123 大将戦

 ナヨゴは剣を両手で構えて、およそ半身になり、片方の剣を頭の上に、もう片方を下段へと構えた。

「二刀流か……」

 珍しい戦い方である。ネアースの剣術は魔物を相手には両手剣、人間相手には剣と盾というのが一般的である。

 他には腕や手の甲に防具を装備する。魔法でほとんどの傷は癒せるのだが、それには金がかかることが多く、また戦闘中の負傷は即死につながる。

 セリナほどの不死性があれば話は別だが、それにしても二刀流というのは珍しい。正確には二剣流だが。



 セリナはその構えから、ある程度の攻撃を予測する。

 上段からの攻撃。肉体の構造から考えて、それは威力が高い。獣人であるからには、それなりの威力があるのだろう。

 下段からの攻撃。突きにも変化する。どちらにしろ二つの牙を持つことで、攻撃の幅を増やしている。

 これは対多数の戦闘を繰り返したことから生まれた型ではないのかと、セリナは思った。

 片方の武器を失っても、もう一つがあれば戦える。膂力がなければそもそも両手で剣をそれぞれ操るのは無理だが、体格から考えて、それは備わっているのだろう。



 セリナは無言で、その攻撃範囲に近づく。

 ナヨゴは動かない。これは相手に攻めさせてから、それに対応するという戦闘法だろう。

 いわゆる後の先というものだ。



 攻撃範囲から、さらに二回り。そこでセリナは刀を抜く。

 質量に優る剣に対して、刀で戦う。その手段には既に精通しているはずのセリナだが、目の前の男からは異質な威圧感がする。

『超加速』

 ちょっとやそっとの技の違いでは超えられない壁。魔法による強化をして、セリナは懐に飛び込む。

 致死感知に従い、上段からの剣を刀の鍔元で防ぐ。想像よりもはるかに速い。

 下段からの攻撃には、左手で抜いた脇差で対応していた。



 武器の性能にはほとんど差はない。ナヨゴの剣はオリハルコンで、セリナの刀は神竜の牙である。

 素材としてはセリナの方が上だが、武器に魔力をまとわせれば、その程度の差は覆せる。

 これまでの対戦相手と同じように、ナヨゴも魔力を肉体と武器の強化に回すタイプの戦士だった。



 するすると腰の位置が変わらない歩法でナヨゴが動く。それはセリナと同じだ。

 古流剣術の動きである。日本人が転生して広めたのか、それとも自然と発達したのか。

 もしくはこのナヨゴが転生者なのか。

「その足運びは、誰から習ったのです?」

 思わず問いかけるセリナに、ナヨゴも関心を持ったようだった。

「これを知っているのか? 我が師が転生者であったのだが……」



 歩法に加えて二刀流。宮本武蔵の転生であろうか?

 いや、後者はともかく前者は珍しくない。袴をつけた日本の武術を知る者なら、かなり基礎的な部分だ。

 そして二刀流にしても、本物の武蔵なら剣ではなく刀を使うところにまで拘るだろう。

 だがそういった諸々はともかく、ナヨゴが強敵であることに変わりはない。

 セリナにとってはシズ以来の、接近戦での好敵手の登場であった。







 その勝負に派手なところはなかった。

 空中を飛び回ったり、床を破壊したり、超スピードで動いたりという分かりやすさはなかった。

 だがわずかな動き、じりじりとした移動が、緊張感を与えてくれる。

 動きのなさに野次ってくる見る目のない者もいたが、それは周囲の観客から鎮圧された。



(まずいな……)

