124 終わりの始まりの始まり
それはネアース陣営の一部の者たちと、邪神帝ジンにとっては、期待通りの展開であった。
この場に集まった、神帝の中でも特に強大な五人。己自身に、闘神帝、竜神帝、聖神帝、魔神帝。
惑星タイプの世界を軽く破壊する力を持つ者が、これだけ集まっている。そして協力を得られたネアース世界の時空魔法使いに、異能を持つという点では神帝をも上回る神竜。
これだけを準備するのには、時間と力以外に、幸運が必要であった。何度か舞台を整えようとして何度も失敗し、そしてようやく成功した。
ここからの展開は、慎重に進めなければいけない。ジンは期待しながらも、動く瞬間を待っていた。
舞台に飛び降りたゴーバを尻目に、とりあえずセリナの行ったのは、ナヨゴの治療である。
幸い綺麗に切断したので、簡単に腕は繋がった。
他にも無理をしていた筋肉などの治療を行っていたのだが、ゴーバは苛々と組んだ腕の指をさすっていたが、治療の邪魔をすることはなかった。
さすがにその程度の自制心は持っているらしい。それとも戦士としての誇りとかだろうか。
「悪いな」
「いえ、これは試合でしたから。さて……」
ナヨゴは一目散に逃げていく。だがセリナが逃げるわけにはいかない。
「最近は他の神帝連中も遊んでくれることが少なくてな。たまに遊ぶにも、面子が同じでは飽きるというものだ」
この男にとって戦闘とは、おそらく唯一の娯楽なのだろう。
「邪神帝ならば遊んでもらえるのでは?」
「最近は避けている。我があいつよりも強くなってしまったのかもしれん」
邪神帝ジンは、ネアースに対して最も関係が深く、根幹世界での対応にアドバイスをしてくれた存在である。
彼の弁を信じるならば、闘神帝ゴーバ相手ならば間違いなく勝てるはずだ。
戦っていないのには他の理由があるのか、それとも実際は戦闘力で上回っていないのか。
直感的には前者だと思うが、その理由までは分からない。
だがこの場において、ジンはそれまでとは全く違う動きを見せた。
セリナとゴーバの中間に、その姿が転移してきたのだ。
「調子に乗るな。井の中の蛙が」
その諺は日本人にしか通用しないものだったが、それに込められた侮蔑の念は、相対したゴーバにははっきりと分かった。
「最近は逃げてばかりなので、寿命で死んだのかと思ってたぞ、邪神帝!」
雄叫びのようにゴーバの声が轟く。それは何事が起こったのかと舞台から目を離せない観客たちにも届いた。
「逃げたのではない。見逃してやったのだ。それすらも分からないほど、力の差に気付かないのか?」
挑発を続けるジン。ゴーバの殺気が急速に膨らむ。
この二人が本気で戦えば、観客のほとんどは巻き添えになって死ぬだろう。観客席を守る結界の強度は、先ほどの件からして、期待できそうにない。
「で、俺だけを戦わせていいのか、竜神帝と魔神帝。それと聖神帝も、お前の庭を荒らされるわけにはいかないだろう」
他の神帝を巻き込んでゴーバを倒すつもりか、問題児なのでそれなら分かると思ったセリナだが、次の一言で混乱する。
「いいのか? 単独では俺に勝てないお前たちが、ほとんどの戦力を揃えて、俺と戦えるチャンスだぞ?」
闘神帝ゴーバではなく、自分と戦えという。
全員を相手に戦って勝つ自信があったとしても、わざわざ不利な状況で戦う意味はない。セリナは混乱しつつも、すぐにここから逃げられるようにだけは注意していた。
その挑発に乗ったのは、まず竜神帝であった。
当然のように護衛の側近を伴っていた彼は、全員を揃えて舞台に降り立った。
貴賓席の周辺から、観客が逃げていく。これから始まるのは試合ではなく、戦争だと気付いているのだ。
「何を企んでいるのか知らんが、俺と魔神帝の二人がいれば、確実にお前を倒せる」
全員そろっても邪神帝にはかなわないというのが自己評価であったが、傍から見るとまた違う見解らしい。
竜神帝には遅れたが、魔神帝もまた、臣下を伴って舞台に降り立った。
