108 再来
「また来たのですか……」
サージたちから報告を受けたフェルナは、表情こそ変えなかったが、口調には苦いものが混じっていた。
「とりあえず首脳陣を集めましょう。どのみちあまり取れる手段に変わりはないでしょうが」
それと同時にフェルナは、箱舟の起動を命じた。
さすがにもう自分が一人でトップにいることに耐えられなくなったらしい。神竜たちは強大な戦力であり、ネアースの地を守るという点に関しては絶対的な信頼があるが、国家勢力同士の外交抗争には疎い。
船頭多くして山に登るか、それとも三人寄れば文殊の知恵か。
少なくともシファカには世界間を移住してきたという実績がある。
「それで、その女の人はどういう力を使っているのですか?」
「赤毛の美人で、胸が大きかった」
ミラが不適当な報告をして、視線をフェルナの胸に向ける。
「そんなことはどうでもいいのです!」
さすがにフェルナも怒ったが、彼女はスレンダーである。別にないわけではない。
ミラとフェルナが気安いのは、ミラにとってフェルナは親戚のお姉さんみたいなものだからである。
正確に言えば、父親の正妻的立場がフェルナで、側室がミラの母というもので、人間であればそう簡単に仲良くなるものではないのだが。
フェルナは魔族の統治者であり、ミラは半分魔族である。その常識は通用しない。
諦めたフェルナの視線はサージとセリナに向けられ、声はセリナにかけられた。
「能力的にはどうでしたか?」
サージは時空魔法の達人であり、他の魔法も存分に使えるが、敵を観察するという点ではセリナの方が上であった。
「明らかに魔法使い寄りの戦士でした。こちらに大賢者様がいたので、戦ってもおそらくは勝てたと思いますが、犠牲も出た可能性は高いかと」
フェルナの期待通りにセリナは情報を出す。そして敵の戦闘機に関しても、己の地球時代からの知識も交えて考察した。
結論、やはり戦争の展開は個々の戦士の戦力で決まる。
兵士たちのレベルでは、その後の統治における治安維持には必要ではあっても、直接対決には全く意味がない。まあ今更なことではあるが。
あの女が神王級であれば、まずネアース大地の手前で迎撃出来る。転移での奇襲もサージに感知させれば、神竜が防いでくれるだろう。
武神帝劉秀は、おそらくネアースが侵略されれば援軍を送ってくれるだろう。ひょっとした自身が来るかもしれない。
だがそんな段階まで行ってしまえば、ネアースの大地は荒廃する可能性が高い。
魔神帝が戦争によるメリットとデメリットを考える方向の頭を持っているなら、ネアースに本格的な侵略軍を送ってくることはないだろう。だがそれ以前の問題として、向こうの実力を見せるために一当てしてくる可能性は高い。
ネアースは専守防衛に努めるべきだ。少なくとも侵攻する必要など全くない。
現時点ではネアースであった領域で全てが回っているし、他の支配者の領域は、やはり距離がありすぎるのだ。
向こうとしてもネアースを支配下に置く意味はほとんどないはずなのだ。まして武神帝の戦力が背後にあるからには、本気で戦争を起こしたら、戦費が莫大になるだけで、占領した土地から利益を得ることも難しいだろう。
だがこういった思考はあくまで地球やネアースの原則であって、根幹世界の領土拡大の意思とはかけ離れているかもしれない。
そもそも神帝の目的とは何なのか。
邪神帝ジンは、特に大きな組織を作ったわけではないと言っていた。対して武神帝の築いたそれは、間違いなく国家と呼べるものだ。
神帝の行動原理が分からない。呪神帝や死神帝にしても、巨大な組織の頭がわざわざネアースという一世界に関わってきていたのだろうか。
魔神帝に関しては、少なくとも高い文明を持った国家を形成していることははっきりしている。
空母や戦闘機といった技術から見ても、それは明らかだ。それに転移してきた神王級の女。
劉秀の配下のそのまた配下の行動に比べれば、明らかに戦力は充実しているし、即応手段も持っていた。
また面倒な相手であるな、とセリナは思う。正直強敵相手に戦うというのは好みの展開であるのだが、それが戦争や政争につながるのでは、思い切って戦えない。
