113 第八の神竜

 聖神帝への正式な使節を送ることが決定された。

 その大使は長き眠りから目覚めた、かつて聖帝と呼ばれて、竜骨大陸を支配する巨大帝国を築き上げた男、シファカである。

 人物としての格は、あるいはアルスにも匹敵するかもしれない男だ。なにしろ3200年前の大崩壊では、アルスと敵対して負けなかったのだから。

 組織を作ることにおいても長けていて、大崩壊に至るまでの間に、『黒猫』という商社の皮をかぶった秘密結社を作って大陸中の情報を手にしていた。

 当時は人種社会は、人間と亜人、それに対して魔族というのが大きな対立軸であったが、人間と亜人側の強者を集めてもいた。

 そもそもフェルナがその集められた一人である。



「しかし眠りから醒めたと思ったら、またとんでもないことになっているのだな」

 シファカは深々と溜め息をついた。異世界からの避難、千年紀の到来、大崩壊を乗り越えるなど、様々な経験をしてきた彼であるが、それにしてもこれはない。

 どうして空に地面があるのか。地面の穴から出てくる太陽は何なのか。そもそも地図を見てみたい。

 そんな風に考えるのは当然であったが、与えられた役割を聞いてまた深々と溜め息をついた。



 シファカと共に向かう副使は大賢者ゲルマニクス。そしてセリナたちに、主に天翼人の高レベル戦士。

 用いるのは浮遊大陸。本来宇宙を旅するこの船であれば、さすがに巨大な空中母艦さえ上回る。

 その艦橋の艦長席に着座するのは当然ながらシファカで、セリナたちは連絡係のプルを除いて自室で寛いでいればいい。

 だがこの巨大な箱舟の勇姿を見るために、艦橋の補助シートに座っていた。

「スクリーン大きいわね。っていうか、案外人は少ないのね」

 きょろきょろと艦橋を見回して言葉を発するのはミラである。シズなどはネアースの時代の文明レベルにも慣れてきたのだが、箱舟の艦橋はさらにそれより進んだレベルにあるので、どこか視線が定まらない。