セリナの目から見ると、接近戦の戦闘力に優れた闘神帝と竜神帝、そして魔法に優れた魔神帝が連携すれば、邪神帝には勝てると計算される。
そして自分の領地において行われる争いを、聖神帝がそのまま見逃すわけはない。
「ジン、お前が出てこなければ、ゴーバを抑えることはできたのだぞ」
戦闘狂の闘神帝の行動は、あくまでセリナに対して行われてものだ。彼女が受けるにしろ受けないにしろ、そこまでならまだ収拾のしようがあった。
だがジンが出たことで、全てが変わった。変えてしまった。
何の企みがあるのか。それは神帝たちには不可解だが、舞台が整ってしまった。
領地を持たず、わずかな臣下と共に各地を放浪する、強大な神帝ジン。
これを排除出来るのなら、多少の不可解なことなど、無視してしまってもいい。
邪神帝の存在とは領地も持たないが故に、動向の読めない危険要素であるのだ。
「シルフィ、魔神帝だけは任せる」
邪神帝の影から現れたかのうように、何時の間にかその傍に立っていたハイエルフ。彼女は頷いて、魔神帝に向き直る。
「……先に挑発をしかけた方はそちらだ」
そして聖神帝もまた、ジンを明確に敵と発言した。
ここまで不利な状況を作り出し、どうしたら勝ち筋が見えるのだろう。神帝の誰かが裏切るのか。
セリナは少しずつ後ずさりながらも、ジンの頭の中の計算が分からない。
「お前たちは観客を避難させ、最大強度の結界を張れ。その後に退避。神将級以上の者以外は絶対に残るな」
聖神帝の的確な指示に内心頷きつつ、セリナも念話で神竜たちとコンタクトを取る。
既にオーマを中心に、ネアース陣営の者たちは転移で避難しているそうだ。戦闘力が神将級以上の者以外は残っていない。
聖神帝よりもさらに早い対処であった、それに疑念を覚える余裕もなく、セリナは今にも始まりそうな戦場を見つめる。
『逃げよう』
そんな念話をしてきたのは、ライザであった。
『もうすぐここは消滅する』
滅多に自分から話さないライザが断定している。それにセリナは抗しようとはしない。
致死感知がこれまでになく警鐘を告げている。おそらくこのまま無策に、戦闘を見ようなどとしていたら死ぬ。
そんな確信を持ったセリナのすぐ横に、サージが現れた。
「君が最後だ。ネアースに送る」
そう言われたが、セリナの地図にはまだ神竜が四柱残っている。
「師匠がまだ――」
「これで計画通りだ。詳しくはカーラさんに聞いてくれ」
次の瞬間には、セリナはネアースの地へと飛ばされていた。
知っている土地ではないが、なんとなくガーハルトあたりの地理だと思う。近くに仲間はいない。そこまで精密な転移をさせる余裕がなかったのか。
「そうだ、テレビ」
聖神帝領土での試合は、ネアースでも流されているはずだ。人は転移させたとしても、備え付けのカメラが自動で事態を放映しているかもしれない。
地図で一番近い都市を見つけ、セリナはそこへ飛んだ。
約束は果たした。
ネアースの者を巻き込まない。その約束を果たしたことを、ジンは確認していた。
その約束は、神竜たちの協力を得るために結んだものだ。
まだこの場に残っているネアースの者は、四柱の神竜と、大賢者サージのみ。
これで準備は整った。聖神帝領土の者は巻き込まれるだろうが、それは知ったことではない。数百万か、数億か、それ以上の命が失われるかもしれないが、知ったことではない。
邪神帝は己の望み以外に、大切だと思えるものを持たない。
ハイエルフのシルフィでさえ、自分の一部のように思えるほど気を許しているが、不要になったら切り捨てるだろう。
そしてそれを、シルフィも知っている。
ジンは隣のシルフィだけを意識しながら、この闘技場の外にいる、ネアースの存在を意識する。
単純な戦闘力――攻撃力や防御力だけなら、神竜は神帝に劣る。だが魔法の存在する根幹世界から見てでさえ、彼女たちは異質な権能を持っている。
根幹世界では、死者の蘇生は出来ない。だがネアースでは出来た。
時間を戻すことは出来ない。ネアースでは出来た。
