120 勝負に勝って、試合に負けた

 戦いとは、強い者が勝つとは限らない。

 勝った者を強いとすべきなのだろうかと言えば、それにも疑問が残る。

 ルールに縛られて負けた場合、なんでもありなら勝てたと思うことだろう。

 カーラはそんな事態に直面していた。



『さあ、両者再び地上に立ちました! 今のところデミアン選手には全くダメージが与えられてないようですが』

『いや~、力は消耗してるでしょうね。ですがデミアンはタフネスで有名な戦士ですから、ここからが勝負でしょう』

『対戦者のカーラ選手は、あまりスタミナに優れているようには見えませんねえ』

『いや、だから魔法使いの魔力は体格とは関係ないと――』

『おおっと! また両者が動く!』



 ちなみに全試合が当然のように、解説が加えられている。

 しかし戦士たちの動きは言葉よりも速いため、合間合間に途切れ途切れの解説をしていくしかない。

 しかもこの解説者の片方は、実戦経験はないようだ。まあもう片方がそれをフォローするのだろうが。



 正面から間合いを詰めた二人は、互いの武器を打ち合うかのような軌道で動き、それでいながら互いに受け流し合った。

 そもそもカーラの剣術はそういうものであるし、デミアンは直感的に、カーラの剣をそのまま戦棍で受けたら、切断されるのに気付いていた。

 少なくとも武器の質では、カーラの方がはるかに上である。竜の牙を材料に、3000年かけて発達した魔法の術式を組み合わせているのだから。

 かつての愛剣、竜殺しの聖剣は、宝物庫の中である。今使っているこの剣は、形は剣だが杖としての性質も持っている。

 普通の魔法使いであれば――普通でない魔法使いでさえも必要な、術式構築の時間が、限りなく短くなっている。

 武器を用意するのも勝負の内とするなら、この点ではカーラの勝ちであった。







 そしてそれでもカーラが圧勝出来ないのに、控え室のレイアナは嘆息していた。

「先生、かなり技も魔法も制限されてますね」

 横でそれを眺めるセリナに、レイアナは軽く頷く。

「元々魔法の方が得意だしな。その肝心の魔法が、本気で使えば結界を破壊して、周囲に被害を与えるものと分かってしまった」

 これが荒野の決闘ならば、流星雨一発でカーラの勝利であったろう。

 他にも数々の禁呪を使えるカーラだが、破壊力が強すぎる。使えば蘇生不能なまでに相手を木っ端微塵にしてしまうのは自明の理である。

 対単体の禁呪もあるが、それも相手を完全に消滅させるようなものだ。



「聖神帝の結界が弱すぎるのが悪い」

 正直ルールと舞台の設定が不利すぎる。近接戦に特化したシズはいいが、五人の中では一番魔法に比重をかけているカーラは、一番戦力を削がれている。

 レイアナは舌打ちしたが、それでもまだカーラの方が自力は上だと見ていた。

 自分と接近戦の訓練は頻繁に行っているので、その技術が相手のオーガよりも上だと分かっているのだが、オーガの怪力があっても、単純にカーラの強化した筋力の方が上だ。

 スピードではさらに上回る。そしてあの細身からは想像もつかないが、カーラの肉体の耐久力は、オーガを上回る。

 それでもすぐに勝てないのは、舞台設定によるのだ。あと、相手が中途半端に強いのも悪い。

 ルールが悪い。試合場外での予測される展開が悪い。そもそも連勝するのも悪い。

 色々と考えすぎているカーラが悪い。



「まあそれでも、勝てることは勝てるんだが……」

 レイアナの視線の先にある画面は、カーラとデミアンが目にも止まらぬ速度で攻防している光景が見える。

 試合開始から、およそ五分。もし全力なら、息が切れてもおかしくはない。

 だがカーラは全く呼吸を乱していないのに対し、デミアンは肩で息をしている。

 問題は決定的な一撃をどう入れるかだけなのだ。



