128 未知の大地へ

「テルーとラナが消滅した」

 なぜかセリナたちも召集されたネアースの首脳会議で、レイアナは静かにそう告げた。

 作戦において二柱の神竜が消滅する予定であったことを知らなかった者は、盛大に驚いたものだ。

 これで古来、人種の存在以前から生きていた神竜は、全て消滅したことになる。

 若い神竜はまだいるとは言え、神竜の時代が終わり、人の時代が来たとも言える。

「まあ、大概のことは私かオーマがどうにか出来るが、あまり必要ないだろうな。根幹世界には、神竜の力が必要となるような自然災害は、ほとんどないらしいし」

 今後のことを考えると、レイアナは頭が痛い。

 オーマやイリーナは、元々が竜として生まれた存在である。人との折衝は、人から成り上がったレイアナが主に受け持つことになるだろう。



 根幹世界での脅威も、ほとんどは消滅した。敵対するか、将来敵対しそうな神帝やその配下はほとんど根幹世界から追放され、危惧しなければいけないのは武神帝ぐらいだ。だが彼の人間性は、歴史からも直接の印象からも、保証されていると言っていい。

「かといって今後、やることはまだまだあるんだがな」

 武神帝の治める領域に関しては、まず最低限の備えをしておけばいい。だが問題は、追放された神帝たちの領域である。

 為政者たちは揃っていなくなってしまったのだ。常識的に考えると内乱――戦国時代へと突入するだろう。

 ネアースとは距離があるとは言え、抑止力がなくなった大地だ。しかもそれが、ネアース全体の面積の数百倍もある。

 ネアースを戦争に引きずりこもうという者もいるだろうし、ネアースに退避してくる者もいるだろう。距離はあまりにも開いているとは言え、それでもネアースは神竜と力ある為政者に守られた、比較的安全な土地だ。



 逆に言えばこの条件のおかげで、武神帝の万が一の心変わりを防ぐことが出来る。

 他の神帝たちの領地からの共闘、もしくは難民の受け入れなどを、ネアースを間に挟むことによって防げるからだ。

「だがまずはやっておかないといけないことは、混乱している元神帝領の状況を把握することだ」

 レイアナの説明に、頷かない者はいない。

「それでその偵察を、プル、お前とその仲間に頼みたい」

 つまりセリナたちのことである。



 会議室の中央の空間。そこに束ねられた紙が広げられた。

 ゆっくりと回るそれは、地図であった。サージが邪神帝への協力の引き換えにもらった、根幹世界の地図である。

 もちろん全ての土地を網羅したものではない。根幹世界は邪神帝の情報によると、果てのない世界だ。少なくともジンはそれを見たことがないし、見たことがある者も、果てを証明した者も知らなかった。50億年かけて、一度も。