 箱舟は宇宙船である。それも移民のために作られた、生活環境を全て内部でリサイクル出来る移住船だ。

 それでいて未知の領域に侵入することも想定され、武装もしっかりとしている。だがそのための人員が少ないように思える。

「指揮系統は一つではないからな。第二艦橋と第三艦橋に、ある程度の命令系統を任せてある」

 それを聞いたセリナなどは、おそらく第三艦橋は大破するために存在するのだろうな、と思った。







 箱舟はそれこそ音速を軽く超え、聖神帝ウルズの支配地へと向かっていた。

 巨大な格納空間には最低限の食料などがあるが、積んであるものの主役はそれではない。



 竜である。



 半休眠状態にある古竜と成竜が、合わせて千匹ほどもいるのだ。

 魔力を食べて肉体を維持する竜のために、箱舟のエネルギーのかなりの部分が回されている。

 そしてその竜の中で唯一、完全に覚醒した状態で、箱舟をあちこちと歩き回るものがいた。

「こりゃ本当に宇宙船だな。根幹世界の中では、むしろこいつのスペックが出せないんじゃないか?」

 暗黒竜レイアナ。言わずと知れたネアース世界最大の戦力である。



 聖神帝と交渉するにあたって、思考し判断する権限はシファカに与えられたが、それを保障する暴力として選ばれたのが彼女である。

 他の神竜のうち幼い二柱はまだ修行中、イリーナは力不足、残りのベテラン三柱は、実は色々と発現している問題に対処している。

 そもそも世界と世界がくっついたのだ。球状を前提として成立していた世界が、平面になってそのままで済むはずがない。

 世界を維持するというだけで、かなりの力をそちらに回しているのである。



 それに対してレイアナは、その神竜と化した由来からして、直接の戦闘力には優れていても、理不尽な願いを叶えるような、繊細な作業には向いていない。

 よって万一聖神帝と戦うことになった場合は、彼女が主戦力となる。

 聖神帝の領地に向かう途中でも、レイアナの作り出した神域で、戦闘訓練は行われている。

 シファカを除く戦闘力の高い七人、セリナ一行にゲルマンを加えたものだ。



 そしてレイアナは一柱でその全てと戦い、あるいは一対一で、ネアース世界人種最強レベルの者たちを翻弄していた。

「……本当に全然歯が立たない……」

 ありとあらゆる魔法を使って攻撃を加えたゲルマンは、一度も反撃を受けることなく、魔力切れで敗北している。

 彼に限らずほとんどの者は、ひたすら攻撃を繰り返し、その全てを無効化され、のんびりとした反撃を必死に回避するので精一杯だった。

 だが唯一、セリナだけは違った。



「お前、もう少し無理したら、神竜になれるな」

 レイアナのその言葉には、観戦にやってきたシファカでさえも驚いた。

「馬鹿な」

 超長寿の彼でさえ、人種が神になる例は厳密に準備されていたレイアナ以外には知らない。神に匹敵する存在になることは、ままあることではあるが。

「同じ『竜の血脈』を持っていた私が神竜になったんだ。おかしくはないだろう?」

 そう、レイアナはかつて人間だった。

 今でこそネアースを守護する神竜の一角として崇められる存在であるが、間違いなく生まれは人間であったし、戦闘力以外での理不尽な万能性は、今でも他の古参の神竜には及ばない。

 だが、彼女が神竜になったのは、単に先代の暗黒竜バルスが消滅したというだけでなく、彼女にそれだけの格があったからだ。



 そして彼女がそう言う根拠は、確実に一つある。

「純粋な剣術の腕だけなら、既に私より上だろうな」

 セリナに加えシズに対しても、レイアナはそう評価した。



 実際に戦えば、まだレイアナの方が圧倒的に強い。だがそれは神竜という存在ゆえに、肉体や祝福のスペックが全く違うからだ。

 技術的なことを言うなら、肉体能力の鍛錬に限界があり、とにかく技を磨くしかなかった地球のシステムで戦闘を繰り返した二人の方が、技術的には上になっていてもおかしくはない。

「神竜になる、ですか」

 そう言われてもセリナにはぴんとこない。



 神竜というのは理不尽なまでの万能な力と、圧倒的な戦闘力を持つ存在である。

 だがどちらかというと、太古から存在したラナやテルーは戦闘力以外の奇跡を行う方面に特化し、人間から昇格したレイアナは戦闘力に秀でている。

 オーマやイリーナも戦闘職寄りであり、リーゼロッテはラナやテルーの影響で本来の神竜のありように沿って生み出されたが、ラヴェルナは悪しき神々との戦いの影響で、戦闘力の面に近づいている。

 かように神竜と言っても特徴があるのではあるが、セリナが神竜になった場合、やはり戦闘力に特化した存在になるであろう。

 しかしセリナには万能性もある。不死に近い生命力は竜由来ではあるが、地図やそれに融合した竜眼、無限収納などはその万能性に近いものだ。最近は時空魔法にも手を伸ばしている。



「そもそも神竜って何なんですか? 世界を守護する存在とか聞いていますけど、昔は五柱しかいなかったんですよね?」

 ネアース世界において、竜骨大陸以外の大陸は、一度滅んでいる。人種が滅亡したのだ。

 竜牙大陸からは数少ない生き残りが、大賢者アルヴィスに連れられて竜骨大陸に難民として逃れてきた。だが竜翼大陸と竜爪大陸は、再開発が進むまで完全に人の手は入っていなかったのだ。少なくとも歴史に残る限りでは。

