悪役令嬢だけど、ご都合主義がおかしい

赤木入伽

悪役令嬢だけど、ご都合主義がおかしい

【第一話】


「無垢なる水よ、まばゆき風よ、恵みのリーネーよ……、我が求むは叡智なり、我が捧ぐは一滴の魔の血なり。献呈するゆえに恩寵を我が手に……“リーナ・タリア”!」


 サラが呪文を唱えると、八芒星の魔法陣の直中に光が生まれます。


 光の中では何かが軋むような音をたて、やがて光が消えると、そこには魔導クリスタルがありました。


 しかも十九コリン――握り拳ほどのサイズです。


「お見事」


 教師が言って拍手をします。


 すると周りで見守っていた同級生らも称賛の声をあげ、拍手をしました。


 その中にはリリアーヌもいて、サラは鼻高々な気持ちになります。


 こんなの、日本にいた頃はありえませんでしたから。


 そう。サラはもともと平塚沙羅という普通の女子高生でした。


 ところが、公園で謎の老婆に貰った飴を舐めた直後、喉が苦しくなり、気づけばこのローハン魔法学院の優等生にして公爵家令嬢サラ・ニヴルヘイムになっていました。


 よくラノベにある異世界転生というやつでした。


 しかもこの世界や人物は、女性向け恋愛ゲーム“アプリコーゼ・コンツェルト”とまったく同じであり、サラの役割は主人公のライバル――悪役令嬢でした。


 つまり、サラこと沙羅に待ち受ける物語は、異世界転生のなかの一ジャンル――悪役令嬢モノだったのです。


 とは言え、実のところ沙羅はこのゲームをやり込むどころか、外伝小説、スタッフや声優インタビュー、設定資料も読み込むほどのファンでしたので、サラに待ち受ける困難を回避するするのも簡単でした。