純粋に戦いにだけ来てくれれば嬉しい。野菜の星の戦闘民族のように、強い相手と戦いたいだけという意識ならまだいいのだが、ネアースの手前で戦わなければ、被害が出るのは間違いないだろう。
そんなことを考えながら、シズの訓練する姿を見ていた。
シズはまた趣向を変えて、前衛一人と後衛一人のコンビと戦っている。
彼女たちの面子で後衛と言えるのはライザとセラであり、同じ後衛と言っても役割は違っている。
ライザは火力だ。前衛が支えている間に、後方から精霊術で敵を攻撃したり、また動きを阻害して前衛に叩かせたりするパターンが多い。
それに対してセラは援護だ。前衛の強化をしたり、治癒や回復を行う。
同じ後衛であっても、役割は違う。それは前衛も同じだ。セリナやシズは完全なアタッカーであるが、プルは魔法を行使して守備的な戦い方が出来るし、ミラもその不死性を活かして盾代わりになることが多い。
この6人の中ではセリナとシズとセラ、プルとミラとライザの三人の分け方が、どうやら効果的であるとはっきりしてきた。
自分たちより強大な個体と戦うときには、参考にすべき発見である。
セリナも一緒になって訓練をしてみるが、やはり問題は浮き彫りになってくる。
ライザが一人でいる場合、これが一番危険な状態だ。
彼女は接近戦の防御にまるで向いてないし、不死性もほとんどない。精霊術由来の治癒や回復は、それほど強力なものではない。
また違う面からシズも一人では危険だ。彼女は遠距離攻撃手段が弓矢しかない。そして治癒や回復に関しても、頑健な肉体があるだけだ。
だからと言って弱いわけではない。ライザは遠距離から一方的に戦えば強いし、シズも接近に成功すれば魔法を切り裂いて相手を叩くことが出来る。
だがどの方面から言っても、一番バランスがいいのはセリナだ。
接近戦では最も強いし、竜の血脈由来の肉体特性もあり、魔法もかなりの難度のものが使える。
ちなみに最近、シズとライザを除く魔法に高い適正を持つ残りの四人は、サージから時空魔法の訓練を受けている。
大賢者サジタリウス曰く、全ての魔法の中で最も強力で、戦闘にもそれ以外にも有利なのは時空魔法である。
時空魔法の収納を使えば予備の武器や魔法具は持ち放題だし、いざという時のために食料を貯めておくことも出来る。
戦闘においてはこの間のように、一方的に戦場から逃走することも出来るし、敵の背後に転移して不意を打つという手段も取れる。
まあ実際は不意打ちは、直感に優れた戦士に対しては通用しないこともあるのだが。
それでも時空魔法の転移を知らない相手には、初見殺しになる場合が多い。
しかし時空魔法に関しては、習得が難しいという問題がある。
元々ある程度の転移が使えたセリナとプルはともかく、ミラとセラは苦戦中である。
初歩的な物理学の知識や必要と言われるが、相対性理論や素粒子学、量子論などはセリナも正確に理解しているとは言えない。
勘違いしてはいけないのだが、この四人は全員が頭がいいから魔法が使えるわけではない。
魔力という、地球では何ソレ的な存在を感知するのは、むしろ感覚的な問題である。
自分の時間を早めるとか、空間を歪ませるとか、そういう感覚機能は人種には本来存在しない。
特にセラなどは己の存在自体が治癒魔法や精神魔法に特化しているのであって、体系的に学んでそれを使えるわけではないのだ。
苦悶しながらも努力をする四人を尻目に、ライザは彼女なりのやり方で、転移に関しては成功させてしまっていた。
大気と同化して、違う場所の大気で己を再構成するというものだ。
なんじゃそりゃ、と言いたくなる方法であるが、ライザにはそうとしか説明出来ないらしい。
クオルフォスから聞いた限りで、すぐにこれは使えるようになった。
大気を通して転移するので、光速以下の移動であるのは間違いないのだが、この広大な根幹世界でも、光速に近い移動手段は便利である。
もっとも大気がなければ使えないので、根幹世界のどこかにある大気の存在しない場所では、ダークマターだのエーテルだのを発見しなければいけないだろうが。
かくしてまた数ヶ月の時が過ぎる。
それだけの時があれば緊張感も失われていくものだが、各国の首脳にとっては戦力増強にはありがたいことであった。
