119 伝説の銀
第一試合の終了の後、しばらくの時間が空く。
その間に舞台の清掃が行われ、新たな賭けが行われ、そして観衆は感想を語り合う。
リーグの強さを知っている聖神帝の民たちは、意外な結果に驚きを隠せない。
シズの強さを知っている仲間たちは、納得はしたが少し驚いていた。
「職業剣闘士のトップがあの程度なのか?」
誰もが思った疑問を、トールが口にした。
そしてそれに答える人間がいた。
「彼の弱点は、剣闘士であるということ。つまり、観客を盛り上げなければいけなかったということです」
おそらくは最も多くの立ち位置で戦った経験の多い、セリナが言った。
剣闘士というのは、盛り上げた試合をしなければいけない。相手が弱者であれば、圧倒的な力の差を見せ付けて勝たなければいけない。相手が強ければ、自然と死闘となるだろう。
だがシズとの試合では、彼はまずシズの強さを観衆に見せる必要があった。盛り上げる必要があったのだ。
シズの持つ価値観とは、相容れない。
彼女は勝つために戦う。過程など考えない。勝てばそれでよかろう、なのだ。
「まああの男が実力の全てを出す前に倒してしまったのは確かじゃが、それでも相手の強さは弱い順に並んでいると思うよ」
控え室に帰ってきたシズが加わる。
無傷で勝ちはしたものの、精神的にはそこそこ疲労している。戦いを組み立て、相手の切り札を警戒した結果である。杞憂であったが。
次の相手はオーガの戦士である。生まれもっての怪力が特徴の、かつては戦士の種族とも言われた魔族である。
もっともネアース世界の場合、はるか昔に魔王陣営からかなりのオーガが脱退し、亜人扱いされていたのだが。
オーガは生来の怪力と巨大な膂力を持つ種族であり、魔法にはそれほど長けていないが、身体能力をさらに高める技能を持っていることはざらにある。
実際カーラの対戦するオーガは、単なる怪力だけではなく巨体からは想像も出来ないほどのスピードに加え、戦棍を自由自在に操る技術も持っていた。
パワーでは劣り、スピードでは互角、技術では上、それがカーラに対する評価であった。
だがほとんどの観衆は知らない。
聖神帝陣営に提供された訓練の風景。それはカーラが他の選手やコーチと剣を合わせる風景であった。
そこから彼女の剣が流水のように技術に特化したものだと勘違いするのだが、実のところは全く違う。
確かに技術的なものもあるが、トールの大剣を技術だけで受け流せるわけがない。
そして彼女は普段、レイアナと剣を合わせて訓練することが多い。
竜の膂力をそのまま、女の細腕に秘めたレイアナとだ。
最低限の怪力を持っていないはずがないのだ。
まあそんな訳で。
「まず二勝目は大丈夫だと思うがな」
娘であるプルは、優しいが甘くはない実の母の実力に、全幅的な信頼を置いていた。
闘技場の舞台に、二人の選手が入場してくる。
オーガであるデミアンの登場には、男くさい歓声が上がる。女性ファンもいないわけではないのだが、彼のファンは男が多い。
ちなみに同性愛者にもモテモテである。彼自身にはその気はないが。
そしてわざわざ聖神帝の領土までやってきた応援団の中からは、女性たちの嬌声が聞こえてきた。
「カーラ様!」「カーラ様!」「カーラ様!」
ネアース史上五大美人の一人とまで言われるカーラには、もちろん男性ファンというか信者も多いのだが、それ以上に女性信者もいる。
3200年前から変わらず、彼女の人気は高い。ちなみに最も彼女を強烈に支持するのは、百合男子どもである。
暗黒竜レイアナと銀の聖女カーラの組み合わせは、ネアース世界の百合道における、古典かつ最も先鋭的なカップリングなのだ。
シズがそうしたように、カーラもデミアンに近づいていく。オーガの壮年男性は、渋い小父様好きの少女たちならメロメロになりそうな雰囲気をたたえている。
ファンは男だけではないのだ。むしろ常識的に考えるなら、女性ファンがもっと多くてもいいぐらいなのだが。