 根幹世界とは一つの宇宙であり、そして歩いて果てを目指すことが出来る世界でもある。

 普通の人間なら、一生をかかってもその1%の数億分の一も見ることはない。邪神帝でさえ50億年の時間をかけても、全くその果てを見ることは出来なかった。

 そもそも果てがあるのかどうかさえ分からないが。



「ジンの言っていた観測結果によると、一応この根幹世界も、始まりの瞬間はあったらしい。7963億6912万年ぐらい前のことだそうだ」

 宇宙誕生以前の話である。実際にそれを観測したのではなく、学問的に証明したのであるが。

 とりあえず根幹世界の周囲の安全を見極め、もし戦闘が起こるようならそれに対処すべきだ。

「もちろんお前たちだけでなく、他にも声はかけてるし、軍からも人は出すがな」

 未知の土地への偵察。それは吸血鬼であるミラや、前世でその手の任務に慣れたセリナには適材適所というものだ。

 実際セリナたちはそれを拒むつもりはない。



 あの、大崩壊をも超える超崩壊とも言うべき神帝たちの追放劇によって、根幹世界のかなりの部分は、混乱と無秩序の中にある。

 その中で新たな秩序を作り、また新たな秩序を作ろうとする者には援助と、友好関係を築かなければいけない。

 バックにいる武神帝は頼りになるが、神帝でさえ寿命は数万年から数十万年ほどだという。

 地球の人類の歴史がそのまま入るほどの時間であるが、不老不死の吸血鬼を筆頭に、長寿の種族はたくさん存在する。

 秩序を取り戻すことは大切だが、秩序を維持し続けることもそれ以上に大切が。

 もっとも秩序の維持に固執して、変革を恐れるようなことになっては問題だが。



 そのためにも、ネアースの外の世界を知らなければいけない。

 竜の血脈が完全に発動しているセリナは、もう不老不死であるし、プルの寿命も数万年にはなるだろう。

 六人の中ではシズだけが短命種であるが、それも魔法を使えば千年単位で引き伸ばすことが出来る。

 未知の大地への冒険。それは地球はおろかネアースであっても既に人の手が伸びた世界では、絶対に味わえないものだ。

 そこには血湧き肉踊る大活劇が待っているかもしれないし、あるいは全く価値観の違う、それこそ生態系こそ違う生物が待っているかもしれない。



 セリナの意思は、冒険にある。

 そして仲間もまた、おおよそそれを望む側にいる。

「まあ、私は少し違うけど」

 セラだけはそう言う。彼女の目的は、己の神としての格を取り戻し、多くの信者から信仰されることだと聞いた。

 だがその目的と、セリナたちが向かう旅は、ある程度両立する。

 神帝たちと違って、セラの持つ権能は、肉体や精神を治癒、もしくは変質させることに特化している。

 戦闘力なら神帝や、神王にも劣るセラだが、この力を使えば信者を増やすことは難しくない。

 もっともそんな国を作るとして、どうやって人を呼び、どうやってセラの能力を欲しがる戦闘狂どもに対処するのか、それはまだ考えていないが。

 とりあえずはセリナたちと一緒にいるのが、楽しいことには決まっている。



 レイアナの命令とも依頼とも言えるそれに、セリナたちは応えることにした。

 ネアースという、幻想世界が崩壊したこの大地でも、まだまだ人は生きていく。

 そのためには自分たちの力が必要なのだと知っていた。







 慌しい数日が過ぎたが、それはセリナたちにとっては束の間の休みともなった。

 準備は周囲の人間がしてくれる。セリナたちはネアースの知己たちに別れを告げるためにその時間を使った。

「また、会えるかなあ?」

 セリナが向かったのは、大森林である。

 前世において旅の仲間だったライラと、天竜ラヴェルナと面会した。

「大丈夫。数光年分の距離なら、転移出来るから」

 ラヴェルナの言葉通り、彼女は転移魔法に卓越した存在となっていた。

 あの渦の発生の時も、遠いネアースからちゃんと状況は見ていたのである。戦闘力ではまだ古い神竜に全く及ばないので、本当にいざという時まで出番はなかったのだが。



 ラヴェルナのような半永久的に存在する者はともかく、ライラはおおよそ1000年の寿命のエルフである。いざとなれば神竜の力で不老不死にでもなれるのだが。

「まあ、10年に一度くらいは帰ってくるから」

 セリナはネアースの者にとって人跡未踏の地に臨むに当たっても、泰然とした態度を崩すことは無かった。

 なにしろ仲間たちが、全員並の――いや、上位の神を倒せるほどの力を持っている。死ににくいという面では半吸血鬼や悪しき神々の生まれ変わりなどもいる。

 ライラよりはるかに複雑で精妙な精霊使いもいるのだ。



 それでも不安にはなるし、連絡をつけるのが難しいのは確かなのだが。

 いつかは電波塔でも定期的に設置して、ネット環境を充実させてほしいものだが、そんな施設も魔物に襲われれば一瞬で崩壊するだろう。

 光で通信しても数秒のタイムラグがあるし、今後は数分にまでなるはずなので、時空魔法をもっと学ぶべきではあるのだろう。

「気をつけてね」

 セリナを抱擁したライラは、その頬に軽く接吻した。







 シズは両親やその友人に挨拶をして回ったし、ミラは母やミュズと日々を過ごし、魔王領の知り合いに挨拶に回った。

 ライザは本当にもう寿命の残ってないクオルフォスと過ごしていたが、その日々は淡々としたものであったらしい。

 プルは両親から短期間の修行を受けて悲鳴を上げていた。どうやら相当に腕を上げた彼女でさえ、まだ母親たちには勝てないようで、そんな存在が残っているネアースには安心する。

 根幹世界という未知の、しかし発展しているであろう土地へ向かうとしたら、ネアースは実家の田舎のようなものだ。それが残っているというのは、嬉しいものだ。



 セラだけは猫を被って神聖都市から自分が完全に離れるように手配していたが、元々性根は曲がった悪しき神である。それほど思うことはなかったようだ。



 そして出発の朝がやってきた。







「あった~らし~いあ~さがきた」

 そんな歌を口ずさむセリナたちの前に鎮座するのは、小型ながらも居住空間を充分に備えた、それでいてネアースにおいては最高の速度が出せる飛空挺である。

 ちなみに名前はノーチラス号。生前のアルスが計画していた、ロマン兵器計画の中で、まともに開発された数少ない物の一つである。

 大魔王様の影響は、死してなおまだ残っている。



「インビンジブルの方が居住性は優れてるんだけどな~」

 同じく設計された飛空挺であるが、あちらは最高速度に劣り、ノーチラスのように海に潜ったり、宇宙空間でも使用可能ではない。

 セリナはこれを見たとき、アルスの趣味がオタクであると思ったが、それを分かる自分も充分にオタ成分を含んでいると認識したものである。



 この飛空挺を使って、六人は旅立つ。

 帝都の郊外にある発着場には、転移ですぐに移動できる者しか、見送りはない。

「まあ転移門があるから、人間単位ではすぐに戻ってこれるしね」

 サージの作った転移門は、帝都とつながっており、今のところ距離の限界はない。もっともこれをノーチラス号に搭載したせいで、バスタブが撤去されたのに女性陣はブーブー言っていたが。

 シャワーを設置したのだから、それで満足してもらいたいものである。



 タラップを上って最後に乗り込んだセリナは、見送る人々を振り返って眺める。

 師もいれば、ほとんど関係しなかった人もいる。だが全て、自分たちに期待してくれていることは確かだ。

 セリナはにっこりと、それこそ本当に、生まれて初めてどころか、前世から通算しても最大限の笑顔を作って、宣言した。

「私たちの冒険はこれからだ!」







   幻想崩壊 ~世界最後の日~   了




×××


  次話「エピローヅ」

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