故郷へ

ジョンブルジョン

故郷へ

「気をつけ!」


 シバ中隊長の掛け声で、パイロットスーツを装備した隊員達が、直立不動の姿勢を取る。


 駐機場に集められた全員が見守る中、壇上に白い制服に身を包んだ女性が登り、俺達に視線を向ける。


「休め。私は極東方面軍、地球防衛艦隊所属、第十三独立機動艦隊のキサラギ一等宙佐だ。

 先ずは、着任おめでとうと言っておこう。

 これより諸君は地球を離れ、外宇宙侵略生命体討伐の任に着く事となる……」


 キサラギ・レイカ……


 俺達が着任した艦隊の司令官は、幼顔のせいで実際より若く見られる顔を精一杯引き締め、隊員に激励を飛ばしている。


 ブラウンにもブロンドにも見える髪の毛を無造作に後ろで束ね、真新しい艦隊司令官の制服に身を包んだ……俺の幼馴染みだ。


 レイカは8年前に突如起きた、侵略生命体による地球への攻撃。『第一次侵略戦争』で両親を失った。


 当時15歳だったレイカはその後、両親の仇を取る為軍に入隊。


 元々頭の良かった彼女は直ぐに頭角を現し、あれよあれよと言う間に出世。


 今では艦隊司令官として、第一線で活躍している。


 しかしいくら頭が良くて、適性が有ったとしても、こんな短期間で艦隊司令官になれる訳も無い。


 この8年で3回の侵略戦争が起き、人類の数は激減していたのだ。


 それ故の抜擢でも有る。


 つまりは人手不足。


 多分もう一度大規模な侵略が行われれば、人類は滅びるだろう……


 俺も彼女を追う様に軍に入ったが、凡人で有る俺は、当然彼女に追い付ける訳も無く。

 それでも彼女の近くに居たい一心で、何とか航宙機パイロットとして同じ船への乗艦が決まった。

 

 そして、いよいよ今日、宇宙うえへ上がる。


 同じ艦隊に所属出来たのは、全くの偶然と思っていたが、噂では彼女の推薦が有ったとか無かったとか。


 兎に角、これで俺は彼女を守る事が出来る。


「……では諸君、宇宙うえで会おう」


「全員持ち場へ着け!

 60分後に出撃! αアルファ小隊は予定通り艦隊司令官のエスコート、忘れるな!」


 レイカの、艦隊司令官としての訓示も終わり、シバ中隊長の命令で一斉に解散した。


「コマキ二等宙尉。司令官がお呼びだ」


 自分の愛機へ向かおうとした所を、シバ中隊長に呼び止められる。


 レイカが俺を?


「シバさん、司令官が俺に何の様です?

 しかも出撃直前に」


「俺は知らんよ。直接司令官に聞いてくれ」


 俺は駐機場脇に建てられたテントに案内される。


 シバさんは別れ際、俺の肩をガッと掴み、顔を近づけると、


「くれぐれも失礼の無いようにな。

 それと面倒ごとは起こすなよ、良いな」


「イ、イエッサー」


 凄みをこれでもかって位効かせるシバさんに、ビシっと敬礼で応える俺。


 やれやれ、随分信用無いな、俺。

 

 確かに、航宙隊に入る為、随分無茶な事はして来たが、命令違反は数える程しかして無い筈なんだがね……


「失礼します! コマキ二等宙尉、出頭致しました!」


「入りなさい」


 テント前で到着を知らせると、直ぐに中へ入る事を許可される。


 中へ入ると、レイカが一人で待っていた。

 

