第4話 混線(Crosstalk)


「ごめんなさい。

 そのことの基本的なことも解らないので、話を聞きに来ました」

 俺、そう話しかけた。

 まだ、まともな自己紹介すらしあっていないというのに、だ。


 それには、たぬき顔の方が答えてくれた。

「力があるのよ、あなたにも。

 友達が死んだからと言って、それが君のせいと考えるのは短絡的すぎ。

 混線クロストークが起きて、その死ぬ友達の視点を横から見ていただけ、ってこともありうるでしょ?」

 ……なんで?

 なんで俺の抱えている問題がわかったんだ?

 今まで誰にも相談したことはないし、この場でだって、なにもまだ話してないぞ。


 よほどにその疑念、俺の顔に出ていたんだろう。

「説明に無駄な時間を使う気はない」

 たぬき顔はそう言い放った。

 語調が強い。

 たぬき顔から連想する、ほんわかしたものとは無縁の態度だ。


 たぬき顔は、俺のことがわかっている。そしてそのわかっているということについて、一切説明する気はないし、そのままこういうものだと受け入れろと言っているわけだ。


 それでも……。

 それでもだ。

 俺の心、一気に軽くなった。

 そか、かつての同級生の運命を、俺があらかじめ見ていただけに過ぎないなら、俺に責任はない。そんな可能性もあるんだという発見が、俺の心を浮き立たせていた。


 まだ、相手の人柄を知ることができるほど話してはいない。

 それでも、信用できる気がした。そして、不思議とそういうものだと納得していた。

 あとから考えれば、俺自身が納得したいと望んでいたのだから、まぁ、当然のことなんだろうけれど。


 そこで、綺麗な方が、すっと目を細めて俺を見た。

「73」

 そう呟く。

「なんのことでしょうか?」

「これからの、あなたの寿命。

 病死。

 西日の差す部屋で、ね。

 大丈夫、君の予知の力、大したことない。思春期の不安定さから、莉絵の言った混線クロストークが起きただけ。

 数年で消えるから。

 そうしたら、あとの56年、今回のことは忘れて普通に生きなさい」

 そか、たぬき顔の名は莉絵さんか。


 ただ……、これで一気に話が胡散臭くなった気がした。

 遥か遠くの未来のことなのに、あまりに話が具体的すぎて、いい加減なデマカセを言っているようにしか聞こえない。

 あまりに突慳貪な莉絵さんの態度に対してフォローしようとしたのか、ひょっとして俺のことを可哀想と思ったのか。

 だけど逆に、言うことは厳しいけど、だからこそ莉絵さんの方が信じられる、そんな気がした。



 莉絵さん、そんな俺の心を見抜いたのだろう。

「ま、そうよね」

 とか小声でつぶやいて、ため息を吐いた。

「アンタのためじゃない。美子みこのためよ。

 鉛筆、持ってる?」

 と、俺に聞く。


 俺、一応、筆記用具は持っていた。そりゃあ、一応は進学校にいるからね。

 その中には、マークシートを塗りつぶす用に、鉛筆も数本入っている。

 でもって、綺麗な方は、美子さんか。


「ちょっと持ってて」

 莉絵さんにそう言われて、俺は鉛筆を立てて握った。

 綺麗な方が、また、すっと目を細めた。


 次の瞬間、鉛筆の上半分が、かんって壁に叩きつけられた。

 俺の手にはなんの衝撃もなかった。

 俺の手に握られたまま残された鉛筆の下半分、その折れ口は、力づくでへし折られたようにぎざぎざに荒れている。


 人は驚くと固まる。

 そして、呆然と俺、2人の顔を交互に見る。

 美子さんの声が響く。

「『だれだれの寿命を言い当てたことがある』なんて言っても、信じないでしょ?

 でも、嘘を言っているつもりはないよ。

 わかったら、救いと安心を胸に帰りなさい」

 そう言われて、俺は悩んだ。


 心の半分は恐怖で満たされていたものの、残りの半分は自分もこの世界に少しは関わっているという自負と、そこからの好奇心でいっぱいだった。

 それに加えて、本物の力をこの目で現認できたって経験は、俺にもその片鱗はあるはずだって、選ばれた者の愉悦も生じさせていた。


 俺はもう一度、手の中の鉛筆を見る。

 その折口は、この力の本質、その荒々しさを象徴した姿のように俺には感じられた。

 こんな経験をしたあとで、「帰りなさい」と言われたからって、素直に帰れないだろ?

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