109 開戦準備
邪神帝ジンは、まずガーハルトの首都へとやってきた。
そしてそこからアルスの反応を探して接触する予定だったようだが、彼が死んでいるというのを想定していなかったので、しばらくは本当にここがネアースか疑ったらしい。
その後、神竜に接触してアルスの死と、武神帝や魔神帝との接触を聞いて、また不審そうな顔をしたらしい。
各国の首脳の予定もあるので、サミットと呼称されるようになった会議が開かれるまで、数日の間があった。
その暇な間に彼は、神竜と模擬戦を行ったりしたようだ。そしてやはり一つの結論に辿り付く。
単なる力と力の戦いでは、神竜でさえ神帝には勝てない。
唯一勝負になるのは、力の出力の差を技術で埋められるレイアナだけであると。
だが戦力分析などは、今回彼が来訪した理由の主題ではない。
邪神帝ジンは、魔神帝を知っていた。そして武神帝を知らなかった。
つまりそれまでの彼の活動範囲は、魔神帝の領域を最外縁としたものであったのだ。
そして魔神帝から見てネアースとは反対の方向が、彼の知りうる領域である。
そこには複数の神帝の領域がかなり接近して存在している。つまりネアースを狙うかもしれない勢力がいくつもあるということだ。
「運が悪いな」
ジンはそう呟いた。武神帝と交流できたところまでは、悪いこともあったが結果は良かった。
しかしジンが知るほどの勢力を持つ神帝たちが、この近くにあるとすると……。
神帝たちは、お互いにきままに争っている。
もちろん治世者としての責任を感じている者もいるのだが、己の戦闘力が突出しているが故に、単に支配、そしてその支配領域を広めるため、戦争を起こす者も少なくはない。
さほど戦闘力に差のない神帝が、それぞれの領地を巡って争っているというのが現状だ。
戦国時代とも言えるのかもしれないが、それを全て平定する突出した者がいないというのも事実で、あるいはそれらを従わせる権威というのも存在しない。
根幹世界というのは、ひたすら戦い続ける世界なのである。
終わりのない戦乱に庶民は疲れ果てているが、神帝自身はあまりそれを気にしていない。
彼らが問題とするのは自分のみであって、統治下の民は虫や小動物といった、税こそ納めるものの人格を認めたものではないのだ。
地球とは全く統治の仕方が違っている。そして支配者階級に逆らう手段がない。せいぜい自殺して税を納めないことぐらいか。
そしてここから、便宜的に北方にある広大な土地は、ジンの知る限り有力な神帝たちの領地が集まっている。
かつてネアースにわずかながら干渉してきた竜神帝もその一人である。
「しかしなんでまた、戦争なんて起こってるんだ?」
ナルサスは呟く。地球でもネアースでも、戦争はあった。しかしネアースのそれはほぼ解決に向かっている。
根幹世界でも武神帝の支配領域では、小競り合いなどが絶えないらしい。
そして神帝同士では、とにかく支配領域を大きくしようとしている。
邪神帝ジンなどはその例外で、ごく少数の配下を持ち、他の神帝の領域で隠れて組織を作っていたりする。
「これは俺の私見だけど、あいつらはゲームをしてるつもりなんだろう」
元人間、しかも地球では特に突出した存在でもなかった少年は、50億年の時間をかけて、その答えを出した。
戦略シミュレーションゲームにおいては、全ての敵を打倒し、領地を征服してゲーム終了としていた。
人間でも一般人など、彼らから見たら虫も同然のものだ。それに多少の領地を取り合って数万人が死んでも、全体からしたら微々たる量である。
安定よりも支配を最終目的とした神帝たちは、この広すぎる根幹世界で、自分もそうとは知らずにゲームを行っているのだろう。
殺伐としすぎた世界だ。地球の中世暗黒時代より、先が見えないという点ではさらに救いがない。
ナルサスやフェルナは、それを理解はしても納得は出来ないようであった。
支配者としての役割は、領地の統治にある。
戦争をもってしか外交の問題が解決出来ないのならともかく、まずは外交手段を用いて、領地の治安を維持するのが統治者の役目だ。
そして国力を増強する。領地の拡大が良しとされるのは、地球で言えば植民地支配の頃までである。
通信や移動において、ある程度地球以下の手段しかないネアースでは、大国同士が争うなどということはない。
核兵器がなくても抑止力はあるし、戦争を煽る死の商人も存在しない。このあたりは民主主義と違って、王制や帝政の国家の権力が経済を上回る、ネアースの良い点であるとナルサスなどは説明していた。
神帝にはそういった論理がない。