 そして俺の顔をみるや、


「ジュン君……」


 と、言って俺の胸に飛び込んで来る。

 その顔は、威厳ある艦隊司令官のそれでは無く、俺が昔から知る幼馴染みの顔だった。


「レイカ……久しぶり」


「良かった。ジュン君生きてた……」


 俺の胸に顔を埋め、スンスンと鼻を鳴らすレイカ。


「私頑張ったよ、やっとパパとママの仇を討ちに行けるの」


 俺は弱々しく呟くレイカの細い肩を抱きしめ、頭を優しく撫でる。


「ああ、お前は良く頑張った。

 仇討ち、俺も力を貸す。奴らを根絶やしにしてやる」


「うん。有難うジュン君。でも……」


 レイカは俺から身を離し、半ば艦隊司令官の顔に戻ると、


「私の許可無く死ぬ事は許しません」


 と、言ってニコリと微笑む。


 お前の為なら命を差し出しても良いと思っていたが、どうやらそれも叶わなそうだ。


「了解。艦隊司令官殿」


 ビシっと敬礼で応えると、レイカも答礼を返し、二人で笑い合った。


 レイカと別れた後、俺は自分の愛機『FX-9』へと向かい、最終チェックに取り掛かる。


 FX-9は気圏内外両対応の航宙戦闘機で単独による、大気圏突破能力を有した最新鋭戦闘機で有る。


 固定武装は、20mm6連装レーザーバルカンが2門、それ以外は両翼の下にハードポイントが有り、任務に応じた武装へ換装する事が出来る。


 今は非戦闘時なので何も付いておらず、やや心許無い羽を撫で、コックピットへ潜り込む。


 手早くチェックを終わらせた俺は、レイカの搭乗するシャトルに目を向けると、向こうも丁度乗り込む所だった。


 こちらを振り向いたレイカと一瞬目が合った気がしたが、直ぐに機内へと消えて行く後ろ姿を見送る。


『管制塔よりα小隊へ。3番滑走路クリアー。離陸位置へ』


「了解。αリーダーから小隊各機、3番滑走路へ移動」


 俺は随伴機で有る、α-2とα-3へ無線を飛ばし、指定された滑走路へ機を向かわせる。


「α-1。離陸準備完了」


『α-2。離陸準備完了』


『α-3。離陸準備完了』


 各機が準備完了を伝える。


 いよいよだな……


『司令官シャトルテイクオフ。

 α小隊は15秒後に発進せよ』


「了解」


 俺がスロットルをじわりと上げると、二機のジェットエンジンを唸りを上げ始める。


「α-1発進!」


 一気にスロットルレバーを最大出力へ叩き込み、アフターバーナーを稼働させ一気に大空へ舞い上がる。


 機首をほぼ垂直に立て、先に発進したシャトルを追う。


 シャトルは旧式のロケット推進機。


 白煙を上げ上昇を続けるシャトルを見付けるのは容易だった。


「高度120km。ロケット推進へ切替」


 吸気口が閉じ、空気の代わりに推進剤がエンジンに注入されると、一気に機体が加速し、身体がシートに押し付けられる。


 マッハ3.5まで加速した機体はシャトルと並走するように、地球の重力を振り切り、宇宙うえへと上がった。


          ✳︎


 航宙母艦『飛龍』

 それが俺の乗り込む船になる。


 全長2200m、全幅333m、光速の96%まで加速出来る亜高速エンジンを備えた惑星間宇宙空母。


 今回の作戦に参加するのは、各国より招集された地球防衛艦隊の90%とされる大艦隊になる。


 レイカの率いる極東方面軍としては、空母3隻、駆逐艦6隻、それに旗艦として、レイカの乗り込む超ド級戦艦『大和』の計10隻が参加する。


 大和は全長7200m、全幅1800mに及ぶ世界最大級の船である。

 噂によると新開発のニュートリノエンジンで超光速航行、所謂ワープ航法も可能だとか。


 ただ、残念ながら実用化に間に合ったのは、大和に搭載された物だけなので、結局他の船と足並みを揃える為、今回は使用されない。


 正に総力戦。


 この作戦が失敗すれば丸裸となった地球に明日は無いだろう。


 何れにせよ、もう一度大規模な侵略戦争を仕掛けられれば、地球は滅びると言われているので同じ事だが……


