第6話 絶望(Despair)


 俺、救いを求めて莉絵さんの方を見る。

「なんとかならないんでしょうか?」

「そういうものでしょ。

 アンタだって、死の予感がどんなものかは知っている。

 繰り返すけど、そういうもの。

 アンタの言い方するなら、知はそこに在るもの。その本質がわかっていないくせに踏み込んだアンタが悪い。

 受け入れなさい。

 誰だって永遠には生きられないんだから」

「それにしたって……」

 俺は食い下がる。


 曲がりなりにも、コミュニティとして繋がっているんじゃなかったのか。

 それも同じ高校で、さらに身近な仲間のはずだ。

 それなのに助けようなんて気、まったくないのかよ。


 わかってはいる。

 莉絵さんのたぬき顔のふんわりしたイメージは、この娘の内面をまったく反映していないってことを。

 でも、あまりに完璧に綺麗な娘と比べたら、こちらの方がまだ人間の感情を持っているんじゃないかって……。

 そう俺は惑わされたんだ。


「この世にしがみつかせようだなんて、アンタ、馬鹿じゃない?」

 身も蓋もないな。

 このたぬき顔は。

 仮にも友達が死ぬって話しているのに、それをなんとかしたいっていう相手に投げる言葉がそれかよ……。


「死にたくはないですよね?」

 改めて俺は、美子さんに極めて馬鹿な質問をした。

「死ぬのはいい。

 でも、死ぬのは嫌だと足掻いて、結果として他の人に死が振り替えられてしまったら……。

 私はそちらの方が嫌」

 美子さんの言葉に、俺は凍りついた。


「つまり……。

 俺のようにということ?」

 恐る恐る俺は聞く。

 聞かずにはいられなかった。


「アンタが悪いのよ。

 せっかく救いを与えてやったのに、素直に帰らずに食い下がるから」

 莉絵さん、俺を容赦なく突き落とした。

「だから誰も、お互い様で立ち入らない。

 なのに、踏み込んできたのはアンタだ」

 俺、この場ですぐに死んでしまいたくなった。


 やはり、俺は人殺しだ。しかも、デリカシーすらもない。

 そして、人殺しにならないためには、俺は自分に迫る死から逃げないという選択肢しかなかった。目の前の美子さんのように。

 そうしていれば、もっと彼女たちの気持ちが理解できたのかもしれない。



 ……そうか。

 やっぱりそうか。

 恐れていたとおりだったか。俺は、救いようのない人殺しだ。

 再度俺はそう噛み締めて……。償うことなんかできないことに、改めて気がつく。

 法律では、こんな罪は裁けないだろう。

 でも俺は、これからの一生、自分は人殺しだという自覚とともに生きることになる。

 そう、73歳まで、56年もの果てしなく長い時間を、だ。

 進学し、就職し、結婚し、子供が生まれ、徐々に老いていく。無意識に刷り込まれた、そんな自分の未来のすべてが灰色に塗りつぶされた気がした。


 ……俺、自ら望んで、自分の人生が絶望とともにあることを確定させに、ここまで来たようなものだ。

 それも、自業自得に。

 なら、もういい。投げ捨てたって、いい。

 なら、いっそ……。


「俺が替わりに死のう。

 そうしたら、美子さんは生きられるよね?」

 俺の口から、ぽろっとそんな言葉が吐き出された。


 しーん。

 環境雑音も全て消え失せた気がした。

 美子さん、無言。

 莉絵さんも無言。

 それでも、たっぷり5呼吸分の時間が過ぎて、美子さんは氷のような冷徹さで言葉を紡いだ。


「私は、誰かを替わりにはしたくないと言った」

「替わりかもしれないけれど、自分の人生、俺はもう終わりにしたい。もう、俺、生き続けるにしても、自分で自分を責める生き方しかできない。ならいっそ、綺麗にカタを付けたい。

 となると、無駄に失うより、なにかに使ってもらえるならば、俺も嬉しい。

 余剰的な意味でしかないから、替わりと言えば替わりでも、身替わりじゃないよ。せいぜいリサイクルみたいなもんだ。

 120日後、俺はどこに行って始末をつければいい?」

 俺はそう畳み掛けていた。

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