彼らは個として突出しているが故に、己の気分で支配を行う。
もちろん武神帝のように正常と思える統治を行う神帝もいるが、それは彼が前世を持っていたから可能だったことだ。
神帝にも侵略に積極的な者と消極的な者がいるらしいが、侵略そのものが悪であるという認識はない。
「魔神帝の他には竜神帝、闘神帝、聖神帝あたりがここらで争っている有力な神帝だ」
そのどの勢力から見ても、ネアースの戦力はある程度魅力的だろうと彼は言う。
神竜の力は、おおよそ神王と同じぐらいである。
一人の神帝が支配下に置く神王の数は、およそ数人から十数人で、さらにその下に神将が何十人もいるというのが、強い神帝のおおよその戦力である。
これをネアース世界に置き換えると、神帝と戦えるレイアナに、神王と同レベルの神竜が四柱。そして数千から数万の古竜が存在する。
一つの神帝の勢力が新たに発生したのと同じようなものだとジンは言った。
戦力的には、一方的に蹂躙されるということはないというのが分かった。
しかし困ったのは、価値観の違いである。
「転生者の神帝なんて、他には知らないからなあ」
ジンが言うには神帝というのは、無自覚に尊大で、寛容で、傲慢な存在らしい。
「竜神帝は尊大だが、悪いやつじゃない。ただ戦闘が好きで、強い者をいつも探してる。一応俺の方が強いけど、たぶん知ってる神帝の中では一番強い」
竜神帝はそもそも本来の姿が竜であるらしい。
神竜たちがドラゴンであるのに対し、東洋の龍の姿に近いらしいが。
「聖神帝は寛容で、まあ神帝には珍しく統治者としてはまともだな。あいつとなら同盟を組んでもいいと思う。というか他の面子は同盟を組みそうにない」
聖神帝。やはり字面から言っても「いい人」のようだ。
「魔神帝は、何を考えているのか分からん。時には尊大であり、時には慈悲深いが、基本的に自分の趣味のためだけに生きているような女だ」
今までの神帝は男ばかりであったが、魔神帝は女であるらしい。
「それで闘神帝が一番厄介だ。とにかく戦うことしか頭にない。竜神帝も無傷で勝つのは無理だから、直接の戦闘を避けている。こいつとまともに戦うのを避けるために、ここらのパワーバランスが成立していると言ってもいい」
なんという迷惑な存在か。
溜め息をつきつつ、レイアナが問いかける。
「そいつを殺したら、ここら一帯は安全になるのか?」
「いや、今度は竜神帝が好き勝手するだろうさ。魔神帝も箍が外れるかもしれない」
会議の内容を聞いたセリナは、なんとも生きにくい世界であると感じた。
戦乱が続くというより、戦乱しか存在しない世界に思える。
もちろん兵站を考えれば、後背地として治安の良い土地もあるのだろう。だがこれまでのネアースでは最終的に神竜が対処できた事案が、出来なくなってしまったということだ。
ガーハルトの大魔王の権力や権威も相対的に低くなり、ネアースという世界全体で対処しなければ、解決出来ない問題も増えるだろう。
もっともそれはナルサスなどには願ってもないことなのだろうが。
ナルサスは政治的な人間だ。それはもう前世から変わらない。
周囲に合わせて自分を削るぐらいなら、自分に合わせて周囲を変えるというタイプの人間だ。
権力欲があるが、別に贅沢をしたいとか、権力を振るって悦に入るという人間ではない。ただとにかく、統治が上手くいっていないと我慢出来ない人間なのだ。
フェルナはこれに対し、王道を行く統治者である。
魔族の王であるということから当然ながら絶大な戦闘力を持つが、基本的に統治の方法は他人の意見を聞き、ブレーンに任せている。彼女の存在は、とにかく権力のバランスを保つために存在する。
民のためという価値観を、彼女は持っている。もちろん自分の欲望はあるが、それは被統治者の幸福を阻害するものではない。
最大多数の最大幸福のために、一部の者を切り捨てるぐらいのことは、普通にするが。
「今後の展開はどうなるんでしょう」
セリナは訓練の合間の休憩時間に、レイアナに問いかけた。
「分からんな。ネアースの神々や神竜と違って、神帝というのは俗物的すぎる。地球の国家間の外交なら、国連や外交を通して、ネアースを一種の不干渉地帯にするんだろうが」
ネアースの民にとって幸福であったのは、現在の世界の二代政治家とも言えるフェルナとナルサスが、こういった状況に対する能力を持っていたということであろう。
本来国家と国家というのは、お互いの関係が良くなりすぎることはない。それは地球の歴史を見れば明らかなことであり、ネアースにしても帝国という巨大な存在があったころでさえ、王国はあくまでその藩屏であった。
