107 新たなる勢力

「また巨大な船が……」

 まだはるか遠くにあるにも関わらず、その巨大な物体は明らかにその威容を見せていた。

「箱舟の半分ぐらいの大きさはあるね」

 正確に空間の情報を把握するサージが言及する。

 そうか、あれでも箱舟よりは小さいのか。

 改めて箱舟の異常な巨大さを思い知らされて、セリナは少し首を傾げた。



 聖帝シファカ。かつてネアースによって滅ぼされた世界から人間を率いて移民してきた男。

 彼は根幹世界について何か知らないのだろうか? あるいは世界が統合するということについて。

 そろそろサージたちもシファカたちを眠りから覚まそうと考えてはいるらしいが、具体的な日程にまでは至っていない。



「箱舟と比べると、戦闘力はどうなのかな?」

「エルトリウムより強いのは確からしいけど、どうなんだかなあ。宇宙怪獣と竜の強さを比べてみたら分かるんだけど、そもそも宇宙怪獣の設定が、おいらには分からないんだよね」

「……そもそも宇宙怪獣って何よ?」

 ミラのツッコミに対して、サージはぽりぽりと頬を掻く。

「地球のアニメに出てきた人類の敵対生物だよ。一応地球滅亡以前にDVDBOXで持ってきたから、なんなら見せるけど?」

「私アニメとか見ないから」

「それは残念」



 三人はかなり離れた所から船団の姿を見ていた。

 巨大な物は箱舟の半分ぐらい。それが八隻ある。

 周囲を守る飛行船は50を超えるし、護衛の戦闘機の数はそれこそ数え切れない。

 だが戦力として見た場合、それほど脅威ではない。

「もうこちらから先制攻撃して良いの?」

 ミラはやる気まんまんである。それに対してサージは遠話の魔法でネアースと連絡を取っている。

 周囲が敵だらけという状況なら、小回りの利く機動で飛べるミラなら、それこそよりどりみどりで敵を撃墜出来るだろう。

 だが戦闘を開始するには、まず後方からの命令を待たなければいけない、文民統治と似たようなものである。



 そして返ってきた答えは、あまりミラのお気に召すものではなかった。

「まずこちらに向かってきた目的を質問し、進路を変更するように、だってさ」

 相手が完全に敵だと決まったわけではない。だからまず交渉するのは間違っていない。

 だがこれで完全な奇襲は行えなくなった。

 それでもまあ、敵をいきなり増やすよりはマシであるのだろうが。







 機械的な通信が、向こうと同じ原理とは限らないため、サージの念話で対話を試みた。

 まずはこちらの立場を明らかにし、武神帝の所属であることを伝え、向こうの目的を確認する。

 それで得た結論は、ろくでもないものだった。

「侵略だよ……」

 遠い目でサージは言うが、その一言だけで済ませるわけにはいかない。

 予想していたことではあるが、武神帝の領域の端から、さらに離れたところにネアースは接続された。武神帝の威光が届かない地の勢力が、侵攻をかけてきてもおかしくはない。

「それで、相手の戦力は? 神将か? まさか神帝か?」

