第12話 契約(Consent)
こんな表現が許されるのであれば……。
悪魔は好意的だった。
まぁ、悪魔というのは、人間が決めた言い方なだけだ。本来は純粋ななにかのエネルギーなんだろう。それに、積極的に人間を堕落させようと、虎視眈々と常時狙っているほど暇じゃなさそうだ。
ただ、なんと言ったらいいのかな?
現れた臨在感は、どことなく母性を思わせた。
悪魔に性別があるなんて、考えたこともなかったんだけどね。
普通は魔法陣とか作って、自分の身の安全を守るんだろうけれど、今回の俺はそんな考えはなかった。まぁ、そういったものを作るだけのノウハウもないんだけれど。
ともかく、最初から生命も魂も差し上げちまうつもりだから、最初っから防御の必要性を感じなかっただけだ。
もしかしたら、悪魔と呼ばれてきたモノの臨在感のみならず、その意思やパーソナリティーみたいなものも感じ取れたのは、その防御のための介在物がなかったたからなのかもしれない。結局、余計なものが挟み込まれてなければ、ダイレクトに相手に触れられるわけだからね。
たぶん、こんなことしたの、魔術史の中でも俺が最初かもしれないな。
それとも……。
もしかしたら俺、召喚した瞬間に悪魔の眷属になってしまったのかもしれない。
悪魔同士ならば、親近感だって持つんじゃないかな。まぁ、そうならそうで、それでも俺は困らないけど。
それに、俺が悪魔の眷属になっているのであれば、「契約」はより絶対だろう。そういう意味では、さらに後悔はない。
ともかく、「契約」は済んだ。
俺は、美子さんの予知の力を出し抜いて、自分の意志を通すことができる。
高校の図書館で読んだ、クラウゼヴィッツの戦争論を思い出したよ。
戦争の目的とは、「相手にみずからの意志を強要すること」
俺がやったことはそれに他ならない。
でもって、こちらにも後悔はない。
俺、彼女とは……。
本当は戦争ではなく、思いを語りたかった。
100日以上の日数を経て、なお俺は彼女を鮮明に思い出すことができる。
彼女はどこまでもどこまでも綺麗で、俺の世界とは別の世界の人間だ。
最初から、俺の心のなかの思いは起きてはならないもの。
だから封印し、決して起こさぬようにしてきた。
俺は償いのために死ぬのであって、恋のためではない。その線は、死の瞬間を通り過ぎるまで越えないと決めている。
だから、これでいい。
死んでも意思が残るのであれば、そのとき初めて俺は他のことも考えよう。
この時点で、俺の命はあと2日。
ついでに悪魔のアフターサービスは万全で、俺の頭の中にはダンプカーに轢き潰される美子さんの明確にイメージが植え付けられていた。
そのイメージはあまりに鮮烈で、場所、時間、雨が降り出しそうな曇天、あまつさえ空気の匂いすらもわかった。
これで十分だ。
これだけの情報があれば、間違いなく俺は入れ替わることができる。
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