第10話≪駆け降りた先に②≫

 差し出した手は、そのまま倒れないようにユンヌを背中から支える手となった。

 ユンヌが立ち上がると、ルイスはその手をさっと離した。


「もう震えや冷たさは無いかい?」

「はい、もう大丈夫みたいです」


 ユンヌは、手を握ったり開いたりして力が入っていることを確認した。足にもしっかりと力が入っていた。


 (さっきまで冷たく重たかったのが、まるで嘘みたい)



「その様子だと、大丈夫そうだね。でも、念のため、寮まで君を送ろう」

「い、いえいえ、一人で大丈夫ですから……」


 学園のトップに転びそうになった所を受けとめてもらっただけでなく、その上、寮まで送ってもらうのは、新入生の身分で非常に恐れ多いことだ。

 それに、これ以上彼と共にいると、またあの女子生徒に何か言われかねない。

 それに、今この時でさえ、この状況を誰かに見られていたらさらに大変なことになる。


「まだ無理を──」

「助けていただき、本当にありがとうございました!それでは失礼します!」


 ルイスが何かを言いかけていたが、ユンヌは、軽く礼をしつつ早口でお礼を言い、寮に向かって走り出した。

 走る足は軽く、温く、そして2度と縺れることは無かった。

 その姿を、ルイスは見えなくなるまで見つめていた──。

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 学園内にある女子寮の一つ、セリーネ寮に帰ってきたユンヌは、急いで三階の自分の部屋に駆け込んだ。寮内の共有スペースでくつろぐ生徒達に何事かと見られていた気がしたが、気にしている余力は残っていなかった。



「……っはぁぁ~」


 扉を閉め鍵を掛けると、盛大に息を吐き出しながら、扉を背にして座り込んだ。今日は入学してから一日、特に午後が非常に長く感じる日だった。

 天井を仰ぎながら、目を閉じる。


 (えっと……今日は、何があった?私が|1(エース)?|生徒会役員(ナンバーズ)?)


 あのホールでの一件から自分の身に色々な事が起こりすぎて、頭の整理が全くできていない。

 ホールでの出来事、そこから──。

 一つずつ追っていこうとしたが、記憶が曖昧になっていた。思い出そうとするが、抱き抱えられたり、抱き止めてもらったりと、ルイスに助けられた所ばかり思い浮かんでしまう。


 (……うぅ)


 思い出しただけで、頬が赤くなったのを感じた。

 誰もいないのに、隠すかのように膝に顔を埋める。

 そんな恥ずかしさをこらえつつ、今日一日を振り返ろうとしたが、結局整理がつくことはなかった。

 ふと目を開けると、自分の服装に気付く。


 (……そういえば、まだ制服……。着替えよう)


 考えることを諦めたユンヌは、扉の前から立ち上がった。そしてクローゼットの前に行き、部屋着に着替えた。そして、ベッドへと歩き、吸い込まれるかの様にばたんと倒れこんだ。


 (明日、エリナに相談しよう……)


 自然と瞼が重くなり、ユンヌは目を開けていられなくなった。トントン、と扉を叩く音が聞こえたが、既に起き上がり出る気力も無く無視することにした。

 そして、ユンヌは深い眠りに落ちていった──。

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