もっともこれにも困った問題が付随する。軍備というのはタダで出来るものではない。
予算の中から軍事費を多く捻出するか、増税して獲得するかはともかく、お金の流れが軍事費に流れることによって、経済問題が発生する。
これに関してはセリナたちにはどうしようもないことである。政治上の問題解決が大好きなナルサスなどは生き生きとしているが、一介の戦力であるセリナたちには向いている作業ではない。
根幹世界への接続時において、竜爪大陸の火種もかなり除去しておいたので、治安維持程度なら通常戦力で問題はないのだ。
もっとも、重要な出来事はいくつか起こった。
箱舟に眠っていた英雄たちと、魔都アヴァロンの地下で眠っていたアスカなどが、その眠りから醒めたのである。
彼らがまず驚いたのは、当然根幹世界への接続という出来事であったが、アルス・ガーハルトの死もそれと同じぐらいの衝撃を与えた。
かつて「アルスが死ぬ前に世界が滅びる」とまで言ったのは聖帝シファカである。アルスに任せておけば、神竜との交渉を行って、世界を安全な道に導くと確信していたからだ
そのアルスが死んだ。人間、亜人、魔族の全てに影響力を与える人物の死は、ネアースの舵取りに不安を覚えさせるものであった。
名目上は既にフェルナに大魔王の地位を譲っていたが、各国の首脳はアルスが難しい問題は解決していると知っていたのだ。
ガーハルト、オーガス、レムドリア、竜牙大陸がフェルナを支持したため戦争は起きなかったが、確かに世界的には安定を欠いていたのだ。
根幹世界への接続。これは重大な事件であったが、世界が一つにまとまる機会としては、逆に良いことでもあった。
覇権主義を捨てたレムドリア、竜牙大陸の統治を強めた魔王、そして昆虫人と悪魔の激減によって、治安自体は良くなっている。
実のところ戦争がなくなると、軍人が職にあぶれて世情不安となることは地球でもよくあることであった。
しかし根幹世界への対処という理由で、兵力は減らすことをしなかったし、各国がその技術を持ち合って統一軍を作ろうとしている。
今の問題は指揮系統である。ネアース統一軍としたところで、最高指揮官がどうなるかである。
アルスが生きていたら何も問題はなかったのだが、現在は候補としてフェルナとナルサスの両者を推す派閥が、本人たちの意思とは無関係に争っている。
ちなみにセリナはせいぜい前線指揮官ぐらいの経験しかない。もしくは暗殺者か。
ここはいっそのこと神竜レイアナに任せるべきでは、という意見も出ている。歴史を紐解いても彼女の軍事能力は際立っているが、それでもあくまで将軍としてのものだ。後方で兵站をも含む軍事を行うのには向いていない。
シファカなどは民衆を導くという点で実績もあるのだが、1000年以上も眠っていた彼に、現代の軍事や状況を叩き込むぐらいなら、どちらかを選ぶべきであろう。
友達甲斐のないことだが、セリナはフェルナを推している。
単純に、寿命の問題だ。おそらく根幹世界との戦争、あるいは外交は長期に及ぶであろうから、寿命がほぼ無限であるフェルナが、一貫した方針を採るほうがいい。
もっとも本人の性格は別にして、それでは独裁が続くので、民主主義がある程度浸透している国家からの反発もあるだろうが。
セリナたちが個人として出来ることは、個々の戦闘力を高めることである。
ナルサスやフェルナへの伝手はあるが、彼女たちの脳から出てくる案が、根幹世界で役に立つかは疑問である。
もちろん戦闘力がどの程度役に立つかなどという問題には、正確に答える。劉秀からある程度彼の支配領域の情報を得ていたが、ネアースの戦力を総合しても、彼の戦力の一割ほどにしかならない。純粋に言えば劉秀一人でネアースを叩き潰せる。
まあ地球的に農業や商業、軍事の知識を持っている彼が、そんな無駄なことはしないと考えているが。
そして、その日はやってきた。
邪神帝ジンが、ついにネアースを再発見してくれたのである。
そしてその日彼は、非常に困った情報も一緒にもたらしてくれたのだった。
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