114 剣聖は神竜に祈り、異界の神が姿を現す

 聖神帝の領土に入って、傲慢で迂闊な神将が問答無用で攻撃してきて、それをあっさりとレイアナが半殺しにして三日。

 この広大な大地において、ようやく聖神帝への連絡が行ったらしい。

 その間、セリナたちは散々レイアナの相手をさせられて、足腰立たなくなるまで特訓させられていた。

 限界ギリギリまで上手く体力や魔力を削ってくれるので、そこからの超回復で確かに強くはなるのだが、精神的なケアもしてほしいものである。

 それが得意なカーラはネアースに残っているので、無茶振りになれているセリナが回復や治癒の魔法を使っているのだが。



「やはり三人ぐらいでかかれば、神王レベルの相手になら勝てるな」

 それがレイアナの評価である。それは単純な戦闘力だけなら、三人で神竜に匹敵するということでもある。

 これが六人揃っているなら、神帝レベルの相手とでも戦えるのだろうか。

「神帝と言っても、正直実力に差がありすぎると思うぞ」

 それが実際に神帝と戦ってみたレイアナの感想だった。



 竜神帝、邪神帝、武神帝、呪神帝、死神帝。戦った相手もいれば、話を聞いただけの相手もいる。

 だがレイアナが間違いなく勝てないと判断したのは、邪神帝ジンだけである。

 おそらく竜神帝と武神帝にも勝てないだろうが、アルスが相討ちになった死神帝ならばおそらく勝てた。

 アルスの生み出した魔法の破壊力は、レイアナであれば耐えられる威力のものだと判明していたので。

 もっとも『我が命と引き換えに』は神竜さえも良く分かっていない、無限魔法を使うアルスが、切り札として完成させていたものだ。

 魔法に関しては破滅的な情熱をもって取り組むゲルマニクスも、完全な再現は出来ないらしい。

 そもそも使えたところで、命と引き換えの魔法である。致命傷を受けた状態ででもするか、大敵相手に使う自爆攻撃である。

 そして、存在の根底が違うせいか、まだ竜はこれを使えない。もっともこの魔法以外でも、竜は己の命と引き換えに、強大な力を使うことは出来る。

 かつての暗黒竜バルスが、ネアース世界の惑星を守ったように。







「戦の流れが、遅くなってきたの」

 箱舟の甲板に立ち、シズが遠くを見つめる。その彼方に聖神帝の都があるはずだ。

「日の本の何億倍という領地を行くのですから、それは当然でしょう。南蛮人が日の本を攻めるよりも、よほど大変ですよ」

 セリナは言う。戦国時代に生きたシズには、この言い方が良く分かる。

「転移門を設置出来れば、移動は簡単になるがな。人類の歴史は、距離を克服する歴史でもあったわけだ」

 セリナの横に立つレイアナは、含蓄のある口調で言った。



 それにしても、とレイアナは横のセリナを見る。

「もう大人だな」

「何を今更」

 セリナの肉体は、少女とも大人とも言えない、微妙な状態にある。

 身長は伸び、レイアナより指一本低い程度で、もう成長は止まっていた。

 かといって大人の女というには肉付きが足らず、少年のような体形を保っている。

 レイアナやカーラ、もちろんプルも二十歳前ぐらいの容姿を保っているので、竜の血脈を持つ者は、このぐらいの肉体年齢が最も充実しているのだろう。



 長命種が多いセリナのパーティーで、唯一人間並みの寿命であるのが、シズである。

 獣人の寿命はやや人間より短い。半獣人はサンプル数が少ないのではっきりしないが、おそらく人間よりもはるかに長いというわけではないだろう。

 転生者で前世の経験を持ち越せる、しかもネアースでは祝福や技能で、肉体の限界を超越したり寿命を延ばすことが出来るが、それでも基本的に種族の限界がある。

 もちろん目の前の神竜に頼めば、不老不死程度なら可能だ。複雑な願いを叶えるのは苦手な彼女でも、シズを不老不死にすることは簡単であろう。

 そもそも不老不死を目指すのであれば、ミラに血を分けてもらえばいい。ダンピールの彼女だが、母親は真祖だ。不老不死になるかはともかく、比較にならないほど寿命が伸びるのは間違いない。

 だが吸血鬼の弱点も持ってしまう。それも鍛錬して克服すればいいのだが、そもそも吸血鬼という種族が強すぎるので、シズの経験してきた技能がそのまま活かせるとも限らない。



「やはり、不老不死かの」

 むしろ悔しげに、諦めた口調でシズは言った。

 遠くを見つめていたその視線は、今は神竜レイアナに向けられている。

 レイアナは戦闘力に特化した神竜で、ラナやテルーのような多芸多才の存在ではない。だが半獣人を不老不死にする程度なら、簡単に出来る。

「方法はいくつかある。私の血を飲むのが、一番簡単だが」

「師匠、それで私は前世死んだんですけど……」

 竜の血を飲むと不老不死になるという、事実である伝承はあるが、それには前提条件がある。

 それは血を飲んだ人物が、肉体の変化に耐えられるほどの生命力を持っているということだ。

 前世のセリナは、酒に混ぜられたレイアナの血を飲んで即死した。それ以前に不死身の祝福を得ていたので、蘇生したが。



 それにしても、とセリナは改めて思う。

 種族的な優位や祝福を含めても、シズは明らかに一行の中で生来の能力には恵まれていない。

 それでもセリナと互角に接近戦を行い、リアルで千人斬りを行うのだから、どれだけ才能と、正しい努力を行う素質に恵まれているのだろうか。

 前世があってもここまで強力な力を発揮するなど、普通は不可能である。

 そしてそんな彼女が、ついに諦めて神竜の力を貰うことにした。

 今から魔法を習うのは遅いとしても、身体性能の向上だけで、どれだけ強くなるのだろうか。



「じゃあこれを飲め」

 指先を切ったレイアナが、血の滴るそれをシズの目の前に出す。

「ちょ! それ飲んだら死ぬじゃないですか!」

「あれはお前の肉体が脆弱すぎたからだ。逆にこれを飲んで死ぬ程度なら、今後の戦いにはついていけない。シズカは置いてきた。この後の戦いにはついてこれそうにないからな、などとは死んでも言われたくないだろう」

