4-4.
既にブリーフィングルームにはORBS小隊のメンバーが勢ぞろいしていた。
机のタブレット端末には展開した部隊が表示され、キルポイントを縫うように動く赤い点を追っている。
インナースーツの上にフライトジャケットを羽織ったままだと、椅子に座ったとき違和感があった。隣のハモンも同じく勝手が悪そうに座り直すのを、シズが不思議そうに見てくる。
「全員揃ったよ」
五番機のクスネがトツカの前に水のカップを置いて、シズにうなずく。
部屋には、まだ汗とオイルのにおいが充満していた。実技はほとんどオートパイロットで飛んだだけだったが、やはりどいつも飛行後の疲労が隠せていない。
「陸軍の特機小隊が出動できないことになった」
シズが手元の端末を操作し、画面からBSと書かれたアイコンが削除される。
「手柄を挙げたい海軍から圧力がかかったみたい。私たちはすでに提出した飛行計画を修正して戦闘に参加します。今回は、陸軍航空隊のサポートを受けられないと思って」
「
ハモンが指で机をたたきながら言った。こいつ、さっきから目が泳ぎっぱなしだ。
「ヒト型が一体。警備中だった普通科第三小隊のIFVを取り込んで、港に向かってる」
全員、わずかにたじろぐのが感じられた。
表向きには、人間に擬態するタイプの
「それじゃ……」
「で、私たちのやることは? ぶっ放すの?」
クスネがハモンを遮った。シズはうなずいて、画面に矢印を追加する。
「ターゲットは現在、高速道路をヨコスカ方面に西へ向かってる。手薄なヤマナカから北上して来ることが予想されるから、私たちは砲兵連隊が展開できるまで足止めする」
「分かった、了解」
「あ……教官も出るらしいから、みんな安心してね」
それは全然フォローになってないと思う。
グリーンウェアを着けて格納庫からエプロンに出ると、整備小隊が機体のタキシングを終えたところだった。
テスト用の簡易グリーンウェアを着た整備員が一番機から下りてきて、シズに敬礼する。
「こっちの発進準備は出来てます! 義装をお願いします!」
「ん、ありがと」
トツカも三番機から下りた整備班長から書類を受け取り、ざっと目を通す。
さっきとセッティングはほとんど変わっていなかった。武装に手持ち式のロケットが追加された程度だ。
「帰還機の収容は二番ハンガーで行うとのことです。戻ったら向こうの小隊の誘導に従ってください」
上級生の整備班長は目をこすりながら言った。
この人にはよくお世話になるが、どうにもマイペース過ぎてたまに不安になる。
「海軍か……あそこ、ヘリコプターの修理機材しか無いんじゃないですか」
「火だるまでろくな消火器も無いウチに戻られても困る、と言っております」
「信用されてないな。オレだって向こうで恥さらしするつもりは無いんですが」
書類を突き返し、三番機に乗り込む。
シズ・カゲキ――港に向かっていると言っていた。何がしたいのだろう。
窮屈な脚部スラスターユニットに足を突っ込み、安全帯で身体を固定して、ヘルメットを下ろす。つい三〇分前にも同じことをしたのに、もうげんなりしている自分がいる。
爆音がしたので目を上げると、第二小隊の連中が飛び立つところだった。
尾翼に青帯を塗ったカリバーンが爆炎を上げて空に消えていく。爆装した機体が視界から消えるまであっという間だった。
連中は実技飛行に参加していない。あれだけでは足りないから、トツカたちも出動しろという話だった。
「たかが一体に総力戦かよ」
自分で口に出すと、少し気が楽になった。
そうだ。たかが
「コントロール、B03。離陸準備よし」
滑走路に出てエンジンの出力を上げていく。すぐに管制室から返事があった。
「B01、03、コントロール。離陸を許可する」
「コントロール、B01。発進します」
シズの機体が腰を落とす。アフターバーナーが焚かれ、衝撃波と一緒にORBSの姿が消える。
「……B03。こちらも発進する」
トツカもアフターバーナーのアイコンに視線を合わせて
飛び立ってすぐに陸軍のチャンネルから通信があり、部隊とコールサインの確認が行われた。
正規の戦闘指揮所がようやく立ち上がったらしい。連隊長の怒号が通信越しに聞こえてくる。