 侵略生命体による太陽系侵攻は、既に土星宙域まで完了しており、そこに居る侵攻部隊へ殴り込みを掛けるのが今回の作戦だ。


 奴らが何の目的で、何処から来たのかは解らない。


 この作戦が上手く行ったとしても、次の侵攻部隊を呼び寄せるだけかも知れない。


 これは地球人の最後の意地。


 せめてもの意趣返し。


 全くの無意味に終わるかも知れない作戦に、俺達は命を掛ける事になる。


『これより亜高速航行に入る。土星宙域到達まで86分』


 飛龍へ乗船した翌朝。館内アナウンスが流れ遂に作戦決行の時が来た。


 土星までの距離は、約15億km。


 亜高速航行で僅か90分の距離。


 たった1時間半後に俺達の戦いが始まる。


 FX-9へ乗り込み出撃待機をしていると、プライベート回線で通信が入った。


 回線を開くと、ヘルメットのシールドモニターにレイカの姿が映し出される。


『ジュン君……』


 今にも泣きそうな顔のレイカは、俺に何か言おうとしているようだが、上手く言葉にならないようだ。


「おいおい、艦隊司令官がそんな顔してちゃダメだろ。

 トップの人間は不安を表に出すなって、士官学校で習わなかったか?」


 俺の軽口に少しだけ緊張が和らいだのか、レイカの表情に笑みが戻る。


『そうね。私が不安がったら、部下はもっと不安がる。上に立つ者はどっしり構えて、何食わぬ顔してろって教わったわ』


「だろ? で、どうした?

 わざわざプライベートで話しかけてきたんだ。何か大切な用事だろ?」


『うん……私達、地球に帰れるのかな?

 もし地球に生きて帰れたら、ジュン君に言いたい事が……』


「おっとそれまでだ。良いか? 世の中には死亡フラグって言う言葉が有ってな?」


『もう、また冗談言って誤魔化す』


 頬を膨らませ不機嫌そうな表情をするが、本当に怒った訳で無いのは知っている。


「それに、そう言うことは男の方から言うのが筋だと思ってる。

 だから生きて帰れたら俺から言うよ。

 待っててくれ」


『解った。待ってるね』


 その言葉を最後に通信は切れ、コックピット内に静寂が訪れる。


 生きて帰れたら……か。


          ✳︎


 正に激戦だった。


 戦闘の火蓋が切られてから、既に3時間が経過していた。


 何度か補給に戻ったが、その度に味方の数は減って行く。


 艦隊の6割は、轟沈若しくは戦闘行動不能。


 極東方面軍としても、旗艦『大和』と空母『飛龍』を残すのみとなっていた。


「補給急げ! 直ぐに出すぞ!」


 推進剤と核弾頭ミサイルを補充し直ぐに発艦。


 もう何度目だ……?


 この戦いはいつまで続く?


 消耗し切った身体に興奮剤が強制的に投与され、視界が一瞬赤み掛かる。


 やれやれ、休ませても貰えない。


『アイオワ沈黙! ネプチューン航行不能!』


『ドレッドノート被弾! 救助要請!』


『ビスマルク、敵中型艦に向け突貫……』


 オープン回線で次々に流れてくる被害報告。


 それが流れる度、数百、数千の命が漆黒の闇に散って行く。


 負け戦。


 その言葉がピッタリな戦い。


 だが、俺はまだ生きている。


 敵を照準に捕らえ、レーザーバルカンのトリガーを引く。


 本来見えないレーザー光を、擬似的に可視化した光の線が敵機に吸い込まれ、爆発四散させる。


 小型艦へ肉薄し、土手っ腹にミサイルを撃ち込み船体を半分に叩き折る。


「α-2! 後方に敵機、回避しろ!」


 俺の忠告も虚しく、α-2は火球に包まれ沈黙した。


 これで僚機も全て失った。


 レーダー上に映し出されるIFF(敵味方識別)は、敵を示す赤い光点で埋め尽くされている。


 数が違い過ぎる……


 敵の旗艦と思われる大型艦には、近付く事すら出来無い。


『これより大和は敵大型艦に向け、極短距離超光速航行を行います。

 航路上の味方機は直ちに退避して下さい』


 なっ! レイカ死ぬ気か!?