 魔法による攻撃。下級では通用しないし、通用する程度のものなら相手を殺してしまう可能性高し。

 剣による攻撃。相手の技量が高いため、致命的な一撃を加える覚悟がいる。手を抜いたら逆に反撃で負けそう。

「中級で特殊な魔法と、接近戦を組み合わせて……」

 カーラの肉体が発光する。それに合わせて、周囲の待機が帯電する。

 電撃による麻痺。だがこれは相手の武器に通電しないことにより、無効化された。

 魔法での麻痺攻撃も、肉体を行動不能にすることは出来ない。中途半端に耐性がある。



 威圧や視線での攻撃も、やはり効果はない。ほぼ純粋な前衛タイプの戦士なので、そういった攻撃に対する防御力は高いのだろう。

 武器破壊による戦闘終了も、何度も試みているがほぼ不可能である。

 圧倒的に強いはずなのに、ルールと手加減する必要があって、互角に近い戦いになてっている。

 毒などの特異な魔法は、カーラは使わない。向こうが使ってきたら無効化出来るが、自身はそういった方面に能力を伸ばさなかった。

 竜の血脈による耐性により、たいがいの状態異常は無効化出来るのだ。



 一応勝ち筋は見えている。スタミナ切れによる消耗戦だ。だがそれはあまりにも、観客の受けが悪いだろう。

 カーラはシズと違って、空気の読める人間であるのだ。

 実際に時間をかけずに相手の戦闘力を奪うのは難しいのもある。

 身体強化に加速など、様々なバフをかけているデミアンに合わせて、カーラも能力を開放していく。

 相手からしたら自分がどれだけ力を出しても、それに合わせて対戦者が強くなっていくので、悪夢のようなものだろうが。

 本気を出す。本気の本気を出す。本気の本気のそのまた本気を出す。こんな感じである。



 よってカーラは、勝つことを諦めた。







 目の肥えた観客にも、さらに目の肥えた招待客である神帝たちにも、試合の趨勢は明らかになっていった。

 デミアンの動きに対して、カーラが対応できなくなってきている。後退を繰り返すその姿は、八百長を見慣れた人間でもそうと判断するのは難しいだろう。

 やがて目で追いきれない応酬の後、デミアンの戦鎚がカーラの胸を強打した。

 さすがに少し痛かったが、それを後ろに飛ぶことで受け流している。だが体はそのまま舞台から飛び出て、観客席との間の場外に転落した。

 デミアンの勝利である。



「え? マジで?」

 勝った本人がそう呟いた。

「へ?」

 とネアース世界の者たちは呆気にとられた。

 その中でレイアナだけが、深々と嘆息した。

 次の瞬間、場外の砂地で横たわっているカーラの傍に、レイアナは立っていた。

「どういうつもりだ?」

 カーラにはまだまだ余力があるのは分かっていた。相手の攻撃を全て捌き、こちらの攻撃をちくちく当てていけば、完封できたはずなのだ。

「時間がかかりすぎそうでしたので」

「ああ。そうか……」



 時間無制限というルールのこの試合であるが、一応放送時間は決まっている。

 プロ野球中継のように長引けば後の番組が圧迫されかねない、まあ専用チャンネルは、この試合のためだけに一回線を準備してあるのだが。

 それでもまあ、ちくちくとした長期戦が続くのは、面倒だとカーラも思ったのだろう。実際レイアナも長引くとは思っていたのだ。

「すみません、リア」

 ダメージもないだろうに横たわったまま、カーラが謝る。

「まあ、このルールだとな。シズのようなタイプの方が有利なんだろう」

 お姫様だっこしてカーラを運ぼうとするレイアナに、影が落ちる。

「おい、あんた」

 デミアンがまだ肩で息をしながらこちらを見下ろしていた。

「まだ全力じゃなかったはずだな? なぜ勝ちを譲った?」

「それは……」

「そうしないと、盛り上がらないからだ」

 カーラが彼の自尊心を傷つけないように言葉を選ぼうとするのに対し、レイアナにはまったく遠慮がない。

