第4話

 夜9時、俺はふと甘いものが食べたくなってコンビニにアイスを買いに出掛けた。会計を済ませて、家に帰ろうと思ったが、なんとなくこのまま帰ってしまうのももったいない気がして少し遠回りして近所の公園に足を運んだ。


 公園には、誰もいなかった。入って右側にあるベンチに腰掛けて、少し散り始めた桜の木を見ながらアイスを食べる。なんだか少し眠くなってきた。アイスを食べ終わったら少しだけ寝るのもいいかもしれない。


 目が覚めると体がかなり冷え切っていた。そんなに寝ていただろうかと気になって携帯で時間を確認してみると、もう日付が変わる直前になっていた。どうやらかなりの時間寝ていたようだ。


 ふいに、例の寒気が背筋を撫でた。もしかしたら、寒い中で寝ていたから風邪をひいてしまったかもしれない。早く帰ってあったまらなくては。


 公園から出て家までの道のりをまっすぐと進んでいく。あと5分で家に着くぐらいになった時、道の端に赤いコートを着た女性が蹲っていた。


 酔っ払いだろうか?かなり具合が悪そうで、呻き声まで聞こえる。あまりに辛そうなのでつい声をかけてしまった。



「あのー、大丈夫ですか?」


「⋯⋯大丈夫です。」



 くぐもった声でそう答えると、彼女はこちらに顔を向けた。顔には目元までしか見えないような大きなマスクをつけている。



 「ねえ、私って綺麗?」



 突然の質問に固まってしまった。この女性は一体どうして急にこんなことを聞いてきたんだ?変な人だなと思いながら、初対面のそうでもないですと答えるのもアレなので、綺麗ですと答えると、マスクを取ってこう言った。



「⋯⋯これでも⋯⋯」


「⋯⋯は?」



 彼女のマスクが外れ現れたのは耳元まで裂けた大きな口だった。あまりのショックな映像に固まってしまう。いったいあの口はどうなっているんだ。もしかして特殊メイクか?ドッキリ番組の収録でもしているのではないか?そうでないと今の状況に説明がつかない。


 再び女性が話しかけてくる。



「⋯⋯ねえ⋯⋯私綺麗⋯⋯?」


「き、きれいじゃない」



 あまりの光景に無意識で呟いてしまった。目の前の女の顔がみるみる憤怒の表情へと変わっていく。ああ、これはやってしまった。


 女はコートのポケットを漁ると刃物を取り出した。ああ、これで殺されるのか。こんなので刺されたら一瞬で死んでしまうなー。目の前に死が迫っているのに冷静に考えてしまう。体がまったく動かない。もはや諦めの境地だ。


 女が近づいてくる。もう終わりだ。


 その時、春にしてはあまりにも寒すぎる風が吹いた。



「⋯⋯おまえは誰の男に手を出しているんだ?」



 どこからか声が聞こえた。冷たい声で、まるで地獄の底から聞こえてくるような声だ。目の前の女も急なことに動きが止まっている。


 カラン、カランと下駄のなる音が後ろから聞こえた。


 助けが来たのかもしれない。そう思って振り返って1番に目についたのは、真っ白な着物だった。


 まるで死人が着るかのような真っ白な着物。ゆったりと歩いてくるその人物の顔を見て驚愕した。


 なぜこんな時間にこんな所におまえがいるのだという気持ちが湧いてくる。


 なぜなら、その着物の持ち主はつい最近付き合い始めたばかりの風花天花だったのだから。

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