 大和自体を巨大な弾頭に見立て敵艦に突っ込ませる。つまり特攻……


 大和を見れば、退艦命令が出たのか。

 小型の脱出艇がバラバラと放出されて行く。


 まだ動く事の出来る他の艦艇は、脱出した大和乗員の救助を優先して行なっていた。


「レイカ!」


 俺は全回線でレイカに呼び掛ける。


 もはや誰に聞かれようが知った事では無い。


『こちらキサラギ一等宙佐だ。

 コマキ二等宙尉に継ぐ。直ぐに戦闘宙域を離脱し付近の艦へ帰投しなさい……』


 レイカは敢えて艦隊司令官の仮面を被り、命令口調で俺に伝えて来る。


「ふざけんな! 一人で行かせるかよ!」


 俺は今にも加速し、光の向こうへ消えようとしている大和のブリッジへ機体を貼り付かせ固定した。


 直後、最大出力へ到達した大和のニュートリノエンジンは、その巨体を光速の1.1倍の速度まで加速させる。


 側から見ていれば、大和の巨体が一瞬で消え去り、気が付けば敵大型艦へ突き刺さったかと思うと、諸共に恒星を思わせる眩い光球へと変わったかに見えたであろう。


 光球と化した両艦は周りの敵艦艇を次々と飲み込み、消失させる。


 敵艦隊の消滅を確認した地球艦隊は、救助作業完了後、艦首を反転させ地球帰還航路へと着いた。


 そして、後には静寂だけが残された……


          ✳︎


 レイカ、今いくぞ。


 光が艦尾に吹っ飛んでいく中、俺は大和の外部ハッチをこじ開け、内部に入り込んだ。


 光速を超えたこの空間と外では時間の流れが違う。


 大和は、敵艦に到達していなかった。


 ブリッジ最上部に有る戦闘指揮場の扉を開くと、レイカが一人艦長席に座っていた。


「どうして来たの? ジュン君には死んで欲しく無かったのに」


 レイカはこちらを見る事もなく、ポツリと呟く。


 俺は艦長席に近付くと、レイカの腕を取り強引に立たせ、こちらを向かせた。


「死ぬつもりも、死なせるつもりも無い。

 一緒に帰るぞ、地球へ」


 俺の言葉に呆然としているレイカを引っ張り、外部ハッチへ接続したFX-9へ戻ると、狭いコックピットへ無理矢理二人分の身体を捻じ込む。


「しっかり掴まってろよ!」


 レイカの答えも聞かず、固定を解いた機体を大和艦尾へ向け急加速させる。


 後方に眩い光球が発生し、全てのものを飲み込んでいくのが見えた……


「これからどうするの?」


「地球へ帰る」


「どうやって? この機体に亜高速エンジンは積んでいないわ。

 帰り着く頃には私お婆ちゃんね」


 自嘲めいた笑みを浮かべ、笑えない冗談を言うレイカ。


 俺は機種を地球へ向け一度エンジンを吹かすと、直ぐに止めた。


 現在の速度はマッハ3。


「緊急用の装置が付いている。

 知ってるだろ?」


 ハッとした表情のレイカ、どうやら気が付いたようだ。


「冷凍睡眠……」


「そうだ。

 自動操縦で地球圏まで飛ぶようにセットした。寝て覚めたら地球に到着だ」


「一体どれだけの時間が掛かるのかしら」


「そうだな〜ざっと計算してみた感じだと、1100年って所だ」


「途方も無いわね」


「俺達には一瞬さ」


「誰も見付けてくれないかも。

 それどころか、人類は滅んでるかも……」


 俺は、ネガティブな言葉ばかり発するレイカの口を強引に塞ぐ。


「……ふぅ。ファーストキスがこんな場所って……」


「こんな所とはご挨拶だな。最新鋭航宙戦闘機だぜ?」


「ムードの話よ。夜景の見える丘の上とか、夕日が沈む浜辺とか、色々有るでしょ!」


「帰ったらいくらでも連れてってやるさ」


「帰ったら告白もしてくれるのよね?」


「覚えてたか……」


「忘れるとでも?」


「約束は必ず守るよ」


「じゃあ生きて帰り着かないとね」


 そう言うと、今度はレイカの方から唇を重ねて来る。


「ムードとは?」


「そんなのどうでも良いわ」


 そして3度目のキス。


「これ以上は興奮して寝れ無くなりそうだ」


「そうね、じゃあそろそろ……」


「あぁ、おやすみ……」


 二人を乗せた機体は、ゆっくりと、だが確実に進む。


 故郷地球へ向かって……

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