 人種ならぬ魔物や植物さえ、ごくわずかにしか生息していなかった。

 竜骨大陸に戦争があったように、他の大陸でも戦争はあったのだ。オーストラリア大陸にあたる大陸の一つは、丸ごと消滅したりもしている。



 よって世界的な破壊を今後は防ぐために、新たに二柱の神竜が生み出され、黄金竜イリーナは竜牙大陸の守護を任された。

 ここから更に神竜が増えたとして、世界を守護するために必要だという理由にはならない。管理さえも、根幹世界の法則に基づいている。

 もっともネアース周辺は荒野であるので、環境の維持にはやはり力が必要なのであろうが。

 つまり次に神竜が生まれるとしたら、ネアース世界を守るため――神帝という神竜をも超える力に対抗するための、戦闘力に特化した存在として生まれるのだろう。

 そしてセリナは確実に戦闘力に特化した存在だ。地球由来の技術にネアースの竜の血脈により、ハイエルフや神でさえ倒すほどの力を、既に手に入れている。







 そんなセリナに期待はかかるのだが、同じ竜の血脈を、セリナよりもさらに強く引き、神の血脈すらも引いているプリムラは、いまいち伸び悩んでいる。

 効率的な猛特訓を繰り返すことで、もちろんその戦闘力は上がっている。既に古竜は超えて、戦闘力ならフェルナよりも上であるかもしれない。

 だがセリナには及ばない。おそらく生来の高スペックの肉体が、かえって戦闘力を鍛えるという切実さを意識にもたらさないからだ。



 その意味ではミラの成長もあまりない。

 彼女はダンピールであり、本来なら純粋な吸血鬼よりも不死性は劣る。

 だが母が真祖の吸血鬼で、父が大魔王となれば血統的にはサラブレッドだ。生まれつき凄まじいスペックの肉体を持っているという点ではプルと同じだ。

 アヴァロンから抜け出し放浪生活を送っていた時、確かに勝てない相手と戦ったことはあったが、命の危険を感じたことはなかった。

 レムドリアでも隠密任務が主であり、必死に戦闘力を高める必要はなかったのだ。



 またセラに関しても、その治癒能力と神由来の精神性から、戦闘力の伸びはよくない。

 そもそも努力をするのが苦手なのが神である。努力を必要としないとも言えるが。

 それでも人間の肉体を手に入れ、セリナたちと共に戦った経験で、少しは成長しているのだ。



 そんな点では気の毒なのはシズであった。

 彼女の肉体のスペックは、一行の中ではライザの次に低い。魔法に関しての適正もあまりなく、半獣人である点での肉体の敏捷性も、プルやミラと比べては本来なら劣る。

 そんな彼女が一行についていけているのは、レイアナの作った装備もあるが、何よりその精神性が高いことが挙げられる。

 修行や訓練を、肉体的なスペックでは既に置いていかれているセリナと行うことで、本来半獣人ならありえないほどのレベルに達し、ステータスも向上し、技能も磨かれている。



 そして戦闘力というか、火力に関しては実はライザが相当に成長していた。

 クオルフォス亡き後、唯一のハイエルフとなっていた彼女は、本来ならエルフの指導者という立場になり、精霊との交流を行い、神竜とはまた違った面からネアースを守る役目を負う。

 だが事態の変化により、ライザは戦力の一角として数えられていた。大森林はエルフの長老たちが合議で運営を行っている。

 そもそも大森林はそうそう厄介ごとに巻き込まれることがないので、危急の事態に対応するハイエルフが必要とされなかったという現状である。

 そして戦闘力のみを追求していった結果、ライザが操る精霊は、攻撃と防御に特化していた。

 肉体的には最も脆弱であるが、精霊の防御によりそれを補うことが出来る。



 かくして移動中も戦闘力を増していたネアース軍は、聖神帝の領域に踏み入ることになる。

 荒野から一転して豊かな森を持ったその大地は、確かに生命の息吹を感じさせるものであった。

 そして巨大な箱舟の姿は、当然のように聖神帝の都にも伝えられる。

 神帝との交渉という、今後のネアースを守るための戦いが、始まろうとしていた。

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