122 その男、凶暴につき

 想定していた難事が、発生した。

 難事ではあったが、それは想定されていたのだ。



 内側から爆発した貴賓席から、赤毛の男が飛び出す。そのまま跳躍だけで、試合場に降り立った。

 種族は人間に見える。体格はトールほどではないが、重ね着した豪華な衣装の上からも、その内部の筋肉が想像出来る。

 何より印象的なのは、爛々と輝く戦意にあふれた瞳であった。



 美形であり、それでいて野生的でもある。

 闘神帝ゴーバと呼ばれる男が、トールの前に立っていた。



(これは……魔力だけなら太刀打ち出来んな)

 相手の戦力を確実に読み取る。戦場で生き残るために重要な感覚で、トールはその男の本質を理解した。

 下手な応答は、いきなりの戦闘にもつれこむ。それは避けなければいけない。

 単なる力押しだけでトールを圧倒する。不本意ながらそれが、目の前の神帝の実力だと知れた。

「気に入ったぞ、お前。私と戦う栄誉を与えてやろう」

 高慢でありながら、それが似合う威厳。かつてトールが勇者をしていた頃、武帝リュクレイアーナと似たようなものを感じた。

 戦闘狂という点では、あの武帝によく似ている。泣きながら面倒な執務をしていた記憶が微笑ましい。



 しかしここでいきなり戦闘を求められるとは思っていなかった。それにこの展開はまずい。

 レイアナが一撃でオーガを叩きのめしたのもあれだが、神帝と自分がこの場で戦うことの意味は、それとは違うだろう。

 聖神帝が用意した場を壊してしまうことは、よくない結果を生みそうだ。

「戦うと言っても……」

 トールは周囲を見渡し、何か上手い言い訳で即座の戦闘を避けようとした。

 そして格好の生贄を見つけた。

「さっきの黒髪の女は俺より強いし、何よりあと二試合残ってる。どちらもあんたのお目に叶うような試合になると思うが」



 トールの選択は、事態をぶん投げることであった。

 実際レイアナは接近戦でも格闘戦でも自分より強いし、魔法を使われたらさらに太刀打ちできないだろう。

 そしてセリナも剣術は自分並、格闘技はおそらく上、総合的に見ても、経験の多少で全体的には上回っていると思う。

「女が相手か……」

 だが闘神帝ゴーバは女性との戦いを好まないようだ。

「彼女たちは種族の関係で女の姿をしているが、その気になれば男の肉体にもなれるらしいぞ。そもそもうちの世界は、世界を管理するのは、全部女神だ」

「マジで!?」

 途端に言葉遣いが変わる闘神帝であった。







 闘神帝の乱入により、すわ戦争かと思われた会場であったが、数語トールと会話を交わしただけで、彼は粉々になった貴賓席へと戻っていった。

 また破壊された試合場と、貴賓席を修復するのに少しの時間がかかったが、思ったような最悪の事態にはならなかった。

 セリナたちが考える最悪の事態とは、闘神帝による無差別な破壊行為である。

 だがそれは避けられた。先延ばしになっただけのような気もするが。



 そもそも闘神帝は、ジンによると竜神帝よりは確実に弱いらしい。

 神帝にも格があり、戦闘力には差があるのだ。

 魔神帝は魔法に特化した人物であり、聖神帝は直接的な戦闘よりも、権謀術数に長けた者だとか。

 それでも倒しても倒しても挑んでくるので、最近の邪神帝ジンはゴーバとの戦いを避けていたらしいが。

 いっそ殺してしまった方が楽だったのかもしれないが、闘神帝ゴーバは統治者でもある。彼の領土の死後の混乱を考えると、人間としての感覚を意識しているジンは、それに抵抗感があったのだ。

