121 男の戦い

 前の試合でカーラは負けたが、その後のレイアナの一撃まで含めて、観衆たちは興奮していた。

 元々武器を使った対戦相手が死ぬ試合というものもあったのだが、ここまで後のことを考えずに武器を振るう勝負などそうそう見れないからだ。

 そして次に現れたのは、先ほどの美女よりもはるかに体格で優った大男であり、それに対するは人間には不可能な巨体を誇る巨人であるからだ。

 華麗なる剣技を使う美女も人気だが、暑苦しい男どもの殺し合いも需要は高いようだ。



 トールが舞台の上で相対したのは、ネアースで言うなら岩巨人と同程度の大きさの巨人族だった。

 即ち身長二メートルのトールの、ほぼ倍ほどである。

 地球ならこの体格差で勝負するなど、正気の沙汰ではない。だがここは地球ではないし、トールは手に大剣を持っている。

 そして巨人族の男も、得物は大剣であった。鎧は金属製だが、おそらく皮膚の硬度もあるので、相当防御力は高いだろう。

 その体格差にも関わらず、巨人は油断をしない。なぜなら体格が全ての世界の法則ではないと、誰もが知っているから。



 そして試合が始まった。







 大剣と大剣が、真正面から打ち合った。

 その衝撃波が大気を揺るがし、大地に震動を伝え、あふれ出た魔力が結界を貫き、一般人の観衆を気絶させる。

 まさにパワーとパワーの激突。分かりやすいその光景に、一般観衆は歓声を上げ、他の選手たちは顔をしかめた。

「あれは……わざとやっとるんかの?」

 シズの目から見たら、パワーのごり押しの戦いである。それでも勝てるのかもしれないが、彼女から見たらあまりにも戦闘を、甘く見すぎている。

「まあ、観衆には分かりやすそうですけどね」

 セリナの目から見ても、トールのやっていることはプロレスである。



 訓練においてトールは、さすがは初代勇者と言える剣術の冴を見せてくれていた。

 正直彼の剣術レベルも、表示される限界の10を超えていたと思う。そのあたり、限界である10まで上げてそのままのアルスとは剣術に対する姿勢が違った。

 だがトールの技能は『剣』であって刀ではない。

 基本的には切断力もある金属塊である剣と、切断・刺突がメインの刀とは、武器としては本来使用法が全く違うのである。

 そのあたりはネアースのシステムの限界というか、神竜の怠慢と言えるのかもしれないが。



 トールの剣術は、その基が剣道にある。剣道と剣術が本来違うものであるのは、剣術をかじった日本人であれば当然知っているものだ。

 そもそも反りのある刀はその反りによって、切断力を増しているのだ。破壊力では剣に負けるかもしれないが、構造上切断することに関しては上である。

 現在トールが行っている武器同士の打ち合いは、本来の刀を使う者からすれば、ありえないことなのである。まあ魔法によって耐久力が強化される世界では、おかしくないのだが。



