4-3.

 夕飯の味はほとんど覚えていない。

 豪華な料理だったはずだ。エイスが「食材が輸入できず、代用品で申し訳ありません」と謝っていた気がするが、前菜からデザートまで揃っていたし、何が不足しているのかトツカにはさっぱりだった。

「なあ」

「お砂糖でしょうか」

 食後にメモのことを尋ねようとしたら遮られた。もうエイスは仕事モードに切り替えている。トツカはずりずりとブラックコーヒーをすすりながら、ちょっぴり彼女のことが羨ましくなった。


 庭のことは部屋の書類を漁ったらすぐに出てきた。

 十一年前に、修繕を依頼したらしい。何故かすぐに契約が更新されて、改修工事に変わっていた。

 改修の内容は残っていなかった。どこがどう壊れたのかも書いてなかった。意図的に破棄したのかもしれない。きっと、それが『秘密』なのだろう。

 食堂に行くとエイスは片付けで忙しそうだったので、トツカはひとりで外に出た。

 屋敷の周りは田んぼばかりで、照明と呼べるものはまったく無い。非常用の懐中電灯がベッドの横にぶら下がっていたので持ってきたが、庭が広すぎて、まっすぐ正面に向けても奥まで見えなかった。

 生垣の内側はほとんど花園になっているらしい。

 地面いっぱいに春の花が咲いていた。紫のクレマチス、赤いバラ、色とりどりのチューリップ――どこに懐中電灯を向けても花ばかりで、人工物は見えない。


「やられたな」

 シズ・カゲキは一枚上手だった。

 地面に何か隠したとしても、これでは全部ブルドーザーで片付けるか、花が枯れるまで待つしかない。それとも明日の昼になれば何か分かるのだろうか。

「トツカくん?」

 後ろで明かりが揺れた。トツカが振り向くと、シズがオイルランプを提げて立っていた。

「あ……悪い、勝手に入ってた」

「それはいいけど、なんだかマジメな顔してるから……」

 思わずトツカは頬をつねった。そんなに真剣になっていたか。

「エイスに庭を探せって言われたんだよ。何か知らねえか?」

「庭?」

 シズが隣に立つ。ランプの広い光で照らされると、丁寧に区画分けされた庭の形がよく分かった。

「スティーリアが来たころ、一度修理してるだろ」

「ん……陥没事故があったの。ガス管か何かの跡があったみたいで」

「ガス管?」

「分かんないよ。兄は埋められちゃう前に探検したけど、私は怖くて」

 こんな土地が有り余っているような場所で、古いガス管というのもおかしな話だった。

「探検って、何か言ってたか」

「ううん。危ないから近寄るなってだけ」


 トツカは花園に近寄った。

 恐らくカゲキは地下で何かを発見したのだろう。それに改修工事と言ってフタをした。そしてスティーリアが現れた。

「シズ。この下にデカい板みたいなのを埋めるとしたら、どこにする?」

「え……」

 ランプの明かりが揺れた。シズも隣に立ってきて、目を凝らす。

「バラはダメだと思う。根が深いから、下に埋めたら枯れちゃう。ドラセナも同じ。クレマチスは細いけど、繊細過ぎるからダメ……」

「なんか横に広がるやつねえか? それか狭くまとまって生えるのとか」

「ネギみたいなの、かな。球根なら頑丈で植え替えできるから」

 言い終わらないうちにシズの視線が止まった。トツカも同じところを見た。

 包み込むような形のチューリップの花が、まっすぐに茎を伸ばしている。柔らかな土の下にはきっと球根が植わっていることだろう。花壇の面積も人が通れる穴を隠すには申し分ない。


 トツカはチューリップの横を手で掘ってみた。

 手首が埋まるくらいの深さで、硬い感触があった。もう少し穴を広げると、板の境目がはっきりと感じられた。シズにランプの光を近付けてもらうと、錆びた鉄板が土の隙間に見えた。

「悪い、ちょっとぶっ壊す。バールを探してくれ」

 バールはエイスが持ってきてくれた。

 道具だけ手渡すと、彼女は何も見なかったふりをして、さっさと戻って行った。カゲキに口止めでもされていたのかもしれない。

 バールの爪を板の隙間に差し込んで、一気にこじ開ける。

 大量の土くれがざばざばと滑り落ちていった。鉄板の姿が現れ、トツカは端を両手で持ち上げる。

 ぽっかりと口を開けたのは、四角形の穴だった。

 側面に傷だらけの梯子はしごがかかっている。トツカが懐中電灯を向けると、穴の底はコンクリートの通路に繋がっていた。深さはだいたい五メートル程度のようだ。

「これ、今も怖いか?」

「行くの?」

 トツカはにやりと笑って、梯子に足をかけた。


 地下の通路はゆるく傾斜していた。壁には目立った亀裂こそ無いが、元の色が分からないほど黒ずんでいる。そこまで頻繁に使われていたわけでは無いようだ。

 カビでぬめった壁に沿っていくうちに、急に開けた場所に出た。

「……ここか」

 鍾乳洞、と言うべきだろうか。自然の力に浸食されてできた空間だった。

 歪んだ石筍せきじゅんがあちこちから突き出ていて、天井から水をしたたらせている。奥には小さな天然のプールがあり、石が溶けて乳白色になった水面がふらふらと震えていた。

