2-2.
ナゴシ・ナルメという女をひと言で説明するのは難しい。
美人か?
美しく見せることの上手い人間ではある。
有能?
本音は見せないが、建前だけで結果を出せるから信頼されている。
生徒会長、新聞部、三回生。
彼女の肩書きは多い。しかしそれで本人の性格は分からない。何も考えていないようで、しっかりとした芯を感じるときもあれば、やはりふらふらと揺らいでばかりのときもある。
爪を見せない鷹。あるいはその振りができるトンビ――誰かがそう言っていた。
「はい、どうぞ」
トツカがハムエッグの皿を取ってくると、スティーリアがコップをふたつ置いた。
席はいつもの壁際。隣では眼鏡をかけた女が座って、分厚い資料を読みこんでいる。
さっきからナゴシ女史は黙りこくってばかりだ。ファイルの紙には顔写真が載っていた。女の顔のように見えたが、トツカが確かめる前にページがめくられた。
少しすると、ナゴシは資料を机に置いて、眉間をほぐした。そのとき初めて気が付いたように机上のコップを見て、スティーリアに首を傾ける。
「これ、私がもらっていいのかな」
「はい。どうぞ」
ナゴシは水を飲み干すと、既に置いてあった自分のコップの横に並べた。
士官科の先輩は、今日が研究発表会だったらしい。声が微妙にかすれていた。
「トツカくん、怪我はもう大丈夫か?」
「あ、さっき病院に」
トツカは腕をまくってみせた。ナゴシはふんふんと鼻を鳴らしてフォークを手に取る。
「いつも巻き込まれてばかりだね」
「慣れました。そういう家系なんだろって……」
「ヒーローの家ってことかな」
「さあ。面倒ごとの処理が上手いってぐらいの意味ですが」
トツカもハムエッグを口に運んだ。寮の食事は学校の厨房から配達されるもので、それなりに美味い。今回も、塩気のきいたハムが固焼きの卵とよく合っている。
「私は
ナゴシはため息をついた。
「転入生? どこからですか」
「書類を用意するような相手ってことだ」
「すみません」
とんとん、とファイルが叩かれる。
「身分が無いんだよ。その子。執行部総出で一からでっち上げしてる最中だ」
「文部省ですか?」
「そ」
ナゴシは不味そうに咀嚼した。
「こっちは
ムラクモ学校は陸軍省の管轄だ。
教科書やテスト問題の一部は他の省庁から融通してもらっているから、ご機嫌を取らないと、全国テストすら受けさせてもらえないと聞く。
「陸軍で教科書を出せばいいのに」
「それが理想なんだが、卒業生みんなが軍隊に入るわけじゃないからな」
「意外っすね」
「まあ。人情として、そういう人間の卒業証書を紙切れにするわけにはいかんのだよ」
ふふ、とナゴシは口の中で笑う。
今回は珍しく彼女の方が先に食べ終わった。
「それじゃ」
と彼女は席を立つと、そそくさと食堂を出た。
去り際にコーヒーを淹れていた。まだ事務仕事は続くらしい。
「大変だね、偉い人」
スティーリアが追加の水を取ってきて、周りが見てないのを確かめながら口をつける。
「帰ってから飲めよ」
「それは命令?」
「
「はい」
「はいじゃないが」
トツカは渡されたコップから残りを飲み干す。
スティーリア曰く、その気になれば空気でも食って生きていけるらしい。身体の中にものをバラバラにするシステムがあって、そいつで重さをエネルギーに変えるんだとか。
「こないだ、クラスで机上演習やったんだよ」
トツカはデザートのゼリーを頬張った。もぐもぐやりながらテーブルに指を置く。
「指揮官は地図を見るだろ。で、兵隊は敵ばっかり見てるわけでよ。ああいう上の人間って、持ってる情報のスケールがまるで違うんだってのが分かっちまって」
「つまり?」
「指揮役がオレじゃなくて良かった。頭がパンクしちまう」
スティーリアは一拍おいて、にやりと笑みを返してきた。
「今の少し面白かった」
「冗談じゃねぇって」
少ししてトツカも食べ終わって食器を片付けた。食洗器にぶち込んだあとで、ぐるりと食堂を見渡して、今日はシズがいなかったことに気が付いた。
色々あったから、疲れて寝てしまったのかもしれない。
部屋にドギーバッグでも差し入れようかと思ったが、「腐るからやめた方がいいよ」とスティーリアに止められてしまった。
「あとで私が適当なの作って持っていくから」
「ああ……悪い。頼む」
部屋の台所で彼女がお湯を沸かす音を聞きながら、トツカは借りたノートを開いた。
シズは翌日になっても登校しなかった。
「トツカくん、きよっぺ知らない?」
ホームルーム活動が終わり、ノートを副委員長に返しに行くと逆に尋ねられた。
トツカは後ろを見る。窓際のシズの席は空っぽのままだった。
「ん……メールは」
「送ったけど、ぜんぜん。部屋で倒れてるかもしれない」
「ハバキ教官には言ってないのか?」
「放課後に見に行くってさ。でも遅かったらアレじゃない?」
トツカは壁の時計を確かめた。幸い、一限目の授業は取っていない。
「分かった、様子を見てくる。ノートの件はありがとな」
「うん、どういたしまして」
寮へ引き返しながら、トツカは気が重くなるのを感じた。
あのクォーツ時計みたいに精確なシズが休んでいるとは。やはり昨日、様子を見に行くべきだったのだ。
寮の入り口に着くと、スティーリアが外の地面を探っていた。
「……何やってんだおまえ」
「ああ、おかえりなさい」
スティーリアは砂だらけになった膝をはたいた。
顔を上げて、気恥ずかしそうに微笑む。
「腕時計、見てない? 古っぽいデザインでアナログのやつなんだけど」
「知らねぇが……シズか?」
「うん。たぶん近くで落としてるって言ってたから」
彼女はこのあいだ買ったショートパンツではなく、古いプリーツスカートに着替えていた。汚れるからわざわざ替えたらしい。
「あいつはこっちには来ねえよ。それより授業に引っ張りに来た」
「また貧乏くじ?」
「こういうのは嘘でも『頼りにされてる』って言うんだよ」
寮の部屋に戻ると、スティーリアはさっそく汚れた服を脱ぎだした。
ガイノイドの彼女は、全身に継ぎ目がある。
身体の方も、腕と比べて妙に脚が長かったり、逆に内臓の詰まってない腰は異様に細かったりと、よく見ればヒト型のシルエットからも少し外れている気がする。
こういうときばかりは、やはり人間ではないのだな、と思う。
合理性だけで再構成された人体だ。
しかし普通の人体というものはもっと無駄があって余裕がある。こんな戦闘機みたいに危なっかしい構造はしていない。
「見とれてるの?」
スティーリアが悪戯っぽく笑う。髪がひと房こぼれて、首すじのバーコードが見えた。
「いや……その身体、自分で造ったのか」
「好みじゃなかった?」
「さあ。でもそのバーコードは、
「英雄シズ・カゲキ直々のデザインなんだけど」
「だったらもっと温もりが欲しいもんだ。花柄とか」
きょとんとされたので、「ジョークだ」と付け加えた。
「ごめんなさい。面白さが分からなかった」
「まあ、いいだろ。早く行くぞ」
シズの部屋は鍵がかかっていなかった。
「お邪魔します」
スティーリアがさっさと入っていく。トツカも続いて、げっと声を上げる。
想像以上の光景が広がっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます