5-4.
クジラの腹に吞み込まれたら、こんな具合だろうか。
座学ばかりの士官コースに
戦わないときは、マシンも小さくなるらしい。
機械油のにおいでいっぱいになった胸をこつこつと叩きながら、トツカは格納庫を歩いていく。
壁際に吊るされた『カリバーン』の
凍結処理といっても何か特別なことをした様子はない。
こいつらにはエンジンとアクチュエータがあっても、電力のほとんどはグリーンウェアからの供給に頼っている。ちっぽけな外部のコネクタさえ外せば、それだけでデク人形の出来上がりだ。
それにしてもORBSに合わせた建物は天井が高くて、さっきからスケール感が狂って仕方がない。
入るときはすぐ見つかると思っていたのに、現在位置すら分かってるかも怪しい。
「『グラム
整備科の女学生を呼び止めると、奥の扉を指さされた。
「記念品として置いてあります。そちらでも実習ですか」
「帰る途中なんだけどな。まだ見てなかったの思い出して」
整備員は怪訝そうに見てきた。
「士官コースなのに?」
「こっちも忙しいんだよ。あんたらほどじゃねえけど……」
整備科の方も実習が無くなって暇らしく、案内のついでに色々と話しかけられた。
相手が変なヘルメットをかぶっているので質問すると、「クレーニョですよ」と彼女は答えた。
「クレーニョって、空母のやつか?」
「海軍志望なんです。向こうも来年度からORBSを使うらしくって」
「トップガンならムラクモは違うだろ」
「ここで一年やったら転向する予定です。だったら早めに実機を触った方が有利じゃないですか?」
「はあ。現金なメカ屋もいたもんだ」
無駄口を叩くうちに格納庫の端に着いた。重たい扉を開けて、中に入る。
シズ・カゲキの『グラム』は正面にぶら下げてあった。埃っぽい空気にむせながら、トツカはしげしげと見つめる。
死に装束のような白無垢のORBSとは聞いていた。
しかし、実物を前にすると、どちらかと言えば骨で出来た怪物に見えた。
まず目を引くのは大型のマニピュレータといくつも重なったブースターユニットだ。
試作機をそのまま流用したと聞く。小型化が間に合わなかった各部は、人間に恐竜の手足をでたらめにくっ付けたようだった。武装も原始的な白兵戦用のものばかりだ。
「グロいな」
グリーンウェアなら着たが、外装を見るのはこれが初めてだ。
「パレードのときのまま動態保存してます。グリーンウェアを繋げばすぐに動けますよ」
隣の整備員は面白がっているように見えた。
技術者には魅力的なのだろう。当時の最新技術で組まれた、文字通りの生きた化石だ。
「こんなのを後生大事に取っておくなら、正規のシステムで組み直せばいいのにな」
「『グラム』なのは名前だけで、根本から設計思想が違うんです。この機体って」
整備員はヘルメットのバンドを引っ張った。
「でも試作機だろ? 採用もしないもの積んでどうする」
「ボツ案の試作なんですよ。『カリバーン』の制御は活動電位を読ませるんですけど、こいつは敵とこちらの動きからアルゴリズムを生成するんです。勝手に手足が動くんで、最悪、目さえ開けていれば敵をブチ殺せますね」
「それはそれで怖くねえか……勝手にって」
「シズ・カゲキが来るまで封印されてたらしいですよ。テストパイロットは全員死んでますし」
腕の関節の構造からして、三六〇度は回りそうだった。
意志と関係なく肘が折れるところを想像して、トツカは顔をひきつらせた。兵器とパイロットの主従が逆転している。まともな神経で作ったとは思えない。
「逆になんでカゲキは使えたんだよ」
「分かってたら量産してます」
調べても不明だからワンオフになっている――と。
トツカは『グラム』の鋭角的なヘルメットを見上げ、軽く会釈した。
こいつはまだ生きてる機体だ。変なことを言ったら、握り潰されてしまうかもしれない。
格納庫を出るとシズが待っていた。
何かのファイルを開いて、赤ペンで線を引いている。集中しているようで、一歩たりとも動いた様子は無かった。
「『零番機』を見てきた」
トツカが前に立っても、彼女は目を上げない。整備員が口を開こうとしたので、トツカは止めた。
「この人、いつもこうだから」
「士官候補生って、やっぱり変人が多いんですか」
「オレ、変に見える?」
「普通の人は用もなく格納庫に来ません」
キッパリと言われると傷つく。
「……これでも硬派にやってるつもりなんだけどな」
数分してシズがペンを止める。
顔を上げて、トツカが目の前にいるのに気付くと、「わっ」と尻もちをついた。
「世間をもっと広く見た方がいいと思うぞ」
立ち上がるのをトツカが手伝ってやると、シズは恥ずかしそうにうつむいた。
「言ってくれても良いじゃない……」
「声はかけた。そっちが集中しすぎなんだよ」
ファイルを拾ってやると、名簿表だと気が付いた。整備科の学生の名前がずらずらと並んでいる。
「何やってたんだ?」
「ちょっと顔が分かんなくて」
全員の顔と名前を覚えるつもりのようだ。優等生の考えることはよく分からない。
「それで、何パーセント埋まったんだよ」