 なにせ頭の中に攻略Wikiがあるようなものでしたし。


 おかげで今は主人公であるリリアーヌとも仲良くなり、友達以上恋人未満というソフト百合な関係です。


 正直、日本での沙羅は同性愛に理解こそあれ興味がなかったのですが、いざ自分がその立場に近づくと、それも有りではないか、と思うようになりました。


 それだけリリアーヌが可愛らしい良い子なのです。


 深い茶色の髪は柔らかに広がり、目は涙が常に溜まっているかのようにいつも煌めき、その口から出る言葉はいつもサラや他の同級生を気遣うものばかり。


 できることなら、ひと目をはばからず毎日抱きしめたくなるような子なのです。


 そして今も、見事に上級魔法をこなしたサラに優しい言葉をくれます。


 ただ――、


「サラちゃん、マジでレベチ。あーし、超カンドーしちゃったし。でも、そんな魔法使って、サラちゃん魔法神経えぐいてぇな感じになってない?」


 なぜかギャル語なのですが。






【第二話】


 悪役令嬢に異世界転生した平塚沙羅ことサラですが、言葉に苦労することはありませんでした。


 というのも、この世界のこの国の公用語はハーランド語というものですが、それがすべて日本語に翻訳されて聞こえるのです。


 しかもそれは文章も同様で、アルファベットに似た奇怪な文字も、サラは難なく読めたのです。


 ラノベのご都合主義みたいですが、ありがたいことでした。


 ただ――、


 現在は午後の休憩時間、リリアーヌとちょっとしたお茶会の最中なのですが、


「サラちゃん、これ食べてみ。めっちゃ甘さがヤバくてサイキョーだから。しかもインスタ映えしそうな見た目だし」


 悪役令嬢にとって一番重要な人物――ゲームでは主人公だったリリアーヌの言葉がギャル語に翻訳されているのですが。


 “インスタ映え”って、もとはどんな言葉だったのでしょう。


 サラは「ええ、ありがとう。いただくわ」と和やかな笑みでリリアーヌに返答しますが、内心は激しい違和感に襲われていました。


 ちなみにリリアーヌの表情、身振り手振り仕草は、正統派ヒロインそのものです。


 笑うときは口元にそっと手を添えて、やる気を出すときは小さなガッツポーズでムンッと鼻を鳴らし、恥ずかしいことがあれば顔を真っ赤にします。


 ただ――、


「あ、サラちゃん、口の横、めっちゃクリームついてるし。おにかわなんだけど」


 ギャル語です。


 もちろん、ゲーム中ではちゃんと標準語で喋っています。


 そのために激しいギャップです。


 ゲームのファンだった沙羅は、当初このギャップに激しいショックを受け、三日ほど眠れぬ日々が続きました。


 しかし、さすがにもう慣れました。


 内心でこそ違和感がキツイと思っているものの、顔には出しません。


 平塚沙羅は、ちゃんとサラ・ニヴルヘイムとしてやっているのです。


 なので、


「ちょう、あんさんら、えろう美味そうなもん食うとるけど、次の授業には遅れへんようにしいやー」


 鬼教師のデルフィーヌが関西弁であっても、


「ややや。ぬしら、甘味を食ろうておるのか。良ければ拙者にも馳走してくれぬか?」


 王子様のエドモンが武士語であっても、


「サラ氏、サラ氏。リリアーヌ氏とのお茶会が楽しいのは禿同だけど、次は私達と一緒のお茶会をキボンヌwww」


 サラの取り巻き達が古いネット用語を使っていても、サラは顔には出しません。


 内心は大混乱ですが。


 標準語でおk、という気分です。






【第三話】


 サラがいかにリリアーヌや王子エドモンらと良好な関係を築こうと、もともとサラは悪役令嬢。


 つまり逆に言えば、悪役令嬢なんて嫌味で意地悪な人物が存在しうる世界こそが、この世界なのです。


 なので権謀術数には注意しないと、せっかく仲良くなったリリアーヌたちも命の危機となりかねません。


 実際、サラの記憶をたどると、実家が公爵家だけあって酷いことを多くしているのです。


 まぁぶっちゃけ、命の危機に一番近いのは誰よりもサラというわけなのですが、そうなるとサラと仲良しなリリアーヌたちに危害が加わる可能性もないわけではないのです。


 そのため、


「ちょっとあなた――今、リリアーヌの紅茶に何を入れたの?」


 サラは自分専属のメイドの腕を掴みました。


 そしてその手からは、小さな紙に包まれた赤色の粉がこぼれ落ちました。


 魔法薬にも詳しいサラは、即座にそれがバジリスクの骨を磨り潰した毒薬だと分かりました。


 問い詰められたメイドは、その場で自白しました。


 どうやらサラの実家ニヴルヘイム家と敵対するウルズ家が黒幕のようです。


 もしリリアーヌが死ねば、身分がいくら低くても殺人には違いなく、その犯人と有力視されるのはサラになります。


 例えメイドの犯行と判明しても、世間はサラが毒を漏れと命じたのだろうと噂することが確実です。


 そうなれば、もともとサラはニヴルヘイム家の次期当主だったのですが、その地位は無能な従弟に移り、ニヴルヘイム家の没落は決定的となります。


 事情を理解しらサラは、苦虫を噛み潰したような顔をします。


 もっとも、これではメイドが殺人罪で捕まってしまう恐れが大き過ぎます。


 それだけ金に困っているのかとサラは考えましたが、メイドはさらに自白しました。


「実は、あたいのいもっがかどわかされたのでごわす。もしもげっにきかんとたしないもっがごねっ。やっで……やっで……」


 薩摩弁で、自白します。


 しかも早口なので、何を言っているか本格的に分かりません。


 ただ、


「メイドちゃん、そんな事情があったなんて。あーし、マジでぴえん超えてぱおんなんだけど」


「そなたが致したことは許されぬことなれど、このエドモン、そなたに力を貸そうぞ」


「ほんま、ウルズ家っちゅーのは、えげつないことするなぁ」


 サラ以外はちゃんと意思疎通できているみたいです。




「メイド氏どしたの? 今北産業。kwsk」

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