたって俺を恨みもするだろうけど、本当は俺は救いの主なんだぜ。

 それから残される両親が、少しでも責任を感じないように。

 まぁ誰も納得なんかできないだろうけど、せめてせめて、だ。


 見られてはまずい私物も、なんやかんやあったけれどすべて処分した。

 メールやネットの履歴も削除。

 これで、俺の死が美子さんと莉絵さんに結び付けられることはない。


 もう、思い残すことはない。

 不思議と、最期に好物の美味しいものを食べようとか、そういう思いは全然湧かなかった。ただ、精進潔斎してその時を待つという、純化されたそんな思いだけだった。



 いよいよその日。

 俺は学校から帰って荷物を自宅に置き、あらためて家を出た。

 財布には少額のお金、生徒手帳それだけを持つ。

 身元不明じゃ、警察に必要以上に迷惑を掛けるからね。


 周りの光景は、いつもより彩度が増して見えた。曇り空だというのに。

 俺は一度だけ振り返る。

 自分が育った家、見納めだ。

 もう、生まれ変わることもないのだから、本当に最後。


 願わくば、最後にもう一度だけ美子さんと話したかったけれど、これこそ未練というものだろう。おそらく顔は見れるんだから、それでいい。

 俺の身代わりとなった同級生に詫びながら逝くのが正しいのに、心は前向きな死にこそ向かってしまう。

 まぁ、俺が自分の命に意味を見いだせるとしたら、そこにしかないのだから仕方ない。



 電車に乗り、目的地の駅で降り、時間調整にス○バでコーヒーを飲む。

 末期の水だ。

 いつもはせいぜいド○ールだけど、ちょっとだけ奮発した。

 それも長い時間じゃない。

 曇天の黄昏時の、視界が悪い時間までもう少し。


 最後のトイレ。

 昨日からなにも食べていない。ちびったり漏らしたりという無様は晒したくないからだ。

 じゃ、行こうか。


 都会の真ん中なのに、巨大な道路建設工事でぽっかり真空地帯が生じている。

 なるほど、これであの事故につながるのか。

 こんなところに、美子さんはなんの用事があったのだろう。

 まぁ、余計な詮索だな。


 彼女もここに向かっているはずだ。

 入れ替わりの時間は近い。

 ダンプと彼女の交差の瞬間まで、あと数分。

 俺は、物陰に身を潜めて、自分の息を数える。


 重量のある車両が近づいてくる地響き。

 エンジン音。

 排気ガスのにおい。

 自分の中の記憶と、現在の状況が一致しつつある。

 そして、彼女が現れた。

 歩道を歩き、歩行者信号が青に変わるのを待っている。

 時は来た。

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