「単なる殺し合いなら、ともかくな。まあ状況が悪かったわけだ」



 そのまま去ろうとするレイアナに対して、デミアンは前を遮る。

「ふざけるな。全力を出していない相手に勝って、なんの価値がある!」

 デミアンの美学は、いつもならばレイアナにとっても好ましいものだった。しかし今は、わざわざ時間を短縮したのにさらに時間をかけるわけにはいかない。

「よし分かった。少しだけ本気を出してやる。……死ぬなよ?」

 そしてカーラをお姫様だっこしたままのレイアナの蹴りが、デミアンを吹き飛ばした。



 回し蹴り気味であったので、デミアンは横に吹き飛び、結界も破って壁に激突し、そのまま気絶した。

 会場がしんと静まりかえった。

『あ……と、デミアン選手が、その……』

『……』

 解説者も言葉が出ない。先ほどまで激戦を繰り広げていた戦士が、蹴りの一撃で完全に戦闘不能になったのだ。

「よし、手加減もうまくいった」

 どうでもいい満足感を達成し、レイアナはそのまま出入り口へと去っていく。観客たちの視線がなくなったところで、カーラを立たせる。

「武器じゃなくて素手だったら、もっと上手く手加減出来たんじゃないのか?」

「リア……。それをすると、職業戦闘士である彼の立場がなくなってしまいます。既にもうなくなってしまったような気もしますが」

「そうか。まあいいだろう。試合直後に消耗していたのと油断していたので、上手く攻撃が入ってしまったと思ってくれるさ」

 かくして第二試合は、よく分からない余韻を残したまま終了したのであった。







「久しぶりだな。まともな対人戦は」

 控え室で他とは比べ物にならない巨漢、勇者であり剣聖とまで言われたトールが、軽く大剣を振っていた。

 その速度はただの素振りとは言え空気を裂き、挙動の始まりと終わりしか見えない。凄まじい速度である。



 戻ってきたカーラが「すみません、負けてしまいました」と謝っているが、どこか生暖かい雰囲気になっている。

 モニターに映された光景では、蹴りの一撃で失神したデミアンが、担架で運ばれていっている。

 敗北したカーラがほとんどダメージも見せずにいるのとは対照的である。



「先生、わざと負けましたよね?」

 セリナの問いに、カーラは首を傾げる。

「わざと、というわけでもありませんよ? ほら、あの地球の文化にあったプロ……プロ……」

「プロレスだな。だがあれはちゃんと台本があるんだぞ?」

 レイアナがこつんとカーラの頭を叩く。珍しい光景だ。



 弛緩した空気の中で、トールだけはしっかりと集中力を切らずにいる。

「勝敗よりも、勝ち方や負け方が重要だな。そういう意味では心配そうなのが一人いるんだが……」

 じろりとレイアナの視線に晒されたアスカが、少したじろぐ。

「あ~、確かに相手の攻撃が通じず、一方的な展開になる気が……」

 母の戦闘を直接にみたことはないが、吸血鬼の真祖については当然詳しいミラがうなる。

「よし、じゃあ体を霧にするのは禁止で戦ってもらおうか」

 レイアナの提案に、アスカはものすごく嫌そうな顔をする。

 2000年ぐらい前に、小国の召喚した勇者と戦って、けっこうなダメージを受けた記憶が甦る。今なら完封出来るかもしれないが、あれは例外の中の例外である。



 かくしてアスカもまた縛りプレイを強要されるわけだが、その前にトールが戦うのだ。

 海を割り山を砕くのが通常攻撃という初代勇者の戦闘が、はたしてどういうものになるのか。

 何しろレイアナがネアースに転生してくる前に活躍していた勇者である。試合という形式ではあるが、その戦闘を間近で見られるのは感慨深い。

「さて、行くか」

 案内人に連れられて舞台に向かうトールの背中が、やけに大きく見えた。

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