116 集う力

 聖神帝は快楽主義者というか、お祭り騒ぎが好きと言うか、とにかくワイワイやるのが楽しいという、比較的付き合いやすい精神をしている。

 彼の命令により、その領土の端、ネアースに向かう方向の辺境に、あっという間に巨大な闘技場が作られた。

 最大収容人数20万人というから、東京ドームはもちろん中山競馬場よりも巨大な箱である。

 この後ネアースとの交流が盛んになれば、この建物はその交易拠点として、再利用される予定である。

 意外と言ってはなんだが、聖神帝は賢かった。



「さて諸君、普通の報告と、とても悪い報告の二つがある。どちらから聞きたい?」

 いよいよネアース領土と聖神帝領土の試合が行われるというその前日、珍しく余裕のない表情で、レイアナは選手やその介添え人へと言葉をかけた。

 場所は闘技場に隣接して作られた宿泊施設で、闘技場をはさんで丁度反対側に、聖神帝側の選手たちが泊まっているはずである。

「普通に話すがよかろ。悪い報告が、誰にでも悪いということはあるまいし」

 泰然とするシズは、ある意味数百年、数千年を生きる人種よりも老成して見える。これは老いを経験した転生者に見られる傾向である。

「ならばまず、普通の報告だ。というか情報だな。もっと早く寄越せと言いたかったが、こちらの方も昨日渡したのだから、文句も言えないが」

 それは出場選手に関する簡単なプロフィールであった。



 聖神帝の領土の支配者層は天翼族であるが、この種族は魔法にこそ長けた種族であるが、物理的な接近戦を行う方面にはあまり力を発揮しない。

 このあたり種族差別をしているのだが、天翼族以外は全て平等なので、そこでバランスが取れているのだろう。

 そもそも天翼族が他の種族の居住区にいることが少ないので、他種族はあまり支配されているという感覚さえないのだ。

「真に素晴らしい支配とは、被支配者がそれを意識すらしていないことと言うが、聖神帝はまともな神なようじゃの」

「シズ、それは地球の言葉ですか?」

「老子じゃよ。儒教はあまり好きではなかったが、孫子は役に立ったからのう」

 そんなやりとりもあった。



 聖神帝側からの出場者は、人間が一人、オーガが一人、巨人が一人、人狼が一人に虎の獣人が一人という、まさに前衛向けの種族を集めたものとなった。

 簡単なプロフィールまで書いたものがあって、まさに見世物のノリである。まあそれに関しては、こちらからもある程度の情報を渡すことになったが。

 さて、星獲り戦であるので、先鋒からの順番を決めなければいけない。

「こういうのは先鋒か大将に一番強いのを持ってくるのが常套なんだが……」

 コーチのような顔で自然とまとめているレイアナに、誰も違和感を覚えない。

「代理戦争の面もあるから、真剣に勝ちにいかないといけないな」

 選手のまとめ役は剣の勇者トールである。一応選手の中では一番長命なので、自然と主将のような立場にある。確かに頼りがいはある。



 団体戦の場合、先鋒や次鋒、中堅や副将、大将にはそれぞれに求められる性格がある。

 積極的な人物は先鋒に向いているし、メンタルの強い人物は大将に向いている。

 あまり周囲を気にしない者は、次鋒に向いているとも言われるし、中堅は開き直るタイプが向いているとも言われる。

 まあ全ては試合の展開次第なのだが。



「強い順番に並べて、とにかく勝ってしまうというのもあるな」

 レイアナの言葉に、反論するのはトールである。

「勝負がついた後も全部の戦いが行われるのだから、あまりあからさまなことをしては受けが悪いだろう。それにほら、悪い方の報告が……」

 トールに促されて、レイアナはまだその情報を伝えていないことを思い出した。

 そして嘆息する。彼女にしてもそれは、厄介な事態になりそうなことであったので。

「実はその試合観戦に、周辺の他の神帝や神王が来るそうだ。本人が。直接に」

 オリンピックやワールドカップの試合観戦に、競技場に各国の首脳が来るようなものである。



 別にそれ自体が悪いとは決まっていない。友好的に交流を深めるなら、むしろ望ましくすらある。

 だが試合観戦に興が乗って、周囲に被害を与える可能性がある。

 神帝、中でも闘神帝あたりがかなり危険そうだ。

「なんですかね。交流のためのイベントが、そのまま戦争に発展しそうな気がするのは私だけですか?」

 セリナの呟きに、頷く人間が何人もいた。



 しかし、その中で一人。

 大賢者サジタリウスだけは、暗い目をして沈黙していた。







「わし先鋒。相手も人間じゃし、人間同士で戦いたい」

 先鋒に立候補したのはシズである。相手の戦法は確かに人間なのだが、今のシズは半獣人である。まあ、言わんとすることは分かるが。

 人間は身体スペックでは、最も劣る種族と言えよう。それが選ばれているのだから、おそらくは技量に重きを置いた、達人であるのだろう。

 オーガや巨人といったパワーファイターを技で翻弄するのもいいが、シズの今の課題はそれではない。



 先鋒が決まったところで、次はどうするかと言うと、次鋒は先鋒の結果によらず、下手なプレッシャーにも負けない者がいい。

 相手はオーガであるが、どの道他のメンバーもパワーファイターが予想されるため、メンタルの強そうな人間が好ましい。

「地味そうな二番手は私が」

 地味に重要な二番手に、カーラが立候補する。もちろん彼女は分かっているのだろう。

 華奢な人間女性に見える彼女であるが、当然のごとく竜と神の両方の血を引いているので、腕力的にも弱いはずがない。



 さて、三番手である。

 考えにくいことだが、もし二連敗してたとすれば、この位置は重要である。万全を期して確実に勝てそうな人物を置いておきたい。