「……そんな装備で大丈夫か?」
全身を金属鎧で覆い、巨大な戦棍を持つデミアンは、軽装鎧と長剣一本のカーラに対して、油断はしなかったが困惑はした。
それに対してカーラは、目の前の敵があまりにも情報を知らないと、気付いていないと確信した。
「私の皮膚はその気になれば、竜の鱗よりも固くなる。そして、首を切断されたぐらいでは死なない」
前者は竜の血脈由来のものであり、後者は魔法によるものだ。
吸血鬼の真祖ほどではないが、ある意味カーラも不死身だ。デミアンの持つ能力では、殺しきれないだろう。
「そして私の剣は、神竜の牙から作り出した物。あなたの鎧は動きの妨げになるだけです」
スポーツマンシップ、というものではない。だがカーラは、まずどんな相手でも、それが人種であれば、ある程度の手加減をしてしまう。
野生の獣や竜でさえ、それが害にならないならば逃がしてしまうものだ。それは善良だとか優しいとか、そういうものではない。
カーラという人間が、そのように出来ているのだ。
試合という舞台では、相手は殺さない。
「只者じゃないことは分かっているが、どういうもんなんだ……」
デミアンの表情は見えないが、その困惑は伝わってくる。彼らに渡っているカーラたちの映像は、その真価を映したものではない。
カーラのレベルになると、本来第二の攻撃手段になる接近戦でさえも、軽く山を砕き大地を割る。
さすがに惑星を破壊する神竜ほどではないが。
どうもこの試合の難易度を、ネアース側は高く見積もりすぎたらしい。それに気付いたカーラは、どうすべきか迷った。
レイアナは言った。この試合はプロレスであると。
戦って勝つこともある程度重要であるが、聖神帝のご機嫌を損ねるとまずい。
そしてあまりに圧倒的な力を見せ付けると、他の神帝たちの介入があるかもしれないと。
シズにはそのあたりの感覚が抜けている。傭兵という前歴が、観客に魅せるという意識を抑えつけているのだ。
ならばカーラはどうするべきか。
(当然、空気を読む)
頭上の数字がゼロになるのと同時に、カーラは踏み込んだ。
必要以上に派手な、攻撃の応酬であった。
重量からして動きが鈍くなりそうなデミアンであったが、軽々と戦棍を操り、カーラの剣と打ち合おうとする。
戦棍は太く、魔道合金製で、普通の武器が相手ならば一撃で破壊することが出来る。
しかしカーラはそれを簡単に受け流し、半歩踏み込んでデミアンの左上腕に斬りつける。
だがデミアンも半歩退いて、それを回避した。
怪力を誇るオーガであっても、デミアンの技術はそれだけに頼ったものではない。単なる腕力だけの攻撃ならば、カーラのカウンター気味の一撃をかわせなかったはずだ。
そこからカーラの三連突きが繰り出され、それはデミアンの戦棍に受け流された。最後の突きに合わせて今度はデミアンがカウンターを仕掛けてくるが、カーラは跳躍してそれをかわす。
ほとんど真上の位置から、カーラは魔力弾を放った。
速度を重視した、破壊力や収束力は犠牲にした魔法、というか魔力の塊である。それでも受けたらダメージは必至だが。
デミアンは戦棍に魔力を通して、それで魔力弾を弾いた。続けて空を飛びながら、カーラは魔力弾を連射し続ける。
舞台が粉々になっていくが、まあこれは想定内である。そもそもシズの試合でも、踏み込みなどで一部損壊はしていたのだ。
魔法を使えばそれほどの時間も必要とせず修復出来る。だからカーラは無詠唱で魔法を放ち続けるのだが、どうにも効率が悪い。
武器で攻撃した方が、一撃の威力が一点に集中する。だがそれは相手の攻撃範囲に入るということである。
遠距離からの攻撃を続けることは、あまり観客の受けはよくないだろうから、それほど続けるつもりはない。だがデミアンに全くダメージを与えていないというのももどかしい。
魔法はほとんど使えないが、技能で魔力を使うことは出来る。それによって武器を強化し、己を強化し、魔法の攻撃から身を守っているのだ。
魔力を術式で形あるものに変えるのが魔法であるが、これは術式の構成と発動に、わずかなタイムラグがある。カーラの場合は常時術式を構成しているので別格だが、戦士型の魔法使いは、魔力をそのまま使う場合が多い。
デミアンもカーラの攻撃を全て捌きながら、カーラに向けて跳躍する。空中で空気を蹴って、カーラの上から戦棍を振り下ろす。
対してカーラは短距離転移を行い、デミアンのさらに上から剣を振り下ろす。だがこの状態からでもデミアンは攻撃を受け流す。
純粋な接近戦の技量だけなら、カーラよりも上かもしれない。しかし魔法を併用することによって、カーラの攻撃パターンは無数になる。
誘導魔力弾を数十個浮かべ、自身はさらに上空に上がりながら、その魔力弾を回避不可能なタイミングで四方八方上下左右から誘導攻撃する。
さすがにタイミング的にも空間的にも回避は出来ず、デミアンは魔力の鎧で身を包み、それをも貫いた魔力弾も、彼の鎧で大幅に威力を減衰される。
衝撃は伝わっただろうが、ダメージは少ないだろう。その隙にカーラはもっと大規模な魔法を使おうとして――やめた。
デミアンの装備、そして彼の魔力の使い方からして、どうしようもない攻撃力の魔法で倒すのは可能だ。
だが倒すだけで済ませる魔法がない。おそらく使えば肉体全体を蒸発させるほどのものになる。
それでは確実に彼を殺してしまう。死んですぐなら生き返らせることが出来ると言っても、肉体を完全に消滅させた状態からでは無理だ。
神竜やセラに確認しても、その状態からでは無理だと聞いている。ネアースが根幹世界と接続される前だったら可能だったのだろうが、魂が広大な根幹世界で輪廻する状態では、最低限肉体は必要だ。
攻撃力が強すぎて、殺してしまう。それはカーラの本意ではない。
普段は使わない、それ故にわずかに構成に時間のかかる魔法をカーラは使った。
魔弾。魔力弾と基本的には変わらないが、さらに魔力を凝縮させたもの。それゆえ相手の防御は突破しやすいが、一撃必殺とはなりにくい。
それを十数個一斉に解き放つ。形状は円錐にして、さらに貫通力を増す。
デミアンの戦棍はそれを幾つか弾き、鎧の表面でいくつか滑ったが、それでも残りは肉体を穿った。
だがたいしたダメージにはならない。
「うおおおおっ!」
方向を上げるデミアンは、またも大振りの戦棍をカーラに打ち込むが、それはさらに上空に避けたカーラには当たらない。
そして次の瞬間にはカーラは、舞台の上に転移していた。
剣を収め、両の手を球を握るような形にする。
『焦熱弾』
それまでとは比べ物にならないほどの破壊力を秘めた魔法だ。デミアンの鎧などオリハルコンはおろかミスリルでもないので、それを防ぐことは出来ない。
だがデミアンは魔力を鎧のさらに外側に展開した。カーラの一撃はその防御を貫くことが出来ず、むしろ試合場からの流れ弾を防ぐ結界に穴を開け、空の彼方に飛んで行く。
大気で減衰するとは言え、天空に見える他の大地に、大きなクレーターを作るだろう。
「魔法使いがこれだけ強いとは……どういうこった?」
地上に降り立ったデミアンは、既に傷が塞がっている。高速治癒の祝福だろう。鎧の穴も塞がっているのは、自動修復機能か。
魔導金属ではないが、魔法自体はかかっている。金属鎧の名に恥じず、それなりの追加機能はあるらしい。
「私の世界では魔法戦士が強いのは当然ですが、どうもこの領土では違うようですね」
聖神帝の持つ戦力は、神将級の力の持ち主が何十人もいる。だがそれらが力を見せ付けることはない。
彼らにとって力イコール地位であり、闘技場で戦うような戦士は、しょせん娯楽を提供する者でしかないのだ。
(殺さずに勝つのは、少し厄介ですね)
再び剣を抜いたカーラは、詰みへと持っていく手段を頭の中で辿っていった。
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