実質そんなことをすれば大変なことになるとは分かっても、力としては確実に出来たのだ。
そんな神竜たちと、一人の時空魔法使いに頼んだことは唯一つ。
ネアース世界の脅威となる対象を排除する代わりに、その命を捧げてもらうこと。
全員がではない。計算によると、神竜二柱の命で、それは可能になる。
その提案を聞いた時、盛大に舌打ちしたのは暗黒竜レイアナだけであった。
神竜にも格がある。出来ることが多い者と、少ない者に分かれる。
そしてジンの依頼を果たすには、風竜テルーと水竜ラナ、誕生して一億年以上を生きた、二柱の神竜の力が必要となる。
もしそれでも不足であれば、火竜オーマも協力する予定だ。暗黒竜レイアナは戦力的にも、ぎりぎりまで残しておく必要がある。
他の三柱の神竜は、権能的にも戦力的にもアテには出来ない。
「それでは、後を頼みます」
闘技場の外で、その時を待つラナとテルーは、静かな眼差しでレイアナとオーマを見つめていた。
これから起こることは、神竜にとっての死ではない。消滅だ。
魂が流転することもない。純粋に消滅する。転生などということもない。もちろん記憶から消えたりすることではないが、根本的な存在がなくなるのだ。
自らが転生してネアースに至ったレイアナとしては、それに対する恐怖がある。言わば神竜は悟りを得たお釈迦様で、レイアナは解脱の出来ない一般人なのだ。
だが、それだけに魂の消滅を恐れてもいる。
神竜である自分が死ぬ時は、やはり魂が消滅するのだ。もっともそれは数十億年後、感情や人格が磨耗しきって、いっそ消滅したいと願う頃かもしれないが。
「さあ、始めましょう」
そして人として生まれなかった二柱の神竜は、最後の仕事に取り掛かった。
大地が揺れていた。
根幹世界には基本的に地震というものがない。そもそも地の底がどうなっているのか、推測さえされていないからだ。
地震以外に大地が揺れる、というのはだから、何かが大地を揺らしているというわけだ。
そして神帝たちが普段制御している力を解放するというのは、それだけで大地を揺らす要因となる。
だがそれでも闘神帝が戦闘になだれこむことはない。一対一でジンに勝てる自信がないのだ。
多数でジンを倒すというのは彼の美学に反しているはずなのだが、それだけジンという神帝は異常であった。
彼らが生まれる前から存在する、流浪の戦士。わずかばかりの配下を持ち、各地の有力者とのつながりもあるが、自分で権力を持とうとはしない。
そんな存在を許しておくというのは、彼の戦闘意欲を超えて、不気味なのである。
そしてジンもまた、準備が整ったのを確認した。
彼から発散される魔力は他の神帝を上回るものであり、時間や空間が歪むほどの力を感じさせる。
改めて、化物だと他の神帝は思った。
「お前たちは期待通りに動いてくれたよ」
数億年前から何度も失敗して、それでも試し続けたこと。
自殺さえ不可能なジンが求める、己の死。そのために必要なのは、根幹世界には存在しないものであった、
だが他の世界でも用意するのは難しい。だから、他の世界に、必要なものを送ることにした。
それが圧倒的な力を持つ神帝である。それも複数。
世界への通路を開き、それを固定し、神帝たちを送り込む。そんな力は、ジンでさえ持っていなかった。
しかし彼にはそのアテがあった。竜の世界であるネアースの神竜の力。
ネアースの安全保障と引き換えに、彼は神竜との交渉を成立させた。
そしてパズルの最後のピースは、時空魔法を神竜の規格外の力で操る大賢者の存在である。
舞台も役者も整った。
あとはもう、開幕するだけ。
「じゃあ、俺の終わりに付き合ってもらおうか」
ジンの言葉と共に、空間が歪む。
根幹世界から、他の世界へと。回廊が形成される。
その事態になってもまだ、神帝たちはジンの思惑を把握し切れていない。
「始めよう」
根幹世界7963億年の歴史の中で、最も異質な事態が起こる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます