125 事象の地平

 神帝たちにはそれぞれ個性がある。

 戦闘力に特化した者がいれば、魔法に特化した者、そしてそれ以外の権能に特化した者。

 だがそれでも、どの神帝も桁外れの戦闘力を持っていることに違いはない。

 それが四人も揃い、さらに従属した神王や神将までいるとなれば、さすがの邪神帝も倒せるというのが各自の読みだった。

 実際ジンは、負けるだろうと思っていた。

 だが己を滅ぼすほどのことは出来ないとも思っていた。



 おおよそは計算通りだったが、計算外のことも起こっていた。

 招待されていても来なかった神帝が、今更来たのだった。いや、様子を見てはいたのかもしれない。

 鬼神帝。あるいは闘神帝よりも血気盛んな、周囲から危険視されている人物である。

 魔神帝や竜神帝が何度か相談して、滅ぼしてしまおうかと計画していたのも知っている。

 結局はタイミングが合わず、ここまで生存しているわけだが。



「今更来られても、迷惑なんだがな……」

 鬼神帝の乗座する飛行戦艦を眺めつつ、ジンは他の神帝との睨み合いにある。

 おそらく鬼神帝の狙いは漁夫の利なのだろうが、それに気付かれてしまうと、他の神帝たちがジンと戦わなくなってしまうかもしれない。

 それではせっかく整えた準備が全て台無しである。



 ここまで状況を整えるのには、次の機会を待つのにどれだけかかるか。

 今まで生きてきた時間を考えれば、それはさほどの時間でもない。だが不快であることは確かだ。

 そう思うジンの意識が、転移してくる力を捉えた。

 それはまさに鬼神帝の飛行戦艦に向かっている。ネアースの力を感じる。

「これは、いいことなのか?」

 ジンの計算はまだ狂い続けている。







 ネアースに戻されたセリナは、すぐに事態の詳細を知るために都市を目指した。

 だがその途中で、他の仲間たちに出会う。どうやらライザの擬似転移で、集まっていたらしい。

 そして都市部とはいかないまでも近くの街で、あの後の変遷を知ることになった。

「神帝たちとジンが対決してる? それにいったい……」

「行って見ないと分からないでしょ」

 アスカの言葉は確かだが、この場所に転移するというのは、かなり危険である。セリナの致死感知が警鐘を鳴らしている。



 だがそれでも、全ての事態が終結するのを、見ないという選択肢はない。

「ライザ」

 その短い呼びかけに応じて、ライザはパーティーを擬似転移させた。







 ネアース世界に属する存在でない限り、セリナやプルの竜眼はステータスを看破する手段としては使えない。

 だが単に魔力の量を計測するだけなら簡単であり、そもそも常人であっても、その場にいるだけで圧力を感じたであろう。

 ジンのすぐ傍に擬似転移した6人は、全員がそれを感じた。

「お前たちか。逃げろと言っておいたはずなんだが……ちょうどいい。あの船に乗っているやつらを足止め出来るか?」

 こちらを見もせずに言うジンは、傍らのシルフィと共に、四人の神帝と向かい合っていた。

「あれは……神帝級に、他にも神将級がいる。ちょっと難しいかも」

 戦力を的確に分析するとそうなる。レイアナがいてくれれば別だが、彼女は他の役割があるのだろうか。カーラもいない。

「5分でいい。それで、準備は終わる」



 セリナの返事を待つ間もなく、ジンの魔力が爆発的に膨張した。

 それは大地を削りつつ、大気を分解し続けるというもので、余波だけで並の戦士は死ぬだろう。

 この傍にいるよりは、強敵と戦った方がまだマシだ。そう思ったセリナは仲間たちに視線を向ける。

 目と目で交わされた言葉で、セリナたちは飛行戦艦に向かった。



 巻き込んでしまうことを恐れていたジンが力を解放し、シルフィもまた精霊を完全な支配下に置く。

 それに対して四人の神帝と、その取り巻きである神王や神将も戦う姿勢を見せる。

 ジンたち神帝が使う武器は、己の魂を削って作った武器か、素手になる。オリハルコンの武器でも、下手すれば素手で殴るよりも攻撃力に劣る。

 竜神帝が真の姿に戻り、その配下たちも人の姿をやめる。

 ネアースの世界最強レベルの神将たちを相手に、ジンは雑魚の頭を刈り取るが如く、適当にばらまいた魔力の槍で命を奪っていく。



 その光景に神帝たちがついに動く。下手に力を消耗させれば、他の神帝に漁夫の利を取られる可能性があったが、ジンは本気だ。

 己の領土が壊滅するであろう聖神帝のみは舌打ちしたが、他は力を解放することによって、大地をマグマに変え、大気は分解されて真空となる。

 ジンは長剣を手にして、まず闘神帝に襲い掛かった。

 数合の打ち合いの後に、ジンの剣は闘神帝の腹を切り裂く。だがその程度では神帝は死なない。

 傷の治癒を遅らせる呪いをかけても、まだ神帝の生命には届かないのだ。



 竜神帝のブレスや、魔神帝の魔法などで、空間が歪む。

 惑星を破壊するレベルの攻撃が応酬され、聖神帝の領土は、その上に住む数百億の人命と共に崩壊していく。

 私の物が、と叫んでいる聖神帝は、既に正気を失ったように、わずかな側近と共にジンに向かって攻めかかる。