 その手前に、工具箱とアタッシュケースが落ちていた。

「ねえ」

 シズが袖を引くのを無視して、トツカは工具箱を開けた。

 中身はごく一般の工具ばかりだった。メモ帳が入っている以外は。


 ぱらぱらとめくると、日記だと分かった。

 カゲキはあまり筆まめではなかったらしく、しょっちゅう日付が飛んでいる。

 十枚ページほどめくって十一年前の日付に行き着いた。

『穴の底で見つけた銀色の石は、生き物だった。食べて、動いている」

「トツカくん、これ……」

 シズもアタッシュケースからノートを引っ張り出していた。こちらはいくらか新しく、解像度の高い写真がべたべたと貼ってある。


『同じ場所にあった赤い宝石で、命令できるらしい。今日は壊れた譜面台の代わりをやってもらった。明日はもう少し複雑な形にチャレンジしてみようと思う』

 ノートの方には、銀色の石ころと銃の写真があった。

『実験番号2号5番。9mm拳銃弾。結果:貫徹せず』

 トツカはちらりと横を見る。

 さっきは気付かなかったが、鍾乳洞にはいくつもの銃器が転がっていた。どいつもムラクモ学校に置いてあるものばかりだった。ORBS用の大型の火砲もいくつか見える。

 さらにページをめくった。


『スピーカーの構造は真似できるみたいだ。言葉を教えられるかもしれない』

『実験番号2号7番。5.56mmライフル弾。結果:貫徹せず』

『やっとあいさつができた。テレビの言葉は速すぎる。本でじっくり教えていくのが良い』

『実験番号2号16番。12.7mm重機関銃弾。結果:貫徹せず』

『妹の絵本を拝借したら、気に入ってくれた。僕が教えなくても勝手に覚えていく。今日は指を作って、自分で本をめくっていた』

『実験番号2号27番。25mmりゅう弾。結果:損傷あれども貫徹せず』


 日記の次のページは殴り書きされていた。


『僕は、何を拾ったんだ? あれは誰だ?』


「おまえの目的を教えろ」


 男の声が聞こえて、トツカは日記を取り落とした。

「あ、ごめん。まだ動くって思ってなくて」

 シズがICレコーダーを持っていた。ちかちかと明滅するランプが緑色に変わる。

 録音された声は男と女のふたり分だった。男の方はいくらか興奮しているようだった。


「それはさっき言ったでしょ」

「違う」

 男が立ち上がる。がつん、と机に何かが当たった。

「ヨーロッパのニュースを見た。なんだよ、あの銀色の……おまえも僕たちを襲うのか?」

「私の指令権はあなたにある」

「答えになってない。おまえも人間を殺すのかと言ってるんだ!」

「マスター、どうしたの。怖いよ」

「もういい。僕が間違っていた。おまえなんて見つけなければ良かった!」

 コイルガンの銃声が響いた。何かがぱらぱらと落ちる音がして、男の荒い息づかいだけが残る。

「あ……ご、ごめん。僕は……」

 ドアが開く音がした。子供の小さな足音が続く。

「にぃに、今のなに!」

「来ちゃダメだ! 何でもない、何もないから!」

「そ、ちょっと兵隊さんごっこしてたんだ」

 女の声がして、男が絶句したのが分かった。ずるずると何かを引きずりながら、女が立ち上がる。

「今の、パパとママには内緒ね? ちょっと……アレだから」

「アレ?」

「大人にならないと分かんないってこと」

 女の子が去って行くと、男は椅子を軋ませたようだった。

 長い沈黙ののち、はあ、と息を吐く。

「……誰も傷つけるな。この家だけじゃない。おまえが関わる人間、全員だ」

 女はすぐには返答しなかった。

「それは、命令ですか?」

「そうだ。何があっても実行しろ。僕はマスターなんだろ?」

「了解。でも……」

「出て行け、。明日から、おまえを殺す方法を見つける」


 レコーダーの再生が止まり、シズがノートをめくる。

 出てきたページには『実験番号2号50番。17mm機関砲弾。結果:貫徹』とだけあった。

 一緒に貼ってある写真は、授業で見たスライドとまったく同じだった。棄械スロウンの切れ端が、撃ち込まれた砲弾で粉々になっている。


「……にぃにの研究だったんだ」

 シズが呟いた。


 最後のページは飛び散った破片の写真だった。

 それぞれの棄械スロウンの切れ端が、地面に銀色のすじを付けながら這って行って、少女の身体へと融合していた――銀髪のガイノイドの、微笑む顔に。

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