 睨み合っているセリナは、技術的には自分が不利だと感じていた。

 なぜなら彼女には、両手に剣を持った相手との戦闘経験がほとんどないからである。

 シズの武装の一つはそうであるが、あれは彼女自身でさえ基本的に、有象無象の大群を蹴散らす時にしか使わない、

 片手剣と盾という組み合わせならいくらでもあるが、両手に剣を持つというのはあまり例がない。

 盾を武器として使う流派はあるが、セリナの知る限りでは達人とまで言える者はいなかった。



 戦いながら探るしかない。そう思って刀を振るセリナだが、ナヨゴも同じように全力を出して戦ってはいない。

 事前に貰った情報では、ナヨゴはほとんどの試合を力の半分も出さずに勝っていたし、セリナにしてもシズとの一戦以来から比べ物にならないぐらいに腕を上げているのだ。

 初歩と奥義が入り混じった、奇妙な読み合い、探り合いが続く。その真価を完全に見抜いているのは、トールですら無理でシズぐらいであろう。



 相手の指を落とす一閃は、使う力も少ないが、その効果は極めて高い。その分必要とされる技量も高い。

 竜の血脈由来の再生能力を使えば、致命的と思わせる傷をわざと受けて、その後に攻撃するという戦法をセリナは使えるが、出来れば真っ向勝負で勝ちたいと思っていた。

 せっかくの強敵なのだ。純粋な技量を高めるためには、これほどとないチャンスである。

 もちろんこちらから指を落としにいってもいいが、ナヨゴの剣は鍔が広く、それに対応している。



 ススッ、シュッ、という体重移動や足運びに加え、空を切る刃物の音がする。

 その攻防がどれほど凄まじいものか認識している者は少ないが、一瞬消えたように見えた姿が、次の瞬間には体勢を変えてやはりその場にいたりするので、まるで魔法を見ているような気分にはなるだろう。