 まあ、それだけではないのだが……。



 そもかく事態は沈静化され、第四試合が開始されることになった。

 登場した一方が華奢な美少女と観客は知っていたが、実際に目の当たりにすると、違和感は大きかった。

 対する人狼が鋼のような筋肉に覆われた、明らかに優れた戦士であるだけに、その対比がはっきりと分かる。

 吸血鬼は人狼よりも戦闘に優れた種族なのだが、聖神帝の領土では存在しないらしいので、実力が本当に分からない。

 事前に後悔された情報でも、はっきり言ってアスカはそのパワーを見せていない。細腕から繰り出す鉤爪の威力は軽く岩を砕くのだが、スピードの方に注目は集まっていた。



 人狼の戦士エンリクス。既に人狼の姿となった彼は、鎧も盾も、武器さえも持っていない。

 鉤爪や拳、足などの肉体が武器となる。そもそも人狼は人間時以外は武器の扱いがそれほど上手くないのだ。

 アスカもまた、武器は腰に吊るしたレイピアだけである。鎧も盾も持っていないのは同じだ。

 人狼と吸血鬼。奇しくもその戦闘方法は似ている。

 即ち、パワーに物を言わせた肉弾戦である。



 本来なら、圧倒的な生命力を誇る吸血鬼の真祖が、人狼に負けるはずはないのだが。

(霧になるのは禁止で、魔法も威力を抑えて。少なくともこれ、殺し合いじゃないわよね)

 アスカは長命種どころか、寿命のない吸血鬼の真祖であるので、人狼のことも同じ魔族としてよく知っていた。

 地球に残る伝承なら、人狼は満月の夜に変身するのだが、ネアースの人狼にはそんな制限はない。どうやらその点はこのエンリクスも同じようである。

「吸血鬼か……。初めて見るが、本当に強いのか?」

 地球では人狼より格上とされることも多い吸血鬼であるが、実際のところは個体差があるのでなんとも言えない。

 基本的には種族的に人狼より強いのだが、かつて魔族の将軍の一人に、人狼がいたことがある。

 彼は基本的に当時のアスカより強かった。戦闘力という点でもだが、手段を選ばないという点で。



 さて、この人狼はどうなのか?

「吸血鬼も人狼も、あたしたちの領土では同じ魔族にまとめられてるけどね。まあ個体差があるけど、総合的には吸血鬼が強いかな。それに吸血鬼は、血の濃さでかなり差があるし」

「で、お前さんはかなり強いんだな?」

「そうだけど……ルールがねえ。本気で魔法を使ったら、結界破れそうだし」

「そうか、まあ賞金がかかってるわけでもないし、気楽にやらせてもらおうや」

 エンリクスは軽い口調で言う。そういえば聖神帝の側の選手はどういう選び方をしたのか、アスカは知らなかった。てっきり王様権限みたいなもので選んだのかと思ったが。

 それを確認する暇はなく、戦いが始まった。







(速い!)