 この場合最悪を想像しておいた方がいい。プルは溜め息をつくが、だいたいこういう場合、最悪の想像が当たるのである。

「魔神帝ルーシェルの配下とか言ってる」

 また名前の知らない神帝の登場に、三人は揃ってうなだれた。



 ネアースに連絡したところ、当然のことながら目的を問うように言われた。

 また実際の相手の戦力であるが、これはセリナの地図と鑑定によって明らかになる。

 この魔神帝の配下たちは神将級の相手の直属であるが、実際の戦闘力はそれほどでもない。

 兵器を使う以上、単純なレベルでは計れないが、個人としてはせいぜいレベル50が最高である。

 その兵器にしたところで、神将級の存在を相手にするには充分とは言えない。小回りの利く魔法戦士が相手であれば、あっさりと撃墜される程度のものだ。



 だが、その背後にいる神帝の存在は脅威である。



 武神帝配下の勢力がネアースに侵攻してきた時のことを考えると、魔神帝がこれだけの軍勢を、最初から派遣してきたというのは脅威である。

 箱舟という規格外の存在を知るセリナたちであればまだしも耐性があるが、一般の人間がこれを見たら、その隔絶した技術力に思い至ることも予想できる。

 これがもしも威力偵察だとしたら、魔神帝の持つ国力としての力は強大なものだ。

 まかり間違って武神帝の勢力と戦争状態になどなったりすれば、その間にあるネアースに壊滅的な被害を与えるかもしれない。

「とりあえず敵に回すのは避けたいけど、このまま侵攻させるわけにはいかない。あちらが人命の価値をどう考えているか分からないけど、出来れば死者を出さずに無力化したい」

 サージが無茶な条件を出してくる。しかしそれは、無理ではない。

 こちらの犠牲を覚悟すれば、無理ではない。そして犠牲になるような柔な戦士と、対極の二人がここにいる。

「セリナ、リプミラ、というわけでお願いします」

「お願いされました」

 刀を抜いたセリナと、鉤爪を出したミラが物騒な表情で笑った。







 空を駆ける少女。

 そんな題材にしたい姿で、セリナは戦闘機へと襲い掛かった。

 刀を持った姿は殺伐としているが、どこか美しく幻想的でもある。

 空気を蹴って戦闘機よりもはるかに複雑な動きで、その翼を切断していった。

 ミラも同じく戦闘機を落としていくが、敵もさるもの、途中からその動きが慣性を無視したもののようになる。

 だが肉体の耐久度から言えば、セリナやミラの方がはるかに強い。敵機の奮闘むなしく、次第に数を減らしていく。



 実は飛行機というのは、片翼がなくても飛べるようになっている。

 少なくともこの戦闘機はそのレベルの技術が使われており、小回りこそ利かなくなっても墜落することはないようだ。

 だが確実に戦力としては機能しない。縦横無尽に飛び回るセリナとミラは、ただでさえ回避能力に優れている。真っ当でない機体でそれと戦うなど自殺行為でしかない。



 戦闘機の半分ほどを減らすと、残りの戦闘機は高度を上げる。根幹世界の天井はおよそ数千キロはあるのだが、どこまで飛行が可能なのか、重力の変更点はどこなのか、セリナの方が心配になる動きである。

 だが敵の心配をしている暇もそれほどはなかった。空母のハッチが開くと、そこから武装した人間が数百単位で飛び出してきたのだ。

 人間ならば多少は刀が鈍るかと言えば、そうでもない。

「数ばかりわらわらと。落ちろ! カトンボ!」

 セリナの展開した無数の魔力弾が、小銃を手にした敵兵に誘導される。

 威力は抑え目。だがある程度のダメージは与えるようにと、むしろ難しい調整が必要だった。



「来たれ! 我が眷属!」

 ミラもまた魔法を展開した。蝙蝠の姿をした魔力が、直線でない軌道を取って敵兵を落としていく。

 本当に手加減したのかどうか怪しいものだが、装備の性能か、気を失ったかコントロールを失った敵も、ゆっくりと降下していく。

 戦闘機よりもよほど機動性には優る兵たちであったが、こういう戦闘の場合――つまり一騎当千の敵に当たる場合には、銃などの攻撃は危険である。

 相手に当てようと包囲しても、逆に味方の兵に当たる可能性の方が高いからだ。



 そしてわずか数分、空母一隻から出た敵兵は、一人残らず降下していった。

 次に来る攻撃に備えて、セリナとミラは高度を取る。上にも地面はあるが、空母の性質から見て、こちら側の地面に攻撃する方法の方が多いはずだ。

 上を取られた空母は、その護衛艦も含めて、動きを見せなくなった。正確には動けない、だろうか。

「気をつけて! 転移が来る!」

 サージの声が転移されてきた。セリナとミラは背中合わせになり、奇襲に備える。







 正々堂々、とでも言わんばかりに、女が一人現れた。

 サージが直前に気付いたからには、転移してきたのには間違いない。超スピードとかそういうものではない。

 時空魔法の、相当高度な使い手。女自身か、それを送り出した者かが。



 女は燃えるような赤毛に、同じ色の瞳をしていた。防具は部分鎧だが、手に持つ斧槍にはびっしりとルーンが刻まれていて、魔法も使えることを示している。

「援軍要請で来てみれば、まだ子供じゃないか。それとも、そう見えるだけの種族なのかい?」

 ネアースにおいては外見の年齢というのは、かなり自由に操ることが出来る。根幹世界では老化を抑えることはよくあるが、若いままの姿を保っているという場合は少ない。

 もっとも広大な根幹世界で、それが完全な常識になっているとは限らないが。

「少なくとも私は見かけ通りの年齢ですよ。ただし、前世持ちですが」

 セリナの言葉に、女は「ああ」と含んだような笑みを浮かべた。

「どんな世界からどんな世界に転生したのかは知らないけど、少なくともこの辺りは魔神帝ルーシェル様の領域だ。自殺願望の持ち主でもないのなら、素直に支配下に入れてもらうことだね」

 蓮っ葉な言葉遣いではあるが、それなりに話は通じそうである。不殺を徹底したことも良かったのだろうか。

「少し遅かったですね。私たちは武神帝劉秀の保護下にあります。私と彼の前世は同一系統の世界なので、話は簡単でしたよ」

 劉秀は史実から見ても現実に会っても、寒いギャグを聞かせること以外は全く問題のない統治者であった。

 しかしその言葉を聞いて、女の目がすっと細まる。



「……こちらの方向に、巨大な勢力があるのは知っていたけど、やはり神帝レベルだったか」

 セリナとミラに加え、地上で待機しているサージも見て、女は武器をくるくると回す。

 戦意が満ちていく。セリナとミラは空中で構えるが、出来れば地上戦の方がセリナはありがたい。地球由来の武術は、地上の重力をかなり必要とする。

 しかしその二人のすぐ背後に、気配が転移する。セリナにはサージだと地図で分かるので、振り向きもしない。

「ここは逃げよう。俺の転移なら、多分転移先を気取られずに済む」

 サージの一人称が変わっていることに、セリナは気付いた。彼が珍しく緊張しているのを、セリナは当然気付いている。



 それは、目の前の女による。

 彼女のレベルは神将級以上。神王クラスだ。

「あなたのような敵を相手に、この戦力で挑むほど愚かじゃないよ。神王クラス揃い踏みで、相手させてもらう」

 神竜はほぼ神王と同じ程度の戦力だ。中でも戦闘に特化したレイアナであれば、一対一で支援を受ければ、まずこの相手にも負けないだろう。

「逃がすと思っているのかい?」

「これでも転移には自信があってね。総合的にはともかく、時空魔法なら俺の方が上だ」

 サージの言葉が終わる瞬間、女の姿は目の前から消えていた。

 背後の気配にセリナが刀を振る前に、目の前の風景は変わっていた。



 見慣れた植生の大地が見える。ネアースのガーハルト領に特有のものだ。

 しばらく緊張していたサージだが、追撃がないと安心してから、ようやく大きな息を吐いた。

「また、厄介な相手が出てきましたね」

 セリナの言葉にサージは頭を振る。

「時空魔法だけならおいらでも勝てたろうけど、隠しだまが多そうな相手だったからね」

 根幹世界の平均と考えて、あの女はかなり魔法の技量に偏っていた気がする。

 それはつまり魔法の訓練をしたということで、戦闘力の裏付けに技術があるということだ。対人戦も上手いのかもしれない。

「とりあえず、また厄介ごとが増えたか。早く報告しないと……」

 サージの言葉にセリナとミラは、複雑な表情で頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る