6-3.

 時計機能は搭載していないが、三時間ほど経っただろう。

 出来たばかりの手首で屋根を伝う。かれた鉄板がたわみ、ギイと鳴った。

 格納庫の屋根はうだるような暑さだった。このボディで長居すれば、熱暴走の危険がある。

 教室棟の騒動はほとんど収まって、野次馬の生徒がちらほら見えるだけだった。教官たちが集まって何か話しているが、こちらに気が付いた様子はない。


 人間たちが散ったのを確かめて、ヒシダテは地面に降りる。

 落下した距離は十五メートル程度だった。着地で膝をつくと、衝撃を受けて膝蓋が割れた。すぐに折れた骨を再構成して立ち上がり、格納庫内へと歩く。

 予想よりも移動速度が遅い。

 単純な戦闘なら飽きるほどやってきたが、こんな不格好な姿で任務に就いたことはなかった。

 それを言うなら長期的な任務も初めてだ。しかも勝利を目的としないと来た。


 先ほどの失敗作は、十一年も従事しているらしい。

 人間の身体は牢獄のようなものだ。歩行システムは不安定で、各部の機能も最適化されているとは言い難い。道具である程度は拡張できても、素のスペック自体が低すぎる。

 勝つだけなら、ここまで楽な相手もいない。

「お、ヒシダテ?」

 ORBSの整備庫には学生がひとり残っていた。ヒシダテは笑顔を作って応える。

「教官が『カリバーン』にケロシンを入れろってさ。棄械スロウンが現れたから、哨戒をするらしい」

「まだ当番表は来てないぞ? どいつをやれって?」

「適当でいいんじゃないかな。なんなら僕がぜんぶやるけどね」

「相変わらず働き屋だな。ロボットみたいだ」

 学生は苦笑して給油車の鍵を寄越してきた。


 ジェット燃料を補給するあいだ、ORBSの前にパイロットのグリーンウェアを並べていく。

 用意できたのは五体分。ケーブルにはみっしりと流体金属が詰まっている。

「……行け」

 簡単な命令を出すと、銀色の液体が排気ダクトから流れ落ちた。すべて出し切ると、液体はスライムのように集まってORBSへと触腕を伸ばす。

「こっちは出来たよ」

「おう、プリフライトは任せていいか」

「分かった。そっちはハバキ教官に言ってきてよ」

「ン。そっちも物騒だからすぐ帰ってな?」

「りょーかい。また明日」

 学生は武装だけチェックすると、報告のために格納庫を出て行った。


 誰もいなくなった格納庫で、ヒシダテは『カリバーン』を見上げる。

 形だけなら、前型のグラムと比べると洗練されたように見える。

 しかし彼には、いくつも改良すべき点が見えた。戦闘用にしては搭乗者に気を遣いすぎている。重い防弾装備とステルス設計のせいで、まるでなまくらの刀だ。

 ヒシダテは三番機に身体を収めた。

 ヘルメットを下ろして電源をスタートさせる。電力が巡るにつれて、わずかに身体が大きくなるような感覚があった。冷たいマニピュレータは追加の腕。エンジンは空を飛べる脚。盲人が白杖で世界を知るように、人間はマシンによる拡張で身体をアップグレードする。


 しかし人間のハードウェアはたかが知れている。


「過ぎた力じゃないか」

 限界があるはずだ。ツバメやワシのように、空を飛ぶために特化したアビオニクスを持ち合わせているわけじゃない。機械は際限なく進歩しても、生物としての壁にどこかでぶち当たる。

 我々の方が上手く扱える――と思った。

 昔も同じことを考えた。そのときはまだ人間のことを下に見ていた。

 あの男。純白の鎧に身を包んだ兵士。

 空に適応した人間は、強かった。翼をもがれてなお、こちらよりも戦場を知り尽くしていた。まるで空気の分子すべてがあの男の感覚器のようだった。どこに隠れても焼かれ、どこを攻めても覆された。


『カリバーン』のランディングギアを鳴らして、ヒシダテは格納庫の奥に向かう。

「なあ、君は楽しかったのかい」

 奥のハンガーには物言わぬ抜け殻がぶら下がっている。

 骨のように白い装甲が、光をにぶく照り返した。こいつも今となっては役立たずの遺物だ。首を打たれる罪人のようにうなだれる『彼』に、ヒシダテは語りかける。

「我々に勝っても、君たちはちっとも嬉しそうじゃなかった。だが、勝利とは高揚感を覚えるものじゃないのかい? なんで、悲しそうに勝ったんだ……」


 あの失敗作は、痛いと言っていた。

 この空っぽの感覚も痛みに含まれるのだとしたら、彼には好意を抱いていたのかもしれない。自分たちを圧倒する英雄は、人間よりも棄械スロウンに近いように見えた。

「それとも――」

 視界の端で何かが動いた。

 ハバキ教官がもう来たか。彼女の『グラム』は稼働状態にしている。

 英雄には劣るが、彼女も戦場を知る人間だ。少しは目的にかなうだろう。

 ヒシダテはマニピュレータで棚を吹き飛ばす。床があらわになり、そこで動く発電機が見えた。

「ジェネレータ? ポンプか?」

 ごうごうと予備の給油車が音を立てていた。突き刺さった燃料移送パイプが壁を這うように伸びている。先端は目の前の『グラム零号機』に繋がっているように見える。


 ヘルメットのバイザーに赤い光が灯った。


 火球が膨れあがって格納庫の壁を吹き飛ばす。ヒシダテが身構える間もなく、竜の爪のようなマニピュレータが身体を握り潰してきた。金属のしずくが飛び散り、グラムの顔に銀色の線を引く。

『グラム』の巨体が、固体ロケットの加速によって格納庫の床を滑っていく。

 火花が列をなして咲き乱れ、衝撃でめくれた鉄板が飴細工のように溶けた。いくつもの残骸を蹴散らしながら離陸速度に達した瞬間、『グラム』のバーニア・ロケットが爆発する。


 まばたきする間に地面が遥か眼下に去って行く。

 ぐるぐると旋回しながら『グラム』が爪を開く。追い討ちが来る前にヒシダテもエンジンを起動して距離を取る。


「トツカ・レイギだろう!」

 装着した『カリバーン』は右側のマニピュレータをやられていた。エンジンはどちらも生きているが、『グラム』のロケットエンジンからは逃げられない。

 相手のヘルメットが上がった。酸素マスクを着けたトツカの顔が現れる。

「……あんただとは思ってなかった」

「我々に勝ちに来たのかい?」

「ヒシダテ、そいつから降りろ。まだ間に合う」

「こっちも勝ちたいんだ。君、言ったよな。勝つとき『高揚感』が得られるって!」


 来い、と念じる。

 地上で小さな爆発がいくつも起こった。水蒸気の膜を突き破って、予備機の『カリバーン』たちが空を駆けてくる。どいつも搭乗者はなく、首の無いボディに武装を満載している。

 先頭の一機からライフルをもぎ取って、ヒシダテはトツカに銃口をポイントした。

「この野郎……やる気か!」

 トツカがヘルメットを下ろすと、グリーンウェアの胸に埋め込まれた司令コアが赤い光を放った。


 あのときと同じだ。


 これで勝利したらきっとシズ・カゲキと同じ気分になれる。

 今回は悲しむだろうか。それとも、やはり楽しいのだろうか。高揚感に膨らむ胸を押さえて、ヒシダテはエンジンをミリタリー出力まで引き上げた。


「さあ来いよ。今度こそ悔いのない戦いにしようじゃないか!」

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