 ジンの肉体が攻撃を受け、四肢や頭部に致命傷に至る攻撃が加えられる。

 しかしそのほとんどは結界に阻まれ、受けた傷はすぐさま再生する。

 破壊と再生、数え切れないほどの死の中で強く輝くわずかな命。

 神々の黄昏とも言うべき戦いが行われている。







 頼まれたことを、セリナたちがする義理はない。

 そもそも邪神帝が何を究極的に考えているか、彼女たちは知らない。

 さしあたってはネアースの利になることは神竜たちも保障していたが、全ての悪しきことは、始めは善意から始まっているとも言う。

 とりあえず頼まれた鬼神帝の動きを止めることであるが、彼の乗っていた飛行戦艦は、神帝たちの攻防の余波によって、早々に撃沈されていた。

 だが余波程度で神帝やその配下が死ぬはずもないので、その存在はすぐにセリナの地図で示されたが。

「神帝だけならともかく、その配下が問題です」

 ライザの作り出した風の結界の中で、彼女はそう述べた。



 神帝と比べれば戦闘力はかなり落ちるが、それでも驚異的なのが神王や神将級の敵である。

 鬼神帝は少数精鋭だが、だからこそ広範囲の攻撃魔法で一掃することは出来ない。5分時間を稼ぐのにも、全てを通さないようにするのは難しいだろう。

 そう思ったセリナたちの隣に、数名の人影が転移してくる。

「鬼神帝以外は、我ら十三神将にお任せを」

「ジン様の配下である我らならば、全てとは言えませんが神帝以外の敵は足止め出来ます」

 ジンのわずかな配下は、どうやら選別された強者であったらしい。

 あちらに向かわずこちらに来て大丈夫なのかとも思ったが、あちらはあちらでどうにかしているのだろう。

 出来れば神帝をこそ足止めしてほしかったのだが……。



 飛行戦艦が戦いの余波だけで分解し、その中から数人の人影が現れる。

 この環境に耐えられるだけの力を持つ戦士たちだ。その中でも特別に強力な者がいる。

 鬼神帝だろう、とセリナは思った。だがその外見は彼女が思っていたものとは違っていた。

「吸血鬼ね」

 ミラが呟く。同種の彼女には分かったのだろう。

 吸血鬼も鬼とは書くが、基本的にネアースでは鬼族ではない。ゴブリンやオーガ、その上位種が鬼族なのだ。

 だが世界が変わると種族の判別も異なるのだろう。そもそもそれは重要なことではない。



 一応太陽は沈んでいるので、吸血鬼がその力を自由自在に使える時間帯ではある。

「5分足止めするのは難しいのう」

 シズが一目見ただけでそう判断するが、やってやれないことではないだろう。

 なにしろ相手が、いきなり全力で向かってくるとは限らないのだし。

「長い5分になりそうですね」

 セリナが刀を構え、鬼神帝に向き直った。







 鬼神帝は吸血鬼の例に洩れず、見かけは大柄でも筋骨隆々という姿でもなかった。

 年齢は不詳だが柔らかな印象を与える美形であり、ネアースの吸血鬼の真祖たちのように、血に飢えて理性を失うようなことはなさそうな感触がする。

 もちろん一見しただけなのだが、真祖とは吸血鬼に一般人が持つイメージとは、かけ離れた存在だ。

 そもそも誕生が有史以前であるため詳細は分からないが、誰もが下手な神よりも強大な戦闘力を持っていた。

 まあそれはネアースの話であるので、この鬼神帝に当てはまるのかは分からないが。



 鬼神帝の周囲には、数名の戦士がいる。ジンの配下がほとんどを引き受けたが、残り二人。

「わしが一人」

「じゃあもう一人はあたしが」

 巨大なオーガに対してシズが、おそらく真祖級であろう吸血鬼に対してミラが構える。

 残りの四人で鬼神帝を任されたわけだが、純粋な前衛はセリナだけである。

 残りの三人はセリナを最大限にまで援護するわけだが、なにしろ相手は神帝というレベルの敵である。

 はたしてセリナ一人で対応出来るものかどうか。



「まあ、でもやってみるしかないですね」

 敵は間違いなく、前世を含めても最強の存在。だが背中には仲間の助けがある。

 天変地異のごとく、地震、噴火、洪水、台風などの現象が起こる、常人であれば存在すら許されない空間。

 ここが最後の戦いになるかもしれないと思いつつ、セリナは鬼神帝を見つめる。



 鬼神帝は余裕があるのか、それともまだ判断がつかないのか、周囲をぐるりと眺めている。

 だが戦いは広範囲に渡って行われ、自分の側近たちもそれぞれに戦闘を開始している。

 漁夫の利を得ようかと軽い気持ちで向かってきた鬼神帝だが、既に事態は彼の希望からはかけ離れた状況にある。

 ならばとりあえず目の前で武器を構える女を倒し、部下たちをまとめるべきだろう。

「雑魚が……」

 己の強大な力に対して、目の前の存在が発する存在力がどれだけ弱いか。鬼神帝には分かっている。

 しかし己の部下を無闇に減らされるのは面白くない。さっさと対処すべきであろう。



 鬼神帝が考えた時間は、一分にも満たなかった。

 開いた口からは、鋭い牙が見えた。まさに吸血鬼。裏が赤地の黒いマントをたなびかせ、鬼神帝はセリナに襲い掛かった。



 長い5分間が始まる。

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