「九十パーセントくらい? で……あなたはソクイさん?」
整備員がはっと目を開く。
「あ、はい。それが何か」
「ヒシダテって人、今いる?」
「あー……いませんね。あいつ、終わったらすぐ帰るんですよ。何考えてんだか」
「見つけたら教えてくれない? 顔、よく知らないんだ」
「了解です。えっと――」
「シズ・キョウカ。士官科の一回生」
整備員が飛びのき、雷に打たれたように背を伸ばして最敬礼をする。
「しっ、失礼しました! シズ大尉どののご家族とは存知上げず、このたびの無礼を働いたこと、心より謝罪申し上げます! あ、あっ……そうだった、本職の整備いたしましたカリバーンで武功を挙げられたと聞きました。まこと恐悦至極に存じますマジ嬉しかったですすみません!」
ひゃあと叫んで逃げていく。途中で他の整備員に鉢合わせたと思ったら、何かまくし立てていた。トツカたちを見てキャアキャア叫んでいるところから、悪い話ではないらしい。
「なんて言ってたの?」
シズはぽかんと口を開けていた。
「士官コースには変人ばっかりだってよ」
「どこも同じように見えるけど……」
「まあ、そんなもんだろ。あとヒシダテって、オレがよく食堂で一緒に食ってる野郎だよ」
「知ってる」
シズはペンをノックした。
「いちど、二人っきりで話してみたくて」
「なんだよ、ああいう派手なのがタイプか?」
「違う」
シズは本気で嫌そうな顔だった。
寮に帰ってみると、扉からハバキ教官が出てくるところだった。扉の向こうでナゴシが不機嫌そうに立っている。今日はカメラを持っていないから、生徒会長モードのようだ。
「おかえり」
トツカたちが入ると、ナゴシはぐったりと言った。
「ハバキ教官と何してたんですか?」
「口論だよ。まあ……飯を食いに行こう。今日はハムエッグだ」
食堂へ行って配膳されたハムエッグをつつきながら、ナゴシはシズの顔を見た。
「信じられるか? ハバキ教官は、シズ・カゲキ『少尉』と言うんだ」
「大尉でしょ」
シズも目を上げる。
「あの人の中じゃ、まだ死んでないんだよ。だから二階級特進しない少尉のままってわけ」
「だから?」
「まったく乙女だねって……あ、今の悪口ね?」
トツカはカップに入れた紅茶のティーバッグを上下させながら、カゲキとハバキ教官のことを想像した。鼻っ柱が強そうなところは、ハバキ教官と姉弟子はよく似ている。
「で、何を口論してたんですか。生徒会長どの」
「
「スティーリアですか?」
トツカの部屋で、例のガイノイドはまだ待機しているだろう。
「無害といっても敵は敵だからな。私としても、対応マニュアルは作るべきだと考えてる」
「別にいいんじゃないですか。剣道で一発も打ちに来ないようなやつですし」
「そこだよ」
ナゴシは芝居がかった仕草で指さしてきた。
「自動で動くマシンが故意でなくヒトを傷つけたら、どこに責任が行くと思う?」
「さあ。製造元か、プログラマか、変に使った野郎か……」
「そうだ。そこをハッキリしてくれないと、下手したら私がハラキリする羽目になる」
細かいことはともかく、この人にとっては大ごとらしい。
だが確かに寮の備品でトツカが怪我をしたら誰に請求すればいいのか、という話はある。
「お任せしますよ。オレ、そっちの方は全然詳しくないんで」
ハムエッグを食べ終わって、トツカは食洗器に皿を突っ込んだ。
シズもナゴシの説教をBGMに地形図を取り出す。もうだいぶ勝ち筋が見つかったらしく、残りは三枚くらいに減っていた。兄が
「変わるもんだ」
少し頭を冷やしたくなって、外に出た。
今日は晴れていて、いい月が出ていた。こういう夜に飛ぶと楽しそうだった。
夜間飛行をやったのはシミュレーションだけだが、肉眼を絶対に信じるなとハバキ教官にしつこく言われたのを思い出す。
人間の目と耳は、おびただしい外界の情報に
すべてのノイズを処理できるほど人間の頭は良くない、とも言われた。高度計と傾斜計だけを見ろ。自分の思う『上』が、必ず『空』を指すとは限らないのだから。
「
トツカが応えると、彼女は何かひどく懐かしむような顔になっていた。
「ええ」とハバキ教官は言った。「一番信用できないのは、いつだって自分自身でございます」
ざっ、と後ろで何かを踏む音がした。
「シズか?」
トツカが振り向こうとしたとき、空を切る音が響いた。
白いものが視界に散った。頭蓋骨が折れる生々しい感触があって、じわりと温かい血がうなじを伝う。
殴られた、と思うあいだに膝が崩れた。硬質なものが背中を押してくる。
「お、まえ……」
地面に倒れ伏す瞬間、銀色に光る足が見えた。
そいつがぎらつく光を残して歩き去って行く。
トツカは手を伸ばした。たったそれだけで、指先から熱が引いていくのが分かる。
耳に枕を押し当てたような圧迫感があった。それがだんだん脳の内側に食い込んでいき、意識が遠くなっていく。
すぐ近くでドアが開いた気配があった。
「……ごめんね」
誰かに抱き起こされたのを最後に、目の前が真っ暗になった。
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