111 神帝の大地

 セリナたちの乗った飛空挺は、それまでの飛空挺よりも速度においてはるかに上回るだけでなく、ある程度の居住性まで備えていた。

 と言ってもやはり速度に重点を置いてるわけであり、操縦や簡単なメンテナンスまで、彼女たちで行わなければいけない。そしてその役割は、ほとんどセリナにかかっている。

 脳筋集団というわけではないが、機械的な部分に関しては、セリナが圧倒的に詳しいのだ。地球では半壊した戦車を修理して、作戦に活用させたこともある。

 もっともそれにも限界はあるわけで、最悪の場合はサージの転移石でネアースまで帰還することになる。その限界というのもかなり低い水準なので、この高価な飛行船は、下手をすれば使い捨てなのだ。

「しかも動力は人力だし……」

 エンジンに燃料である魔力を供給するのはプルかミラが多い。このエンジンの魔結晶に関しても、新たに開発されたバッテリーのような物なので、最新技術の塊ではあるがいずれは寿命が来る。無限機関が欲しい。

 シズとライザは魔力供給の手段を持っていないし、セラは普通に魔力を扱うのに慣れていない。負担を大きくしすぎないようということで、セリナは除外されていた。



 それにしても、飛空挺の速度はそれまでよりもずば抜けていた。

 一ヶ月とかからずに、荒野を抜けて草原や森林地帯にさしかかる。セリナの地図にはまだ人種の反応はないが。

 ここから最も近いのは、聖神帝の領土である。

 聖神帝は翼人種。所謂天使の姿をした人種であり、ネアースの天翼人と同じ人種であろうと思われる。

 その支配者層は天翼人であり、その他の人種は横並びで支配されている。ジンの情報によればだが。



 そんな天翼人に接触するなら、一人ぐらい天翼人を同行させるべきであるのだが、別に今回は交渉のための来訪ではないのだ。

 被支配者層の様子を見て、内乱の種がないかを調査する。そしてまた次には、魔神帝の領土へと移動することになっている。







 というわけで六人は聖神帝の領土で、最初にあった村へほいほいと出かけていったのであった。最新型の飛空挺は、セリナの無限収納の中である。

「村と言っても、かなり発展はしているようですね」

 セリナの言葉に、ネアース中を旅してきた仲間は頷いた。



 村にはまず水道が通っている。電気か魔力を供給する電線のようなものがあり、その動力源らしき施設は村の外れに厳重に隔離されている。

 魔力があればだいたいのことは可能である。あとは魔力で生み出すよりもそのまま引っ張ってきた方がコストの良い水は、小さな森の中の湧き水から引いてきて、農業に使うような水は近くの川からそのまま用水路を通って引かれている。

 田んぼや畑と言えば日本の田舎を思い出すセリナであるが、目の前の村で展開されている農業は、アメリカなどの大規模農園に近い。

 家はおおよそ密集して存在しており、その外には暮らす以外の用途で作られたであろう建物しかない。

 村から出る道は舗装された道路であり、そのメンテナンスもしっかりと行われているようであった。



 一応農地は柵や鉄条網で守られているが、例えば巨大な魔物などの来襲は想定されていないのだろう。つまりこの村は、安全な村なのだ。

「私の地図によると、あの大きな屋敷に天翼人が何人かいて、それ以外は人間ですね」

 セリナの報告に、一行は首を捻る。天翼人がこの村の領主のような立場は分かるとしても、それ以外が全て人間というのはなぜだろう。

 ネアースのある程度大きな村には、ドワーフや獣人がいることが多い。ガーハルトや魔族領の場合は、魔族が半数ほどを占めて、残りが人間や亜人という分布だ。

 人間主導の村の場合は、ドワーフの鍛冶屋や獣人の猟師がいて、ゴブリンやオークもそれなりにいる。長命種が村長を務めている場合が多い。

「支配の都合ではないかの?」

 シズの言葉には、ある程度の説得力があるように思える。



「ジンの情報でも、こんな僻地のことは聞いてなかったし、無視して都市を目指すべきじゃない?」

 ミラの言葉にも、やはり説得力がある。天翼人が支配階級であるなら、セリナたちは辺境にやってきた不審者である。問答無用で捕獲されるか、下手すれば殺そうとしてくるだろう。