 すると頼りがいのありそうな巨漢に向けて、視線が集中する。

「よし、じゃあ俺がやろう」

 二メートル近い身長のトールであるが、巨人種はさらにそれより大きい。だが彼が単なるパワーファイターではないことは、彼と訓練する者は良く知っている。



 そして四番目、副将であるが、相手が人狼であるのなら、こちらが出すのは吸血鬼に決まっている。

 吸血鬼の能力に対して、人狼は基本的にものすごく相性が悪いのだ。特に真祖であるアスカは、物理攻撃がほぼ効かない。

「まあここで必ず一勝は取れるから、あとは皆の頑張り次第ね」

 そうのたまったアスカに対して「それはフラグだ」と指摘する者はいなかった。



 自然と大将はセリナが務めることになった。

「私ですか」

 疑問でもなんでもない。自分がその立場に不足した実力だとも思わない。

 ただなんとなく、相手のことが気になったのだ。



 虎の獣人。単なる身体能力では、絶対に人間が勝てない領域の生物。

 だがセリナは人間ではない。もはや神竜に近いとさえ言われた、竜の血脈を宿す者だ。

 巨人やオーガすら上回る膂力を持ち、その前提として人間の力で極めた技がある。

 普通であればセリナはもちろん、他のメンバーも全勝できるはずだが、さすがに種族的な特徴だけで判断するわけにはいかない。

 実際に渡された資料には、軍人だったり武闘家だったりと、戦闘技能を磨いたプロフィールがある。

 神帝という存在からしたら、おそらく彼らは純粋な力が足りないのだろう。だがその分技に磨きをかけているのかもしれない。

 元々闘技場で戦うことを職業としている者もいるようだし。



「これがトーナメントだったりしたら、もっと面白いんでしょうね」

 ふと呟いたセリナであるが、それは確かに魅力的な考えだと思った。

「定期的にトーナメント方式の試合を行うように言ってみましょうか。いいガス抜きにもなるでしょうし」

「それはまあそうだが、とりあえずは目の前の戦いだな」

 トールはこの御前試合を、いくつかの意味で楽観視している。まず、負けても相手の傘下に入るとか、支配されるということはない。

 そして現実問題として、勝てない可能性が低いだろう。

 相手が神将級の戦士を用意していないのは確かなのだ。もっとも神将級でも神将と呼ばれていない可能性もあるが。

 神将級で、ネアース換算なら古竜級。五人の中で古竜に勝てないのは、相性の悪いアスカぐらいであろう。それと装備がなければシズもであろうか。



 とりあえず準備は終わった。あとは戦うだけだ。

 皇国の興廃、この一戦にありというわけではないが、おそらく歴史に残る出来事にはなるであろう。

 出場選手たちは各自で闘志を燃やしていた。







 そしてそれとは全く別に、計画を進行させている者たちがいた。

 ネアース世界の中でも北東に位置する、風竜テルーの神域。そこに水竜ラナと、客が二人いた。

 大賢者サージと、そして邪神帝ジン。

 因縁浅からぬジンであるが、彼の個人的な怒りは、既にラナに対しては消滅している。

 ラナを攻撃したことは過去の因縁から怒りが湧くであろうと思ったからであるが、実際には何の感情も浮かばなかった。

 それが彼を絶望させた。



 ジンの狙いは、ラナとテルーの望みにも一致した。そしてサージは脅迫されてここにいる。

 実際のところ脅迫ではなく協力という形を取っても、彼は参加したであろう。

 ジンの提案により起こる事態は、ネアースにとって不幸なものではない。もちろん犠牲は出るが、こちらには切り札を必ず残しておく。

 ネアースを守るためには、この二柱の神竜は死ぬことも、あるいは消滅することも厭わない。

 神竜とはそういうものである。かつてアルスがバルスを利用してネアースを守らせたように、もしくはネアースを守るためにクラリスを消滅させたように。



 この二柱が消滅したとしても、強力な神竜はレイアナとオーマが残る。イリーナの力もかなりの水準に達している。

 リーゼロッテとラヴェルナはまだ未熟だが、それでも強力な力の持ち主であることには変わりはない。

 そしてアルスが死んだ今、唯一無限魔法を使える人種であるラビリンスにも、話を通してある。

 ジンの計画は完璧ではないが、順序は間違っていない。

 問題は神帝たちが想定どおりに動いてくれるかどうかだが、それは神帝の性格を熟知しているジンが保証する。



 全ては順調だ。明日はこの、無限の時を存在する根幹世界にとっても、歴史的な一日になるに違いない。

「それじゃあ、本当にいいんだな?」

 最後の確認をジンがする。テルーとラナには迷いはない。

 この一人と一柱に加え、神王であるシルフィが実際の事を行う。最後の一押しをするのがサージだ。

 時空魔法を使うことによって、ジンの望みは叶えられ、ネアースを守るという目的も達成される。

 それ自体はいいのだ。だが失われるものが多すぎるのではないか。

 歪ながらも形成されている秩序が崩壊するのではないか。それを思うのだが、ならば代案をと言っても、それはサージにはない。



 それに計画がある程度失敗しても、武神帝の存在と、レイアナを温存することによって、最悪の展開にはならないだろう。

 犠牲は多い。本当に多い。他に代えられない犠牲が出るだろう。

 だがそれでも、神竜二柱はそれを選んだ。

 根幹世界の一部となってしまったことによって、彼女たちのネアースを守るという存在理由は破綻しているのだ。



「では、行きましょう」

 ラナが短く言って、その場から神竜と人の姿が消えた。

 残されたのは、神域で眠る古竜たち。



 幻想世界崩壊の、最後の一日が始まろうとしていた。

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