 がつんがつんと金属が打ち合い、その衝撃が周囲を揺るがす光景は、確かに観衆から見たら分かりやすいものだ。

 だが刀を実戦で使う必要があったシズやセリナ、そして剣術として地球で学んだレイアナからすれば、みっともないものというか、不合理なものでしかない。

 これもまた、興行に近い聖神帝の提案した試合による、縛りプレイと言えるだろう。

 精緻な剣術を使えば、トールは一度打ち合うだけで、次には相手に致命傷を与えたであろうから。

「いや、それも仕方ないだろう」

 しかしレイアナの感想は違う。

「地球の剣道もそうだし、私たちとの模擬戦でもそうだが、自分の二倍の相手との対戦は想定していなかったからな」

 それがトールの、全力を出し切れない理由である。



 ネアースには巨人種がいる。今戦っている程度の大きさではなく、巨木と同じ大きさの森巨人や、小山のような山巨人である。

 そして戦う対象は人種だけでなく、魔物が多い。人種相手に研鑽された剣術では、対応しきれないのだ。

「そういう意味では、シズは幸運でしたね」

 セリナの言うとおり、いくら技量があっても、人種である以上その体格から放てる技は限られている。

 シズの楽勝の原因はそのあたりにもあった。

「さて、初代勇者様はどうするか……」

 呟くレイアナの口元には、楽しそうな笑みが浮かんでいた。







 実際に戦闘を行っているトールは、完全に冷静な精神を保っていた。

 巨人の選手ゴルバは、己の怪力を十全に活用しながらも、ただ力だけに頼った戦い方をしているわけではない。

 型から生まれる精緻な剣術とは違うが、スピードと理があいまった、合理的な攻撃を行ってくる。

 それをトールは正面から受け止め、同じく正面から攻撃する。

 人前で見せるつもりのない奥義とも言える型こそ使わないが、全力であることは間違いない。

 だがそれは、選手としての全力である。殺し合いをするための全力ではない。



 地球の偉人も言っていた。試合用の全力と、戦闘用の全力は違うと。

 ……マンガかテレビの話だったかもしれないが。

 レイアナに聞いたところ、中国の暗殺拳や日本の古流武術には、毒や暗器の使用を前提とした、相手を殺すための技術もあったらしい。

 ちなみにレイアナはそれを生前に継承していた。そんな生活をしていたから、42歳で死ぬまで独身だったのだ。

 しかも毒や暗器を使う戦いは、ネアースにおいてはほとんど役に立たなかった。

 なにしろ毒耐性を持つのは探索者にとっては当然のことで、魔法具でそれらを防ぐことが出来たのだから。

 神竜となってからの彼女は、そもそも視線の一つだけでたいがいの生物を殺すことが出来る。

 先ほどの蹴り一発での轟沈も、彼女なりの計算された手加減の結果であるのだ。



 そんなわけでトールはこの場で許される限りの、全力のプロレスを行っていた。

 観客が求めるものを提供する。これは充分に武人としての役目を果たしているだろう。

 だが、それが通用しない相手もいる。



 わずかな隙に後方に跳躍したゴルバは、苦々しく顔を歪める。わずかな攻防ではあるが、トールが全力ではないと気が付いていた。

「なぜ本気を出さない!」

 その怒りが、そのまま言葉に出る。言われたトールも不本意である。

「本気じゃないわけじゃないんだが、武器を使っての戦いだと、事故で死ぬこともあるだろうが」

「なるほど……」

 頷いたゴルバは、大剣を捨てた。

「ならステゴロじゃどうだ? そっちもいけるんだろう?」

「……まあ嫌いじゃないが」

 きちんと鞘に大剣を納め、床に置くトールである。



 この瞬間、天下一武闘会に戦いの様相は変化した。

「体格差はあるが、そんなことは関係ないんだろ?」

「まあ、そうだな」

 総合格闘技を少しかじったこともあるトールである。無手での戦闘があまり発展していないネアースでは、それでも充分な使い手と言える。

 ただ打・投・極のうち投は、あまり有効ではない。ネアースのステータスシステムによって強化された肉体は、叩きつけられる床よりもよほど強靭である場合が多いからだ。

 まあ柔術は極め技や絞め技の方が、総合格闘技ではよく使われているが。

 ネアースの格闘術技能も、だいたいは打撃系の技術を反映したものとなっているので、なかなか10まで上がることはない。

 しかしトールの場合、その例外でもあるのだが。

「じゃあ、始めるか」

 ゴルバの言葉と共に、泥臭い殴り合いが始まった。







 血に熱狂する観客たちであるが、泥臭い殴り合いも嫌いなわけではない。

 むしろさらに原始的な勝負となって、喜ぶ者もいる。

「勝ったな」

 レイアナは控え室で呟き、フラグを全力で立てた。セリナやシズもそれに頷く。

「ちょっとあの体格差で殴り合いって、分が悪そうなんだけど……」

 細腕で山をも砕くアスカが何か言っているが、地球の武術を身につけている三人には、結果は見えていた。



 ゴルバは圧倒的な後悔と共に、満足感を覚えていた。

 彼の拳はトールのより内側から繰り出される拳に弾かれ、その軌道のままトールの拳はゴルバの顔や胸、腹を打つ。

 巨人種であり、実際の戦闘においては武器を使うことが多い彼は、やはり素手での戦闘には熟練していなかった。

 よって基本的な捌きの技術にも精通していない。

 さらにトールの打撃は特殊なものであり、鎧を通して肉体の内部にダメージを与えてくる。



 圧倒的な技術差が、圧倒的な体格差を覆していた。

 さらにトールは当身により体勢を崩したゴルバの足を払い、寝技に持ち込む。

 寝技は立ち技と違い、センスよりも練習量が、技術が出る分野である。

 だが関節技は体格の差があるので使えないものが多い。鎧を着ているので絞め技もない。

 トールが選んだのは腕がらみである。見事に極まったそれに、ゴルバはうごごごと呻く。



 数秒の抵抗の後に、ゴルバは参った!と言った。想定外の決着であるが、勝ちは勝ちである。

「奇妙な技だな。お前たちの領土では、そんな技術があるのか?」

「これは異世界の技だな。戦争が普通に行われている場所では、打撃以外の技は使いづらい」

 地球では一時無敵を誇ったブラジリアン柔術であるが、あれもあくまで一対一を前提とした技術であった。

 いくらチョークで首を絞めても、一瞬で落とさない限りはすぐに邪魔をされる。

 ネアースの場合、戦場で鎧を着ないことはまずありえないし、戦場の技ではないのだ。



 それを考えると、いくらなんでもありとは言え、さすがに一対一を想定している武術とは何なのかという疑問が浮かぶが、それはそれ、最強を求める性であろう。

 ゴルバが自分より半分ほどの大きさのトールの腕を上げて、勝者を讃える。

 会場は当惑の色もあったが、勝者を讃える歓声は大きかった。



 そしてそれと同時に、貴賓席の一つが内側から爆発した。



 闘神帝。

 最も注意すべき人物の姿が、観衆の目に露になったのであった。

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