「分かった。でももう少しだけ、時間を取らせてください」

 セリナの集中する様子に、仲間たちは無言でそれを肯定する。何をしているかなど問わない。セリナが無意味なことをしないことは分かっている。



 時間にして数分。それでセリナは村を見るための森の茂みから立ち上がった。

「もう大丈夫です。行きましょう」

 足場の悪い森の中を、一行はスムーズに進んでいく。ちなみに一番足元の怪しいセラは、浮いた状態でライザに引っ張られている。

 飛空挺に乗ってからようやく、プルがセリナに問うた。

「あの短い時間に、何をしていたんだ?」

「え? ああ、単に村人や天翼人のレベルやステータス、技能といったところを調べていただけですよ」

 単に目に入った情報だけでなく、そのあたりのことも重要であるのは間違いない。



 ネアースの外の根幹世界では、プルの竜眼は使えなかった。もちろん彼女は術理魔法での鑑定が使えるので、致命的な弱点とはならない。

 しかしプルの場合、直接目にした物しか鑑定出来ないという弱点がある。もちろん遠見の魔法と組み合わせることで鑑定は可能だが、セリナほどお手軽には出来ないのだ。

「やはり神帝と違って、普通にステータスは確認出来ますね。技能には見たこともないのがありますが、なんとなく内容は分かります」

「標準的なレベルはどれぐらい?」

「5から10といったところでしょうか。ネアースの治安が良い地域の一般人よりは高いですね」

 同じネアースでも、昆虫人たちが闊歩していた竜爪大陸は、竜骨大陸の平均よりも、戦闘力の高い人種が多かった。もっとも技能的には戦闘に特化した者が多いので、兵器の扱いによって、軍の力ははるかに劣っていたが。