 地球でも熟練の抜刀術を使う達人の動きは、刀が鞘から抜けたと思った瞬間、振り抜いた体勢になっていた。

 もちろんそういった達人との対戦経験はセリナにはあり、何より自身が達人であった。



 挙動の始まりが見えないのは、単に速度の問題だけではなく、そこに技があるからだ。

 奥義の一つでもあるが、学べば身に付くというものでもない。

 刀と剣が光って消える現象は、動体視力がそれほどではない観客の目から見て、充分に異常である。

「これは……どっちが優勢なの?」

 控え室で試合を見ていたアスカが呟くが、答えは二重音声で聞こえた。

「「セリナの勝ちだ」」

 シズとトールの目には、達人にしか分からない攻防の差が見える。

 剣術というものには合理的な部分があり、それをどこまで高めていくかが修行というものだ。

 前近代的な精神的修養などとは別の、技の優劣があるのだ。







 最初は不利だと感じていたセリナだが、しばらくの攻防のうちに、相手の技量が読めてきた。

 基礎的な部分では自分がかなり上だ。だから問題は相手の攻撃が双剣というところなのだが。

 基本的に、双剣は珍しい。ちなみに剣道でも実は、両手に竹刀を持つことが許されている。

 竹刀の長さに規定があるので、まずめったにというか、一流なら二刀流を使う達人はいないが、これを剣術ではなく格闘術だと考えると、対処はそれほど難しくないのだ、



 格闘技は当然両手両足を使うし、そもそも現代地球の剣や刀を使う武術やスポーツは、双剣を想定していない。

 両手に持っていたら便利ではないかとも思えるのだが、実際は両手で竹刀を持つ剣道や、片手でレイピアを使うフェンシングなど、双剣は力を上手く武器に伝えられないのだ。

 力点。支点、作用点の問題から、両手で持った武器の方が威力は高いし、スピードだけを求めるなら片手持ちで充分なのだ。

 ちなみに時々談義される、剣道とフェンシングはどちらが強いかという問題には、セリナはこう答える。

「自分の競技のルールで戦った方が勝つ」

 スピードはフェンシングの方が上だが、破壊力は剣道のほうが上である。



 扱い方の幅が多そうに見えた双剣使いであるが、実際のところは、それを使う人間が少ないために、対応の仕方が分からなくて負ける、というのが正直なところのようだ。

 多数が相手ならまだ違うのだろうが、セリナは段々と相手の動きが見えてきた。

 見えてきただけであって、確実に対処出来るわけではないのだが。

「ちいっ!」

 今もセリナの俊敏な突きを、ナヨゴは体をひねり、鎧の表面で受け流していた。

 かなりの損傷を与えたが、肉体へのダメージはない。



 ナヨゴは多少焦ったようで、表情にも苦々しいものが浮かぶ。

「参ったな。女だと思ってナメてた俺が悪いんだが……」

 そう言ったナヨゴの肉体から、魔力を感じる。おそらく強化系の魔法をさらに使ったのだろうが。



 接近して攻撃。技はそれまでと変わらないが、とにかくスピードが違う。

 だがこれは彼にとってはとっておきだったらしく、熟練した動きとはセリナには見えなかった。

 セリナは既に超加速の状態にあったが、さらに限界突破のスキルを使って、反応だけでなく筋力も強化する。

 ナヨゴの連撃に対して、刀一本で流し続ける。この剣と刀のやり取りは、観衆にはほとんど見えていない。

 剣だけでなく足払いもかけてきたナヨゴだが、セリナはそれをすかし、逆に空にある足を払った。



 大きくバランスを崩したナヨゴだが、剣を振るうことによってそれを取り戻す。もう一方の剣でセリナの斬撃を流した。

 追撃しようとしたが、即座に体勢を戻しているナヨゴ。なかなか決定的な隙が出来ない。

 技術においては驚くことに、ナヨゴはセリナとさほど変わらないものを持っている。

(根幹世界は広いなあ。劉秀さんもたいがいだったけど、こいつは技術で力を補っている)

 感心するセリナであったが、それは上から見た感想である。

 既に彼女は、勝負を決定付ける因子を見つけていた。



 今までよりもゆっくりとした、それでいて隙のある動き。

 それに対してナヨゴは、最適解とも言える動きで対応する。

 それにさらに対応するセリナの動きも、ナヨゴは予想していただろう。だが戦闘は相手の想像を上回ることで決着がつく。

 セリナの刀はナヨゴではなく、その剣を狙っていた。

 オリハルコンの剣である。しかもそれは肉厚で、セリナの刀に比べると、はるかに強靭にさえ見えた。

 だが素材が違った。



 オリハルコンと言えど、ネアース世界を管理し、オリハルコンを想像できる神竜の牙、それを世界最高の鍛冶師が鍛えた業物の前には、並の金属と同じような素材にすぎない。

 武器破壊。オリハルコンという最高の金属の武器を持っていたが故に、逆にナヨゴはその可能性を完全に捨てていた。



 オリハルコンの剣を、神竜の牙が切断した。

 さすがのナヨゴも、それに一瞬呆然とした。

 そしてその一瞬で、セリナの刀は、もう一本の剣を持つ、ナヨゴの腕を切断していた。







 勝負あった。と誰もが思った。

 当事者であるナヨゴでさえ、ここからの逆転など想像も出来なかった。しかしそうは思わなかった者もいた。

 腰を抜かして座り込んだナヨゴに対して、セリナは全く油断の欠片もなく、刀の切っ先を向けていた。

「よし」

 シズが頷くが、たいていの観戦者は、そこまで油断しないのかと、セリナの覚悟にドン引きである。

 セリナに言わせれば、これは残心なのであるが。



「参った! 参った!」

 殺気の消えないセリナの様子に、ナヨゴは必死でアピールする。彼は一流の戦士ではあるが、死を恐れない蛮勇の持ち主ではないし、職業は剣闘士だ。

 片腕を切断されたぐらいなら、魔法で治癒することは難しくない。むしろ折れた剣の方が問題なぐらいである。



 勝敗が決まり、ようやくセリナは構えを解く。ようやく全ての試合が終わった。

 大将戦までもつれこみ、それでもネアース陣営の勝ちである。はるか遠くで見ているフェルナやナルサスも満足だろう。

 そして満足しすぎて、それを発散させたいと思う男がいた。



 折角直した施設をまたも破壊し、闘神帝が舞台に降り立つ。

 またか、と思いつつも、セリナはゴーバの威圧感に耐え、その場で佇む。

「見事だ、娘よ。では我と戦おう」

 予想していた展開ではあるが、実現したほしくなかった展開である。

 セリナが反応する前に、動いた者たちがいた。具体的には聖神帝、そしてセリナの仲間である、ネアース陣営の者たち。



 そして、全ての終わりが始まった。

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