「目標は依然、高速道路をヨコスカ方面へ進行中。ムラクモのORBSが三分で現着します」
通信手がオープンにしたままの回線で報告していた。
「町の封鎖はどうなっている?」
「民間人の避難が難航しています。あ、航空母艦『ヤシマ』にて機関の始動を確認。港を出るようです」
「ふざけやがって……FDCに連絡。目標の予想経路を砲撃する。観測はムラクモの第二小隊にやらせろ」
眼下の町並みが急に途切れ、山並みが視界いっぱいに広がる。
高速道路の上は急停止した車で溢れかえっていた。いくつかは衝突して煙まで噴いている。目を凝らすと、道路のアスファルトには二本の
トツカたちが高度を上げると、奥で動くヒト型の影が見えた。
「本当に人間なのか!」
ハモンが悲鳴を上げた。
深緑色のボディは、歩兵戦闘車の装甲が変形したのだろう。両サイドに突き出た脚部はパワーユニットを改造したバックパックと一体化して、剥き出しの履帯で地面を削りながら躯体に速度を与えている。
頭部にはブレーキランプが変形した標識灯が埋め込まれて複眼を作っていた。
ばらばらになった各部は液体金属が繋ぎ合わせているようだが、わずかに覗く中枢は明らかにヒトの形をしていた。古めかしいグリーンウェアを着た男だ――その口が、裂けるように笑みを浮かべた。
「BS2、現着。攻撃の許可を!」
第二小隊の隊長が裏返った声で言う。トツカの場所からでも、路上に取り残された人々が見えた。
「BS2、CP。攻撃は許可できない。避難を待て」
「目標の進路上に民間人がいます。いま撃たないと被害が……」
「誤射するくらいなら殺させろ! 責任も取れないヤツが撃つんじゃない!」
右肩に装備された35mmの機関砲がにぶく光った。ぱっと白いマズルフラッシュが上がり、ORBSの一機が炎に包まれる。
「B08、被弾――メインエンジンをやられました!」
「基地に戻れ! 消火班に連絡を!」
報告のあいだにも徹甲弾が次々と第二小隊のORBSたちを撃ち抜いていく。隊長が「お願いします、撃たせてください!」と何度も繰り返し叫ぶのが聞こえた。
残った小隊機が回避行動をとると、
「あんなところで撃つなんて……」
クスネが呆然と言うと、シズの歯ぎしりが聞こえた。
「あれが人間を相手にするってことなの。早く押さえないと」
そして高速道路の防音壁が突き破られる。
数瞬の間を置いて、下のゴルフ場で巨大なクレーターが口を開けた。爆心地で駆動音が鳴り響き、巻き上げた土煙を突き破って
「……CP、BS1。目標が高速道路を降りました。28号線を目指して北上」
クスネの報告する声でトツカも我に返った。
眼下の
距離200。射界に盾にできるものは無い。今のこいつは撃てば殺せる。
「B03、目標を捕捉。民間人は確認できません」
「了解。攻撃を許可する」
照準リンクを小隊に繋いだ瞬間、シズが叫んだ。
「射撃開始!」
矢継ぎ早に発射された対地ロケットの噴射炎が、
黒煙を上げる森に、静寂が戻る。
トツカが報告しようとした直後、小さな音が響いた。
目の前に泥の柱が立つ。破裂音とともに地面が吹き飛び、ふたたびターボディーゼルの爆音が鳴り響く。ロックオンし直す間もなく土くれにまみれた巨影が森を飛び出し、県道に降り立った。
「冗談じゃない……!」
地表で対空ミサイルを起爆させて即席のバンカーを作ったのだ。生身でやれば自爆となんら変わりない。
「四番機と五番機は第二小隊と合流! 向こうの隊長機の直掩をお願い。トツカくんと私で追撃するよ!」
シズがランチャーを投棄し、レーザーカノンに持ち替える。
了解、とハモンたちが返して街へと飛んでいく。シズも亜音速で飛び出したので、トツカも急いで追った。
「本当にシズ・カゲキか?」
インター前の立体交差を抜けて飛びながら、
逃げ切れるはずがない。いくら武装で固めていても向こうの移動装置は履帯だ。カリバーンの機動力とは雲泥の差がある。
「見たでしょ、あのヘルメット」
そう答えるシズの声は不自然なくらい落ち着いている。
「ああ。『グラム』に似てるとは思ったけどな……」
「兄も格闘戦じゃ35ミリの機関砲を使ってた。あれ、意図的に似せてるんだと思う」
テロリズムはショー、とヒシダテは言っていた。どこまでが演出なのだろう。
レーダーが反応して、敵の姿を捉える。
カゲキは前方のトンネルに入るところだった。さっきの爆風で履帯が破断したらしく、歯車型の
撃てる、と思った。
そんなに長いトンネルじゃない。回り込んでレーザーで焼けば、ヒトひとり簡単に殺せる。
「……トツカくん?」
「あ……いや。三番機、追います」
トツカは高度を下げてトンネルに突っ込んだ。
がちがちと歯の鳴る音が聞こえた。
ほんの一秒でも、他人の家族を『殺せる』と思ってしまった。
命令も無いのに、今、自分は撃とうとした。そのことに何ら疑問を持たなかった。知り合いの兄を死に追いやることを当然だと思ってしまった。
入ってすぐにターゲットはすぐに捕捉できた。トンネルの出口に向かって真っ直ぐ走っている。
「B03、捕捉した……撃つぞ」
「B03、B01。射撃せよ」
レーザーカノンをマニュアル照準に切り替える。
狙いはバックパックだ。殺す必要はまったく無い。足を止めればこいつも諦める。
レティクルに表示された相対距離のカウントが狂ったような速さで減っていく。跳ね散るアスファルト片がバイザーを打った。地面にこすった膝が耳障りな音を立てる。
敵が振り向く。赤い標識灯の奥に、妹そっくりのオレンジの瞳が覗いた――気がした。
トリガーを引いた瞬間は目をつむっていた。
小さな反動があり、白い閃光がまぶたを突き刺し、すぐに消える。ふたたび目を開けると、レーザーの熱で変形した壁が真正面に迫っていた。慌てて機体を傾けたとき、かちりと小さな音が聞こえた。
「ん――――」
腰に何かが引っかかっていた。金属製の鉤爪のようだ。そいつがぐにゃりと形を変えて、グリーンウェアの生地に食い込む。爪の根本からは後ろへと牽引ロープが伸びていた。
いきなりロープが張り詰め、壁へと叩きつけられる。
吹き飛んだ動翼がトンネルの天井に突き刺さった。マニピュレータが圧し潰したLED灯が背中の下でスパークし、コンクリの破片が頭上から落ちてくる。
ウインチがロープを巻き取る音が響き、目の前に『グラム』の顔が現れる。
被弾でバックパックは吹き飛び、引きちぎられた伝達ケーブルが垂れ下がっていた。
あらわになった細身のボディはまぎれもなく在りし日の英雄だった。装甲の裂け目から銀色のしずくを滴らせながら、男が息を吐く。
焼け焦げたヘルメットに赤い複眼がぎらついた。ジャンクを組み合わせた腕がトツカの肩を握ると、トンネルの出口まで投げ飛ばした。日に当てられて眩惑したところに、またグラムが追いすがる。
避ける間も無くのしかかられた。
「きみ、手加減しただろ」
泥にまみれた膝が、トツカの身体を地面にはりつけにする。
獣のにおいが鼻を刺す。男が開いた口から唾があぶくになってはじけた。
「死ぬ気で来いよ。殺してやるから」
「く……!」
上空で甲高い機関音が聞こえた。
降下してきたシズが左手を上げる。腕に固定された機関銃がぎらついた。
男も顔を上げて、ふたつの視線が交差する。火花が散るような一瞬の間をおいて、銃弾の雨が降り注いだ。
それでいい、と男が叫んで機関砲を担ぎ直す。
「ずいぶん軍人らしく撃つじゃないか、キョウカ!」
トツカの身体を蹴り飛ばし、地面に足を食い込ませて三連射する。シズが急制動で回避したところに、さらに射撃を加えて歩き出す。
衝撃波でシズのヘルメットが吹き飛んだ。彼女の応射によって男の胸の装甲にもヒビが入る。
互いに急所狙いだ。こいつら、殺し合ってる。
トツカは道路を這いつくばりながら、総毛立つ身体を感じた。
やめてくれ、と叫ぼうとすると血の混じった唾があごを伝った。
さっきのしかかられて肺が傷ついたらしく、空気を吸ったときの音がおかしい。右手も力が入らなくなっていた。
必死の思いで振り向いたとき、シズの顔が一瞬だけ見えた。
汗にまみれながら、彼女は無表情に撃っていた。家族を殺す逡巡なんてひとつも無い顔だった。
「あ……あ……」
シズの脚部を砲弾がかすめる。尾翼が半分ほど欠け、機体が安定を欠く。
男が銃口をポイントする。
一秒、間があった。
「来たか」
急に男が後ろに飛びのく。
直後、上空から白い光が降り注いだ。
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