第11話 提示された条件
「いやあ、驚いたよ。まさか、君が話に聞いていた隠し子のお姫様だったなんてね」
(それは私の台詞、なんて言ったら失礼だよね)
研究者と聞いていたから、勝手に落ち着きのある知的なタイプの人間を想像していたがまさかこんなに浮ついた男だったとは。
(まぁ、国王様に対する不遜な態度を考えると、ある意味頷けるけれど)
酒場にて、ローブの男の名が探していた人物の名前だと判明したので、同姓同名の者は中々いないだろうと判断し、こっそりと彼に事情を耳打ちした。シュカは目を見開き、ここで話すのもなんだからと二人を自宅まで案内してくれた。
店から数分ほど歩いた場所に、シュカの館は建っていた。研究所も兼ねているらしく廊下を通り抜けた先の居間は壁面をぐるりと背の高い本棚に囲まれていた。
ネモフィラとレイヴンは部屋の真ん中のソファに腰かけて、対面の席についたシュカと向かい合うようにして座っていた。
「君らの目的は分かっているよ。少し前に僕の下にやってきたあの王子と一緒だ。要は聖水の湧く場所が知りたいのだろう?」
ネモフィラが王女であると認識して尚、シュカの態度があらたまることはなかった。
「王女に向かってその態度は不躾ではないですか」
「レイヴン。私は気にしていないから」
「失礼だと感じたのなら申し訳ないけれど、態度をあらためる気はないよ。僕は権威だとかそういった類のものが大嫌いだからね」
「いいえ、大丈夫です。むしろ、そう接していただける方がありがたいので」
シュカは金の瞳を瞬かせながら、ネモフィラの発言に首を傾げた。
「本気で言っているの?」
「はい」
「珍しいね。無礼者ってどなり散らされるかと思っていたのに」
生粋の王族であったならば彼の態度に怒り狂っても無理はないのかもしれないが、今まで庶民として生きてきたネモフィラとしては王女として丁重に扱われるよりもむしろ気楽だった。それは、従者のレイヴンからすれば本意ではないのかもしれないけれども。
このまま同じ話を続けていたら真面目な護衛が機嫌を悪くしそうだったので、話題転換を図ることにした。
「ところで、エルド様はやっぱりシュカさんの下を訪れたんですよね?」
「もちろん来たよ。最後に会ったのは二週間とちょっと前じゃないかな」
「彼がどこに向かったのか、知っていますか?」
「聖水の湧く洞窟を訪れたのではないかと思うよ。僕の示した通りにね」
つまり、その洞窟に向かえば聖水を手にできる上に、エルド王子の消息も掴めるかもしれないということだ。
ネモフィラは逸る気持ちを抑えきれず、身を乗り出して聞いた。
「その場所はどこにあるんですか?」
「ふふ、君は純真だねぇ。申し訳ないけれど、ただで教えてあげるわけにはいかないよ」
その一言は、静かな水面に投げ込まれた小石のように場の空気を一変させた。
「えっと……条件を付けるということですか?」
脇に汗を垂らしながら尋ねると、シュカはネモフィラの怯える様子を楽しむかのようにニヤリと笑った。
「そうだよ。可愛い女の子だからといって、特別扱いはできないからね。条件を呑めないのであれば、聖水も諦めてもらう他ないな」
初めから只者ではないとは感じていたが、やはり一筋縄ではいかないようだ。
隣のレイヴンがわずかに殺気だったのを感じながら、ネモフィラは控えめに反論した。
「そうはいっても、このまま瘴気の濃度が強まっていけば、ゆくゆくはあなたの命も脅かされるんですよ?」
「僕の心配をしてくれているの? それはどうもありがとう。でも、僕は早々死ぬつもりはないから大丈夫だよ」
それまで薄い唇を引き結び会話の成り行きを見守っていたレイヴンが、とうとうシュカのふざけているような態度に痺れを切らした。
「シュカ殿。エルド様の行方を隠匿する行為は、国家反逆罪にも繋がりかねませんよ」
「ふうん、僕を脅すつもりかい?」
「率直に申し上げるならば」
「良いんじゃない。そうしたいなら、そうすれば?」
シュカの常軌を逸しているあっけからんとした態度に、ネモフィラは開いた口が塞がらなかった。滅多に動じることのないレイヴンですら二の句を継げなくなっている。
「少し前にあの王子の捜索隊だとかいう人達もやってきたけど、同じ言葉で僕のことを脅したよ。全く平凡な人間の考えることは一緒でつまらないね」
ネモフィラはいよいよレイヴンが怒りだすのではと恐れ、慌てて会話に割って入った。
「彼らには、洞窟の場所を教えたんですか?」
「ああ、しつこかったからね。散々、君らだけでは辿り着けない場所だと忠告したのだけど、聞かずに行ってしまったよ」
「危険な場所にあるということですか?」
「ううん、違うよ。比喩ではなく、実際に、王の血を引く者にしか辿り着けないんだ」
二人がシュカの館を出た頃には日が沈みきり、夜空に星が煌々と輝いていた。思っていたよりも話しこんでいたらしい。人通りはまばらで、外気も冷えている。昼間とは打って変わって静かだ。
お腹が空いていたのでまだ開いていた店で今日の夜と明日の分の食料と水を買い、宿へと帰り着いた。宿のロビーに設置してあったテーブル席にて購入したものを食べながら、ネモフィラとレイヴンはこれからのことを話し合っていた。
「……厄介なことになりましたね」
結局、ネモフィラはシュカの提示した条件に挑戦することに決めた。あれ以上話し合っていたところで埒が明かなさそうだったからだ。
シュカの言う条件というのは、ローデルタの森に咲く
ローデルタの森は、シェレンをやや西に進んだ辺りを覆っている広大な森だ。
「ネモフィラ様は、あの胡散臭い男の言葉を信じるのですか? 目的の花を差し出したところで、場所を教えてくれるのかも怪しいものですが」
レイヴンはシュカに対して相当不信感を抱いているらしい。
「たしかに疑ってしまう気持ちもわかるけど……それでも、一度は信じてみるしかないと思うんだ」
どんなに怪しかろうと、聖水とエルド王子の行方を握るのがあの男だけならば、彼の提示する条件を呑む他ないと思った。今こうしている間にも、呪大樹は瘴気を発散し続けている。漫然と過ごしていられる時間は残されていない。
「貴方はいつか悪い男にころりと騙されそうで心配です」
「ねえ、馬鹿にしてるでしょ?」
ムッとして唇を尖らせると、彼はネモフィラの蒼い瞳をじっと見つめてきた。
「馬鹿になどしておりません。ただ、貴方には幸せになっていただきたいのですよ」
臆面もなくさらりと放たれた言葉に、一瞬、身動きがとれなくなった。
宝石のようなその瞳は、相変わらず、一定の色合いを保って凪いでいる。
(この人は、一体、何を考えているんだろう)
出会って間もないのに、レイヴンはネモフィラのことをとてもよく気にかけてくれているように思う。元々愛想の良いタイプではなさそうであるにも関わらず、だ。
それは、王女の護衛としての敬愛の念に過ぎないのか。彼の言動が立場上から作られたに過ぎない仮初の優しさなのだと思うと、何故だか、淋しいような気持ちになった。
(もっと、レイヴンのことを知りたい)
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