だが現在はまさに世界レベルの危機と、神竜の圧力、そして政治家たちの現実主義により、統一政府樹立への動きが始まっている。
実はそれに関して、フェルナとナルサスの間で、ちょっとした衝突が起こっている。
行政を司る最高職にどちらが就くか、お互いに押し付けあっているのである。
ナルサスの言い分はこうである。
「自分はしょせん平民から成りあがった王であり、数千年の権威を持つフェルナがその座に就いた方が、誰もが納得する」
確かにネアース最強の国家であるガーハルトは、彼女が統治する国である。魔族にも人間にも偏見のない彼女は、安心感を与えてくれる。
それに対してフェルナは、能力を挙げた。
「私が長年ガーハルトを治めてこれたのは、大魔王アルスの権威と、優秀なブレーンたちによる。この危急存亡の時には、判断力に優れ、最近まで前線を率いていた人物こそ相応しい」
どちらも無責任な人間ではないし、お互いに押し付けるという意識はないのだろう。
フェルナが能力主義であるのに対し、ナルサスは現実主義と言える。
長年統治の頂点にいたフェルナは、そのほぼ全統治期間、戦争を経験していない。ナルサスの能力はレムドリアの簒奪でも明らかであり、彼が頭となった方がいいという考えのもとだ。
成り上がりであるナルサスは、自分がまだレムドリア国内でさえ、完全には掌握できていないと考えている。ガーハルトの有力者は、フェルナには従ってもナルサスには従わないのが目に見えている。
そして現実主義のナルサスが妥協点を考え出した。
フェルナの権威を利用して、実務の最高指揮を自分が採るということだ。
もちろんアイデアの元は天皇制である。大魔王の権威を背景に、その時代の有力国家の指導者が統治を委任されるというものだ。
オーガスの皇帝が絶対権力を持っていないので、実際のところはレムドリアやアヴァロンから指導者が出る可能性が高い。
そしてその過程では、サミットの国家代表による選挙を経るという形にする。
もっとも今回は別である。非常事態につき、フェルナとナルサス、そして神竜レイアナや、セリナの意見まで求められている。
参謀として作戦を立案したり、状況を報告することは出来るが、最終決定権はナルサスが持つということになった。
権力大好きのナルサスではあるが、砂上の楼閣に登るつもりはない。これでようやく、彼の能力が発揮されるというものである。
ちなみに官僚集団は、レムドリアからはあまり出ず、ガーハルトとオーガス、そして竜牙大陸のアヴァロンから集めた。
寄せ集めの集団をどう運用するのか、セリナもそうだがフェルナまで不安になったが、ナルサスならどうにかするのだろう。
「それで、どうして私がここにいるんだろうねえ……」
レムドリアの首都に置かれた、ネアース軍最高司令部基地で、マートンは呟いた。
「それはお前がネアース連合軍最高司令長官だからだ」
身もふたもない事実をナルサスが告げると、マートンはがっくりと肩を落とす。
「転生者の中にも有能な軍人はいたんでしょ? その人に任せられないんですかねえ……」
「転生者にはもちろん参謀や将軍として活躍してもらうだろう。だが彼らの知識はあくまでネアース以外の世界を元にしている。彼らの知識を活かすのは、やはりネアースの人間が適しているだろう」
ネアースの中でもレムドリアは、ナルサスが政権を獲得し辺境を固めたことによって、軍が即応する事態は減ったはずであった。
ところが根幹世界との接触である。退役か、閑職への異動を望んでいたマートンであるが、彼を高く評価するナルサスが、それを許すわけはない。
「まあ、才能を持ってしまった者は、その才能の奴隷となるしかないわけだ。諦めてくれ」
世界の危機は、そのまま世界の住民の危機である。マートンが自分の身を守るためには、その軍事的才能を発揮するのが一番なのである。
冴えないおっさんだなと思っていたジンであるが、自分が出した知識を吸収し、逆に質問を重ねていく彼に、その評価を改めていくことになった。
ジンでさえ、戦闘には自信があるが、戦争の才能とは別のものである。もしマートンに代われる者がいるとしたら、現代の総力戦を知る軍人が必要となるだろう。
ナルサスにも戦略的な才能はそれなりにあるが、彼は政治に注力しなければいけない。
軍事的な才能を持つ平和主義者は、溜め息をつきながらも新たなるドクトリンの開発に着手するのであった。
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