 とにかくセリナが懸念していた、一般人からしてネアースとは比べ物にならないという事態は、聖神帝の領域でもなかった。この村はスルーして、都市へと向かう。

 村から都市へは、整備された道路以外に、鉄道が走っていた。もちろんそれを直接確認したわけでなく、遠見の魔法を使ったわけだが。

「スローライフを送るにはいいでしょうね……」

 セリナが洩らした感想に、プルやミラは変な顔をする。おそらくこの中で最も、自分から安寧な生活を放棄しているのはセリナである。



 どこか生暖かい視線を向けながらも、一行はセリナの目的とするその先へと思いを馳せる。

 邪神帝ジン曰く、国家の体制を作って支配を行っている神帝は、どこか趣味人なのである。

 そう言った彼自身は、自由人であると主張した。部下の数も少ないし、作った組織も活動は広範囲に跨るが、決して巨大ではない。

 だがそんな彼の組織が、ネアースの貴重な情報源となっているのだ。







 聖神帝の領地から数日、ネアースよりもはるかに広大な大地を経て、一行は魔神帝の領地へと入る。

 その前から気付いていたのだが、神帝たちのある程度集まっているここいらの土地は、ネアースが接続した大地と違って、自然の恵みに溢れている。

 元々そうだったのか、神帝が力でそうしたのか、それともこの土地を巡って争ったのか。

 根幹世界の成り立ちから考えて、どれもありそうではあるが、それよりも重大なことにセリナは気付いた。

「プル、気付いていますか?」

「何を?」

「神帝たちは確かに神竜よりも強いのでしょう。けれど、神竜のような異能の力はありません」

 それはジンのもたらした情報からも推測出来ていたが、その領地を過ぎていくほどに、確信に変わっていった。



 かつて水竜ラナは、ジンを異世界、つまり根幹世界に放逐した。

 彼は50億年を生きたと言ったが、それで手に入れた力で、ネアースに戻ることは出来なかった。

 武神帝にしても、彼の力は言うなれば世俗的なもので、不条理を現出させるものではない。

 神竜はネアース世界においてではあるが、死者の蘇生や時間の遡行も、可能であった。

 力そのものは劣っていても、その自由度は優っている。それは、ラナやテルーと比べて、戦闘力では優るレイアナにも言えることだ。

 このあたりの違いが、神帝たちとの接触において、交渉の材料になるかもしれない。







 聖神帝の天翼人に支配された領地から、魔神帝の領地へと移動する。

 二者の領地の間には、狭いながらも荒野があり、この存在が二つの領地の戦争を阻害しているのだろうと思えた。

 こちらの支配領域では、天翼人のような支配者階級はない。強いて言えば、魔法を得意とする種族が上に立っている。

 その中の都市の一つに、セリナたちは侵入した。



 発展の規模は、ネアースの先進国を上回るほどではない。

 軍の駐屯地を郊外に、街の中心に領主の館があるという形だ。

「なんつーか……前近代的?」

 ミラが地球流の評価を下すが、セリナも間違っていないと思った。

 建物や服装は奇抜なものではなく、ネアースにもあるものだ。ただ、少し流行が古く感じる。

 ネアースだけでなく地球にも近いということが、セリナを少し混乱させる。



 根幹世界とは単に巨大な、他の世界から見ても中心にあるだけでなく、他の世界のルーツともなっているのではないだろうか。

 ネアースはともかく、地球は完全に人類の文明や文化は、段階を踏んできて進んできた。根幹世界からの影響はないはずだ。

 そもそも地球には魔法がなかった。神が存在しなかった。存在したとして、それはよくある宗教に出てくる唯一神でもなければ、人格のある神でもない。

 ただひたすら大きな存在である。この根幹世界のように。この閉じた惑星のような根幹世界にも宇宙空間のような場所はあるとジンは言っていたので、ある意味この世界は、地球の原型であるのかもしれない。



 それはまあ形而上的な問題であり、形而下には今現在の対処が優先される。

 世界線の問題など、暇になってから学者が考えればいいのだ。

「とりあえず行くわよ」

 なぜかミラが音頭を取って、セリナたちは街並を探索するのであった。







 旅は順調に進んだ。

 神帝たちの支配地は、それぞれに特徴があった。神帝たちの特徴なのか、土地そのものの特徴なのかはともかく。

 考えてみればネアース世界や地球だって、地域による特色はあったのだ。根幹世界だけが特別なわけはなく、むしろ広大さゆえに生まれた差異は大きいものだ。



 竜神帝の支配地では、獣人や魔族が完全に混淆して過ごしていた。種族ごとの特性があるにも関わらず、むしろそれが良いように反応して、活気のある都市が多かった。

 闘神帝の支配地では、力こそ正義という理論で国家が成立していた。美人揃いの一行が脳筋戦士に絡まれて返り討ちにするという、お約束をしてしまった。

 有力な四人の神帝の間でバランスを取る、比較的弱小な神帝の領域もあった。それはネアース世界の中規模国家と同じ程度の領地であったりした。

 神帝と一言で言っても、力の差が存在する。そして力の差以外にも、特化しか能力があったりする。



 聖神帝は調停役になることが多く、どちらかというと防衛力に長けた組織を築いていた。

 竜神帝は侵攻を好み、組織を機械的に作り上げ、軍を率いる。

 闘神帝も同じ、領土拡大を好む神帝であるのだが、その場のノリで侵攻を決める蛮族のような思考回路らしく、逆に発作的であるため、その動向が分からない。

 もっとも補給を現地調達で済ませるので、結局何も得られずに本拠地に戻るという一番迷惑なパターンが多かった。



 一行の中では結論が出て、あとはそれを上部がどう判断するかだけである。

 明確な敵と、潜在的な敵と、交流すべき相手など、判別していく。

 実際に戦争が行われるところも見たが、神将以上の存在がいない限り、その光景はネアースでのそれと同じものだった。

 かくして二年余りの時間の後、一行はネアースへと帰還するのだった。

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