「……そうですか、超神水は神竜の血だったんですね……」

 レイアナとセリナが前世ネタで盛り上がる。実は竜玉はニホン帝国で重要文化財として保管されている作品なので、竜牙大陸出身のシズもおおよそは知っているのだが。



 そんな二人のやり取りを横に、シズはレイアナの血をぺろりと舐めた。



 そして彼女は丸一日、腹を壊した。







 聖神帝ウルズは、かなり見栄っ張りというか、普通に王侯貴族的な価値観を持っているらしい。

 箱舟に近づいてきた浮島は、大きさこそ箱舟の半分にも及ばないが、その浮遊体全部が美麗な装飾をなされた城であった。

 そこからさらに豪華な浮き船が飛んでくる。そのマストには大きく聖神帝ウルズの姿が映っていた。



 聖神帝ウルズは天翼人を主に支配者階級に置く神帝であったが、彼自身は天翼人ではない、

 見た目は人間である。しかし人間の外見を、これ以上はないというぐらいにわざとらしく美しくした容姿をしていた。

 見た目は絶世の美女であるレイアナと対面すると、なかなか目が楽しい。

「私が聖神帝ウルズです」

 微笑すらも美しく、先にウルズが口を開いた。

「ネアースの管理者の一柱、暗黒竜レイアナと申す」

 さりげなくレイアナも、言葉遣いが丁寧になっている。



 ウルズ相手には、こちらの事情は事前にある程度伝え、そしてこの会見が成立している。

 しかしウルズがここまでの絶世の美形だとは思わなかった。そして侍従として連れている天翼族も、全て美形である。

「ネアースがどういう世界かはどうでもいいが、あなたの美しさはとても貴重なものだ」

 ウルズはいきなりそう言って、レイアナの手を取った。無駄に素早い動きで。

 それに対してレイアナはあえて突き出すようにしてから、手首を捻って逃れる。

「ウルズ殿、私は男性には興味がないのだ。神竜はどれもこれも美形なので、声をかけるならそちらに願いたい」



 忘れてはいけない。レイアナは前世が男であり、子供を産ませたことはあっても、産んだことはない。

「それは残念だが、あなたの従者も美しい者が多いが、全てあなたの配偶者なのか?」

 ウルズの視線はセリナたちの姿を横切っていくが、美形というタイプの容姿ではないゲルマニクスとシファカはスルーされていた。

「ここにいるのは私の娘と、遠い子孫とその友人、そしてネアース社会の代表者だ。まあ声をかけるぐらいならともかく、先に話をしたい」

 レイアナに促され、シファカが前に出る。あくまでも今回のネアースの人種代表はシファカなのだ。



 シファカを見てウルズは――すごく気の毒そうな表情を浮かべた。

「人間種族かね。容姿が優れない種族に生まれて世界の代表にまでなるのは、さぞ苦労が多かっただろう」

 どこかピントの外れた意見である。そして薄々、セリナはこの神帝の価値基準が分かってきた。



 人種と言っても、種族にはそれぞれ特徴がある。ゴブリンだってオーガだって人種であるし、エルフだって天翼人だって人種である。

 そしてそれらの中でやたらと美形が多いというか、美形しかいないのがエルフと天翼人である。

 吸血鬼も圧倒的に美形が多いが、それはあえて美形を吸血鬼化させたり、そんな美形の両親から生まれるからである。

 よって種族的に遺伝子が美しさに偏っているのは、やはりエルフと天翼人なのだ。

 つまり聖神帝ウルズの価値基準は美しさにあり、その美しさの平均値の高さゆえに、天翼人は優遇されている。そういう推理がなされる。



 それをレイアナも悟ったようであった。

「なんだか上手く話がまとまりそうですね」

 セリナの小声にレイアナもしっかりと頷いた。







 聖神帝ウルズは、美しいものが好きである。

 人であろうと物であろうと、それは変わらない。

 もちろん美しいものだけで世界が満たされているわけでないのは分かっているので、支配する対象と自分の間には、美しい緩衝材を入れている。

 それが天翼人なのだ。

 普段は天空に浮かぶ城にいるので、醜いものを目にする必要はない。

 天翼人たちの仕事の第一は、ウルズの周囲を美しく保つためにある。



 戦争は醜い。

 醜いし汚いし汚れる。よってウルズは嫌悪する。

 根幹世界の神帝たちと敵対したいわけでないネアースの人間にとっては、距離を置いて付き合うには極めて妥当な相手であった。

 しかし問題もある。

「私の領土にいるなら、美しい容姿の者を選んで寄越してほしいね」

 それなりに精悍でモテるシファカやゲルマニクスは、どうにも納得がいかないのであった。

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