 エンリクスは一息の間もなく間合いを詰め、鉤爪を振るってきた。

 気楽にやらせてもらうというのが、こちらの油断を誘うためのものだったのか、それともこれでも全力を出してないのか。

 アスカは体を沈め、同じように鉤爪で向かい撃つ。

 金属質の音が響き、両者の鉤爪が合わさり、そして片方が折れて飛んだ。

 エンリクスの鉤爪であった。

「マジか……」

 呆然とした口調で呟くエンリクスであったが、挙動は素早かった。筋力を活かして後方に跳躍する。



 だが後ろに跳躍するのと、前に跳躍するのとでは後者が圧倒的に有利だ。アスカはエンリクスの懐に飛び込みながら、また鉤爪を振るった。

 流すように受けたので、今度はエンリクスの鉤爪も折れることはなかった。だがギリギリと音を立てて欠けていく。

「マジかよ……恐ろしく強いじゃねえか」

「ふはは、言っておくけどこちらの五人の中で、接近戦では二番目に弱いのがあたしだ」

「本気でマジかよ!?」

 実際のところは、一番弱いかもしれない。吸血鬼の能力を使わなければ。



 エンリクスは人狼の主武器である鉤爪が使いづらいのを知って、蹴り技主体で攻撃してくる。

 それもアスカの足元を狙ってだ。上半身を鉤爪でガードされたら、それだけで負傷する。

 まさに狼のように身を沈めて戦うエンリクスに対して、アスカは空に飛んでかわした。

「くそ! 俺は飛べねえんだぞ!」

「ああ、じゃあ飛行も禁止で……」

 ずいぶん理不尽に打てる手を減らされている気がするが、まあ命がけの戦いではないので、問題はないだろう。

 上から魔法で攻撃を続けるというのが魔力に優れたアスカにとって一番楽な戦法なのだろうが、それではあまりにも一方的過ぎる。

 お客さんの歓心を得るためには、相手にも飛んでもらうか、自分が地面に降りるしかない。



 だがそれでも、アスカの有利は変わらないはずだったのだ。

 地面に降りて、正面から打ち合う。エンリクスは鉤爪の使用を制限し、主に攻撃を捌くのに使っている。あとは拳による打撃戦だ。

 霧にならないという条件では、アスカの肉体には普通に打撃が通り、ダメージが積み重なっていく。

 普段から行う戦い方のエンリクスと、制限を強いられているアスカでは、実力差があってもそれが埋まってしまうのだ。

 そして人狼はダメージの回復が早い種族であり、吸血鬼の、しかも真祖はそれよりさらにダメージの回復が早い。

 殴り合い蹴り合い、頭突きや体当たりも含めた戦闘は、派手ではあるが泥沼化していった。



 そして、決着は面倒くさくなった方が負けた。

 つまりアスカが負けた。



 どうせ大将がセリナなので、確実に勝ってくれるだろうと楽観視し、エンリクスの攻撃に合わせて後退し、場外に落ちたのである。

「あ~、女性にはもうちょっと手加減してほしいわね」

 服についた埃を払うアスカであるが、ダメージは全く受けていない。というか既に回復している。

 むしろ勝ったエンリクスの方が体力の消耗は激しいくらいだ。

「全然本気じゃなかっただろ。よかったらまた今度、緩いルールで戦ってくれないか?」

 アスカを舞台に引き上げ、握手をしたエンリクスはそう言うが、アスカは脳筋であっても戦闘狂ではない。

「こっちの陣営にはもっと面白い連中がいるから、それを紹介してあげるわよ」

 シズなどは確実に接近戦では強い。もっとも武器の性能が高いので、木刀あたりを持たせる必要があるが。



「それにしても、負けて良かったのか? こっちの五人目は、正直間違いなく戦闘の達人だぞ。強さで言えば神将級はある」

「へえ、そんなのがわざわざお祭り騒ぎに出るわけね。偉そうにケツで椅子を磨いていても良さそうなのに、変人の類?」

「まあ……そうだな。単に戦う上手さだけなら、神王級はあるかもしれん」

 神竜と互角ぐらいの相手か。それは確かに脅威であるのだが。

「うちの大将も、多分それぐらいは強いと思うけどね」

「マジか……」







 なんとなくほのぼのと決着がついて、アスカは舞台から降りて行った。通路の途中では、最後の戦いに備えたセリナが待機している。

「ごめんね。なんだか時間がかかりすぎそうだったし」

「仕方ありませんね。プロレスは魅せてなんぼの世界ですから」

 セリナは納得していたが、アスカには一つだけ伝えなければいけないことがある。

「あっちの大将は、どうも他の連中とは格が違うみたいよ。気をつけなさい」

「それは楽しみですね」



 脳筋というわけではないが、セリナは戦闘を好む。正確には戦闘における技の研鑽を好むのだが。

 歓声に迎えられて舞台に上がっていくセリナ。向こうから、虎獣人の男が上がってくる。

 双剣を腰に差した、片手ずつで剣二本を操る戦士である。聖神帝の領域では最強の剣闘士であり、現役のうちから既に伝説化しているそうな。

 もっともネアース世界にも、生きながら伝説となっている人物はたくさんいるのだが。

 その伝説の人物であるカーラとアスカが、理由はあるとはいえ負けているので、もちろん油断は出来ない。



 二人の間に会話はない。ただセリナは虎獣人の足運びから見て、すぐに油断できない相手というのを確認した。



 この男の使うのは、日本の剣術の要素を持っている。



 セリナは刀を抜く。今日の彼女は軽装鎧だが、その素材は竜の鱗だ。武器と合わせて、かなりの戦闘力になっている。

 対する虎獣人ナヨゴも、軽装鎧というのは変わらない。おそらくスピード重視のタイプなのだろう。

 虎の獣人は人狼や巨人などよりも、種族的には弱いはずなのだが、突出した者はいくらでもいるのだろう。シズのように。

(さて、始めますか)

 試合開始の合図と共に、両者は睨み合いに入った。

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